24.いや別に、女性目当てで教会に来たわけじゃありませんよ
ミニコカトリスの頭と羽、それとクレイモルの爪、合わせて二万八千イェンで売れた。
その金で、僕はまず教会へ向かった。
防具を外して改めて見てみたら、予想よりも傷が深かった。それに、怪我をしたままモンスターの死骸を運ぶなとギルドスタッフにめちゃくちゃ怒られた。傷口にモンスターの血が付くと色んな病気の可能性があるんだって。
「この程度なら千イェンです、骨までいってなくてよかったですね~、保険証出してください」
残念ながら、治療担当はチャラチャラ司祭のエルンさんだった。冒険者ギルドカードを保険証と呼ぶのはやめてほしい。
治療を行っている中には、冒険者に人気の美人シスターも何人かいるのに、どうして僕の担当はこの男なのか。左手の封印のせいだとはわかっているけど、僕だってたまには綺麗な女性と接触を持ちたい。
いや別に、女性目当てで教会に来たわけじゃありませんよ、と近くの名前も知らない女神像に言い訳しておく。僕は左腕の治療に来たのである。下心なんてない。
態度はチャラいが腕は確かだから、僕のぱっくり裂けていた傷は治癒魔法でみるみる治っていく。
「駄目ですよ、ダンジョン潜るなら傷薬くらい持って行かなくちゃ」
エルンさんは言いながら傷薬の価格表を見せてくる。確かに教会入り口でも売ってるけど、聖職者に有るまじき商魂。
塗るタイプの傷薬は割と簡単に作れるそうだから、薬師ギルドのないルビウスの街でもよく売っている。あっという間に傷を治すような効能はないけど、止血と化膿止めの効果があるから、冒険者ギルドでも常備推奨している。
教会で買えば保険が利くそうだけど、でも他の店で買うのと値段は変わらないから今は止めておく。何より、エルンさんを儲けさせるみたいでなんか癪に障る。
「金がなかったんです、素人セット借りるのが精一杯で」
「え? 素人の鎧でダンジョン潜ったんですか? ブハハッ、あれ借りる人初めて見た、初級ダンジョンでも無理っしょ」
エルンさんは遠慮なく笑い出した。僕だって実物を見るまで素人セットがあそこまでショボいとは思わなかった。やっぱり、借りる人もほとんどいないのか。
それにしても、エルンさんはダンジョンの中を知っているような口ぶりだ。
「エルンさんはダンジョンに潜ったことあるんですか?」
話しを反らすために聞いてみる。
「はい、初級ダンジョンだけですけどね、たまにネズミゾンビが出るんで」
ネズミゾンビは、ダンジョンネズミがゾンビ化したモンスターだ。ゾンビ化すると死ななくなるので、浄化魔法を使わないと駆除できない。
ネズミゾンビ一匹でも放置すると、他のネズミもどんどんゾンビ化するから、早急に駆除しなければならないという。
モンスターがゾンビ化する原因はよくわかっていない。ゴースト系モンスターの仕業とか、ゾンビ化する病があるとか、色々言われているけど、とりあえずモンスターの死骸が無ければゾンビにはならない。
だから、一応、ダンジョン内でもモンスターの死骸はできる限り回収するように、と冒険者ギルドでは教えられるけど、これを守っている冒険者はほとんどいない。
ついでに、地上だとモンスターの死骸を放置するのは厳禁だ。他のモンスターを呼び寄せてしまうし、腐敗したら臭いし病気の原になるから、放置や不法投棄がバレたら罰則がある。
「教会関係者が潜る時だって、ちゃんとした装備が支給されて三人以上での行動を義務付けられてるんです、素人セットなんてほぼジョークグッズですよ、というか、パーティは組まないの?」
なんで冒険者ギルドでジョークグッズ貸し出してるんだよと思ったけど、たぶん、あれは訓練用で、冗談でも実戦で使うもんじゃないと言いたいんだろう。
僕はエルンさんをジト目で眺める。
「暴走する魔法と借金抱えて、パーティに入れてもらえると思います?」
左手の傷は完治して、今は封印に異常がないか見てもらっている。これはサービスだそうだ。
「え~、やりようはあるんじゃない? 思い切って闇魔法使いというキャラで行くとか、結構ウケると思いますよ」
「キャラって、大道芸じゃないんですから……」
僕は真っ先に前世の芸能人が思い浮かんだが、当然ながらこの世界に芸能事務所なんてない。
しかし、劇団とか、旅のサーカス団とかはあるから、芸風だのキャラ付けだのという言葉が通じるのは不思議じゃない。ただ、教会の司祭の口から出る台詞ではないと思う。
「いやいや冒険者でも大事ですよ、一生ダンジョン潜って生きてくなら別だけど、いずれ転職するつもりならコネ作っとくべきでしょ、キャラ立ってる方が偉い人にも覚えてもらえますよ」
完全にタレントへのアドバイスだ。司祭らしさがない。冒険者らしさもない。
でも、内容はわからないでもない。なにせ、冒険者の中でも異名とか二つ名とか持っている人はいる。
特にベテランとか、高ランクの人が格好良い二つ名で呼ばれていると思ったけど、あれ、本人が考えて名乗ってたのか? 功績を残して周囲が呼び始めたというのもあるだろうけど、自称だったなら、ちょっと、憧れが薄れる。
「はい異常ありません」
エルンさんに左手を返してもらう。
「治療はありがとうございました」
キャラ付けについては置いとくとして、素人セットでダンジョンに潜るのは有り得ない、というのは僕も大賛成だ。
この世界には生まれながらのゾンビというモンスターはいません。スケルトンとかゴーストはいます。
人間の遺体もゾンビ化することは稀にあります。
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