21.あと普通に寂しい
「ヒィ、ヒィ……帰るまでが、ダンジョン探索っ」
僕は死にそうな息を吐きながら階段を上っていた。
初級ダンジョンの大した深さもない階段だが、今は地上に出るまでが途方もなく長く感じる。
血塗れのモンスター素材を抱えて、装備も血塗れだし、負傷した片腕は応急処置で巻いた布切れに僕の血も滲んでいる。
後は帰るだけだ、と言い聞かせても、満身創痍の身体は重い。
頼むから今日は、もうネズミもコウモリもモグラも出ないでくれと願う。今ならダンジョンコガネムシにすら負ける気がする。
こんなことならば、帰還の輪を使えばよかったと思うけど、一階層の半ばまで戻ってしまうと、ここで使うのも悔しい。
準備不足を痛感する。
ダンジョン探索は準備をケチるな、と今朝の自分に言ってやりたい。
* * * * *
三日間の薬草採集の仕事で、僕は千五百イェン稼いだ。
これで、冒険者ギルドで素人セットを千イェンでレンタルして、ようやくダンジョン探索へ乗り出せる。
素人セットとは防具と剣のセットだ。素人と付く通り、防具はヘルメットと、金属の板に紐つけただけの胸当てと籠手と脛当てだけ。
工作道具さえあれば僕でも作れそうな代物だけど、僕は工作道具も持ってないからレンタルするしかない。こんなものでもないよりはマシだ。
行き先は初級ダンジョン、本当は第一ダンジョンの方に行きたいけど、第一ダンジョンは一階層でも素人セットで乗り込むのは自殺行為だと言われた。
ルビウス第二ダンジョンの周りは、相変わらず閑散としていた。
入り口前のテントで使い捨て帰還の輪を五百イェンで購入する。早くも僕はすっかんぴん、ダンジョンでモンスターを狩れなければ明日もまた薬草採取だ。
「おっ、本日第一号だ、空いてるぜ」
受付テントで暇そうにしていた冒険者ギルド職員が言う。
「いつもこんなに人いないんですか?」
「まあな、初心者講習会が終わった後はぼちぼち来るけど、パーティでの連携試すのも二日くらいで充分だ、今期の新人はみんな他のダンジョン行ってんじゃね」
やっぱり、新人でソロ活動してたら出遅れる。あと普通に寂しい。
「あんた、その恰好で潜るのかい?」
「まあ、はい」
「……あんま深く行くなよ」
冒険者ギルトで借りたものなのに、ギルド職員にも信じられないという目を向けられてしまった。でも、今はこれしか借りられないのだから、これで行くしかない。
人がいないのは心細いけど、僕の魔法を試すのには好都合だ。できるだけ前向きに考えて行こう。そうしないと、本当に、この初期装備以下の装備では挫けそうだ。
ヘルメットに付いているライトを点けて、素っ気ない小屋から地下へと下りていく。
今日は誰も下りていないというから、一階層にはそこそこネズミとコウモリの気配があった。
ネズミもコウモリも回収する気はないけど、剣の使い勝手と安全確保のために、飛び出してくるものは全部倒していく。
素人セットの剣は見るからに切れ味の悪そうな両刃剣だったが、見た目通り、ネズミすら一刀両断できなかった。これはただの金属の棒だと思って、殴るか刺すかで使うしかなさそうだ。
近くにいるモンスターを一通り倒してから、僕はシャドウウォークを試してみた。
外で練習はしたけど、ダンジョンでどうなるかわからないからね。魔力の無駄遣いになろうとも、モンスターを目の前にして初使用なんてしたくない。
とりあえず足元の影に沈んでみて、と思ったら、足首が沈んだくらいで引っかかった。
ダンジョンの地面には魔法妨害でもかかっているのか? と考えたが、原因はすぐにわかった。
「あ、ライトのせいか」
下に行こうと思って足元を見たから、ヘルメットのライトで足元を照らしてしまって影が無くなったんだ。
何とも間抜けな失敗だ。
だったら、下を見ないで足元に沈めばいい。
そう言えば、影の中で灯りを点けるという実験もしたことがない。ちょっとやってみよう。
上を向いて、ライトも天井を照らすようにして、シャドウウォークを発動する。
いつも通りドボンッと影の中に落っこちた。いつも通り影の中は真っ暗で、ライトに照らされているところは灰色に見えた。
影の中で灯りを点けるとこういうふうに見えるのか。それで上を見てみたら、うわ見えづらい。
影の外は黒に白い線で外の風景が描かれているけど、灯りで照らしたところは灰色になって外の光景が見えない。視界に灰色の穴が開いているみたいだ。
しかも、今は光源を頭に付けているから、見えないからって頭を動かしても見えないところが動くばかりで、見えづらいことこの上ない。
ライトを消してみたら、視界全部真っ黒で白い線で洞窟内が描かれている。灯りがなければダンジョンの中は全部真っ暗闇だからな。
だから、影から出てみれば真っ暗で何にも見えない。
完全に身体が出てから、ライトを点ける。これは周囲にモンスターがいないことをしっかり確認してから出ないと、影から出た途端にモンスターにやられるなんてことになりかねない。
もう一度、ライトを消して影に潜る。
今度は下の方を見てみるが、何も見えない真っ暗闇だ。
ダンジョンなら下の階層が見えるかと思ったけど、見えないということは、ただ見えないだけか、影の中から下の階に行くことはできないということか。
泳げばもっと下に潜れそうな気がするけど、ハッキリ言って底の見えない闇の中に潜っていくのは恐い。もし下の階に行けなかったら、途中で引き返しても間に合わずに溺れるなんて可能性もある。
光魔法の込められたライトは魔力のあるところなら使い続けられるので、ダンジョン内で電池切れの心配はありません。地上だと魔力を補填する魔石などがないと点かないことがあります。
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