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闇属性の方向性  作者: 稲垣コウ
はじまり
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3.初心者講習って、ファンタジー感薄……

 と、いうことを思い出した。

 ヨナハン十五歳、冒険者ギルドの休憩室でのことである。


 なにもこんな時に、こんなことで、前世の記憶を取り戻さなくてもいいんじゃないだろうか。

 しかも、前世がもの凄い聖人だったとか英雄だったわけでもなく、平凡な一般庶民で、俗っぽい神様の爺さんにたまたま選ばれただけでしたなんて、思い出す価値ナシだ。


「おえ……頭痛い……」

 しかも、大して役に立ちそうもない知識なのに、今世の記憶と前世の記憶が混ざり合って、頭は混乱して割れそうに痛む。


「お、目ぇ覚めた」

 起き上がって頭を抱えていたら、ギルド職員のオバサンが気付いてくれた。


「具合は?」

「頭が、痛いです」

「そ、外傷はないし中身に異常もなかったから、治療魔法の必要はないわ、痛み止めの薬あげるから部屋に戻んなさい」


 対応がすごく雑、それもそのはず、僕の今の立場は初心者冒険者候補生だ。立場と言えるほどの立場がない。


 反論する余地もなく休憩室から出された。

 寝泊まりしている寮はすぐ隣の建物だけど、一応怪我人を一人にするのは心配だからと、ここに運ばれたのだろう。冒険者ギルドが冷血非道なわけではなかった。


「おう、ヨナハン無事だったか」

「見事な転びっぷりだったな」

「言うな」


 トボトボ廊下を歩いていると、同期の連中とすれ違う。笑われるのは腹立つが、本当に笑って終わるだけの出来事だったのだから仕方がない。


「講師に補修頼みに行けよ」

「わかってる」

 適当に返答して僕は部屋に引っ込んだ。


 四人部屋で二段ベットが二つ並んでいるが、同室のやつらは夕飯を食べに行っているのでいない。


 硬い木製ベッドのペラペラの布団の上に寝転がって、とりあえず貰ってきた痛み止めの薬を飲む。今日はほとんど寝ていたから腹も減っていない。

 そう言えば、薬は食前か食後か聞いてなかったけど、まあいいか。これも前世の知識だ。この世界にはまだ薬の服用方法とかはあまり考えられていない。


「補修は……明日でいっか……」

 痛み止めで頭痛は収まっても、頭の中がぐるぐるする感覚はまだ収まらない。


 何故、僕が休憩室に寝かされていたかというと、冒険者初心者講習を受けている途中、道具の使い方を教わっている時にすっ転んで頭を打って気絶したからだ。


 そうして、前世の然して重要でもない記憶を取り戻した。


 まあ、こんな間抜けなことで、世界を救うような大いなる使命を思い出しても困るのだが、だからこそ今思い出す必要もなかっただろう。


「異世界転生か……ステータスオープン」


 無反応。

 だと思った。もともと不思議な力なんてなかったし、前世を思い出したからって不思議な力が芽生えた感覚もない。僕は今までもこれからも平々凡々なモブなのだろう。


「あ~なんで冒険者~~……」

 布団に転がって己の職業選択を悔やむ。


 なんでというなら、そりゃあ、自分で選んだからに他ならない。


 そりゃあもう、若気の至りでイキリまくって、家族に「最強の冒険者になってくらぁ!!」と宣言し、冒険者ギルドのある街まで出てきたわけだ。


 痛々しい記憶だ。ほんの数日前の記憶なのだが、前世の記憶が戻った折についでに失くしておきたかった記憶だ。

 前世の記憶が戻った今ならわかる。俺の痛々しい宣言を聞いた家族の表情は「こいつ数日で帰ってくるんだろうな」と思っていたことが。母の表情には「冒険者になれてもすぐ死にそうだな」という心配も含んでいたと思う。


 そして、前世の記憶を取り戻した今、冒険者になりたい気持ちがほぼほぼなくなっている。

 そもそも、冒険者を目指したのも特に理由はない。田舎の村が退屈で、なんかカッコイイことしたいなと思って、なんとなく冒険者を目指しただけだ。


 しかし、既に冒険者初心者講習を受けてしまっている。


「初心者講習って、ファンタジー感薄……」

 昨日までは何の疑問も持たなかったけれど、前世のファンタジー作品を思い出してしまうと、現実的で事務的な講習会にどうにも夢を壊される。


 とはいえ、基礎を教えてくれるのは有難い。

 講義室での五日間の座学と、訓練場での三日間の実技講習、実力検査の後、一日ダンジョンで実地訓練を受けて、晴れて最低ランクのF級冒険者としてギルドカードを貰えるわけだ。


 僕はもう八日間の講習を終えて、明日は実力検査と準備をして、明後日初めてダンジョンへ潜る。明日のうちに、今日途中で退場してしまった講義の補修を受ける必要がある。


 しかし、もう冒険者になりたい情熱は欠片も残っていない。元から情熱なんてなかった。


 僕はそもそも、バトルとか冒険とかはあまり興味がない。

 前世で一番好きだったゲームは動物とスローライフするやつだし、漫画も読むのはスポーツものが多かった。異世界転生ものだって、前世知識を駆使した異世界スローライフのやつばかり見てたし、チートで無双してザマァする系はむしろ苦手だった。


 異世界転生は受け入れるほかないけれど、この世界で生きていくなら平凡に飯屋とかやって暮らしたい。料理は結構好きだった。


 だが、しかし、もう遅い。


 何故なら冒険者初心者講習を受けてしまったから。


 この講習は、なんと無料だ。

 しかも、講習期間中は冒険者ギルドの寮に住めるし食堂も使える。宿泊費も食事代も無料。冒険者になった後もギルドの寮に半年は格安で住める。


 その代わり、初心者講習を受けたからには冒険者にならなければいけない。

 講習を受けた地域で最低二年間。それ以降は他の地域に行ってもいいし別の仕事に転職してもいいが、二年間は冒険者として、魔物の間引きだの素材集めだのに従事しなければならないのだ。


 冒険者にならないという選択肢もあるが、その場合は講習代と宿泊費と食事代で十万イェンを払う必要がある。十万イェンはだいたい地方の新人兵士の初任給と同じだ。


 勿論、そんな金は僕にはない。

 完全に冒険者ギルドの寮をあてにして村を出てきたから、なけなしの全財産は路銀に消えた。正真正銘の無一文だ。


「だって、村なんて物々交換だったし……街まで徒歩五日かかるし……」


 僕の故郷はコテコテの田舎の村だったから、まずもって貨幣社会ではなかった。

 基本は物々交換、村人はみんな農家か猟師。

 僕はそんな中でも唯一金を扱う村長のところでせっせとアルバイトして、ちまちまと金を溜めていたのだ。それでも片道の路銀には足りなくて、ほぼ野宿でこの街までやってきたわけだ。


 だから、僕は冒険者になるという道しかない。


 実家に泣きついても十万イェンなんて用意できないだろうし、あんな大口叩いて飛び出してきたのに、数日で出戻って金を貸してくれなんて言えるほど、僕の神経は図太くない。


 それに、あの田舎の村に帰っても仕事はない。実家は農家だが七人兄弟で人手は余っている。婿入りするあてもないし、人を雇える余裕のある家もなかった。

 だったら、二年は我慢して冒険者をして、この街に足場を作って転職する方が、まだ将来は明るいだろう。


「うんうん、たった二年、高が二年」


 僕は自分にそう言い聞かせる。

 動物たちとスローライフするゲームだって、実体はタヌキへ借金を返すために生活していた。世の中ってそういうもんだ。


 開き直った僕だったけど、この時は貧乏人の苦労なんてまだまだ分かっていなかったのだ。

1イェンは1円と同じです。通貨単位考えるの面倒臭くて。


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