38.一回普通に前を通り過ぎてから、二度見
奥に向かっていれば、またファングタートルに遭遇した。
僕は先ほどの反省を踏まえて、自分の腰くらいの高さで左手を構えてブラックホール小を発動した。
そのままゆっくりファングタートルに近付く。
さっきはビビり過ぎてしまったけど、ファングタートルは攻撃を回避して首を伸ばしてくるなんて器用なことはできない。ブラックホールを手より前に出すようにしていれば、腕を食いちぎられる心配はない。
ヒュッと音がしたと思ったら、ファングタートルの頭を出す穴がぽっかり開いたままになっていた。
念のため、横から剣先で突いてみても無反応。
「よし! 成功!」
想定通り、頭だけをブラックホールに吸い込めたようだ。甲羅も、頭の辺りがちょっと抉れただけで、他に大きな傷はない。首がないだけなら、ミニコカトリスで見慣れたから平気だ。
第一ダンジョンでの初めての収穫だ。いそいそとリュックに詰め込む。重たいけど、重量三割減だから背負える重さだ。リュックにはもう一匹くらいファングタートルを入れる余裕はある。重さ的にも二匹が限界だろう。
通路の一番奥まで行ったところで、もう一匹ファングタートルを狩った。
ここが一階層の一番右端だ。正確な時間はわからないけど、たぶん三時間も歩いていない。狩りをしながらでも、全体を歩き回って半日もかからない広さだ。
全体を回ったところで、出るのはカメかウサギくらいだから、今日はもう帰ることにする。
その時、僕は重要なことに気が付いた。
「帰還の輪、忘れてた」
初級ダンジョンだと、入り口で受付して一緒に帰還の輪も購入するのだが、第一ダンジョンは受付は不要だから、すっかり帰還の輪を買うのを忘れていた。
帰還の輪を当てにして一番奥まで来てしまった。ここから荷物を背負って出口まで歩くと思うと気が重い。
しかし、リュックはかなりの重さになったけど、ダンジョンから出てすぐのギルド支部で買い取って貰えるから、出口の階段さえ頑張ればいい。
なんとか背負える重さなら、収穫を捨てていくという選択肢はない。
僕は溜息を吐いて、リュックを背負い直して歩き出した。
ここからはファングタートルに遭遇しても無視、クローラビットには遭遇しないことを祈る。それ以外のモンスターはたまに出ることはあるけど、そこまで出現率は高くないはずだ。
そこまで気を張っている必要はない、と思いながら歩いていたら、曲がり角の向こうに人影が見えた。
ダンジョンで人に遭遇するの初めてかもしれないな。初級ダンジョンばっかりだったから、モンスターよりも遭遇率が低かった。
向こうは何故か灯りを点けていないから、ちょっと不安になる。たまにダンジョンの中で新人狩りとか、盗賊みたいなことをしている冒険者もいると聞いたことはある。
いやでも、第一ダンジョンの北口は冒険者ギルド支部が近いから、滅多に治安の悪い人もいないはずだ。
軽く挨拶してさっさと離れれば問題ない。
「ども……」
声ちっちゃくなっちゃったけど、そそくさと通り過ぎればいいだけ。
そう思ったのに、曲がり角の向こうに目をやれば、いたのは人じゃなかった。
「熊じゃん」
思わず声に出ていた。
一回普通に前を通り過ぎてから、二度見。
真っ暗な通路に佇んでいたのは熊だった。
ヒベア、大きいものだと身長二メートル以上になる雑食の生き物。ダンジョンに出没すると聞いたことはあるけど、普通に森にもいるからモンスターかどうかは微妙だ。だが、めっちゃくちゃ強くて狂暴。
二本脚で立ち上がっているから、すっかり人影かと思った。
驚き過ぎて何事もない顔で通り過ぎちゃったけど、振り返って三度見すると、ヒベアと目が合ってしまった。
ドッと冷や汗が噴き出るのと、ダッと走り出すのは同時だった。
「ああああああ人違いでしたごめんなさいこっち来んなあああああ!!!」
熊に遭遇した時、背中を見せて逃げるのは一番の悪手だと初心者講習会で説明を受けた。
「ぐおおおおお!!」
いやでも無理無理無理あれに遭遇して逃げないでいられるわけないって咆哮だけで死ぬほど恐いわ僕の頭より大きな手に鉤爪付いてたよ無理だよ?!
だがしかし、ヒベアは大きいから狭い通路だと動きは制限されるはず。後ろからドッスンドッスン音がするから、追いかけてきているのはわかるけど、走る速さもそれほど速くなさそうだ。
そうは言ってもヒベアはデカい。動きが遅くても一歩が大きいんだから追いつかれるのは時間の問題だ。
しかもこちらは大荷物を背負っているから、速度も落ちているし、出口まで全力疾走する体力もない。
荷物を捨てるか? チラッと後ろを見てみたが、無理!! 思ったよりも距離が縮まっている。荷物捨ててる暇もない。
こうなったら倒すしかない!! ブラックホール一発撃てば魔力切れになりそうだけど、ミニコカトリスを吸い込む威力のブラックホール大なら、ヒベア一体くらいはなんとかなるはず。
死ぬ気で走りながら、僕は左手にブラックホール大を出現させて、勢いよく振り返った。
ヒベアはアレです、だいたいヒグマです。
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