16.ありそうだ中二病
「その布、気になると思いますけど取らないでくださいね、そんなに汚れないようにできてるし、普通に水つけてもいいですから」
エルンさんは使用上の注意をしてくれる。この左手の有様は別に気にしていないから、この世界にはまだ封印されし左手に憧れを持つような病はないのかもしれない。
「あと小さい子供とかに見せると喜ばれると思いますよ、特に男の子とか、ふふ……」
「おい」
ありそうだ中二病。エルンさんは明らかに面白がっている。どこかの層を刺激するとわかっているなら、見た目をもう少しどうにかできないもんか。
「魔法も使えると思いますけど、試すなら教会の外でどうぞ、封印は一年保証付きですので何かあったら教会へお越しください、でも一年も封印しっぱなしなんてならないように、魔法の習練に励んでください、では、ご利用ありがとうございました~」
僕の恨めし気な視線などものともせず、エルンさんは早口で説明を済ませて、儀式の余韻もなく教会から追い出された。
「あいつは魔法の腕は確かだが、宗教儀式であいつが担当になったらハズレだと思え」
スイルーさんはケッと唾を吐きそうな雰囲気だが、さっさと仕事を終わらせたいのは同意見だったらしい。さっさと冒険者ギルドに戻っていく。
「おっ、終わったか」
ギルドではグレンさんがまだ講習生に囲まれていた。みんな僕を教訓にしっかり保険に加入するらしい。書類の書き方などを説明されている。
「はい」
「まだだ、訓練場で魔法を試すぞ、ちゃんと使えなければ今日のうちに訴えてやり直しをさせないとな」
そうだった。教会の儀式にもクーリングオフみたいなルールがあるんだった。僕はスイルーさんに引っ張られるように冒険者ギルドの裏に連れて行かれた。
もしもの時のために、途中で遭遇したレヴィさんも付いてくる。
「とりあえず、ダンジョンで使った魔法を使ってみろ」
「ここで大丈夫ですか?」
冒険者ギルドの裏は少し広い空き地になっている。訓練場とも呼ばれているけど、道具と言えば弓の練習用の板塀くらいしかない殺風景な場所だ。
「ダンジョンで見た限りなら、この広さに収まるだろう、念の為空に向かって出してみればいい」
レヴィさんが上を指さして言う。
「制御できるかを試せればいいからな、発動してすぐ停止させるだけでいい」
それだけなら、なんとかなるだろうか。僕は左手を空に掲げて、心の中であの呪文を演唱する。
出てこいブラックホール!
気合を入れてみたけど、そんな気合を入れなくても発動しただろう。
左手の掌から黒い稲妻が走り、ブラックホールが渦を巻きながら出現した。
「あ! あ、と、止まれ!」
思わず声に出しちゃったけど、これも声に出す必要はなかった。
ブラックホールはするすると出現を逆再生するように消えた。
「制御できた!」
ダンジョンの中であれだけ苦労したのが嘘みたいに、簡単に停止できた。自分の身体が引っ張られるような感覚も最初より弱かった気がする。
「問題ないようだな、しかしもっと小さくできんのか」
「それは、まだよくわからないです」
スイルーさんの指摘も御尤も。僕ができたのは発動と停止だけ、ミニコカトリスを吸い込んでしまう大きさでは実践では使い勝手が悪い。
冒険者が何故ダンジョンに潜るかと言えば、心躍る冒険もあるけれど、一番の目的はモンスターを倒して、その素材を回収して売って稼ぐためだ。どれだけ最強の魔法だとて、素材が回収できないのでは意味がない。
他にも護衛の仕事とか盗賊退治とかの仕事もあるけど、犯罪者相手だろうと、人間相手の戦闘は基本的に生け捕り推奨だ。
まあ、相手を殺してしまっても致し方なしとは言われているし、大抵の場合、不測の事態で襲撃者は大半死亡するそうだけど、それにしても死体も残さず殺し尽くしてたら、僕の方が危険人物になってしまう。
でも、しかし、悲しいかな火力調整の仕方がわからない。
「魔法を使いこなせるようになれば、その封印は勝手に解けるようになっているが、しかし、その威力だと練習するのも難しいな」
スイルーさんが考え込んでしまう。そこでレヴィさんが顔を上げた。
「ダンジョン内では稀にアイテムが手に入る」
いきなりなんだと思ったけど、これは初心者講習でも倣った。
ダンジョンの中では、人工物と思われる道具や武器が発見されるという。しかも新品で、高機能なものが多い。そんなものダンジョンの中に忘れていく人もいないだろうし、慈善でアイテムを置いていく人なんてもっといない。
だから、おそらくはモンスターのように、ダンジョン内で自然発生していると考えられている。それらは、ダンジョンアイテムと呼ばれていた。
「特にダンジョンで初めて手に入れるアイテムは、発見者の役に立つものが多いとされている」
「つまり……ダンジョンに潜っていれば、僕の魔法を制御できるアイテムが見つかるかも、ということですか」
「絶対とは言えないが、可能性は高いな」
なるほど、ダンジョンアイテムはいつどこで見つかるかわからないから、僕はしばらくダンジョンに潜ることに専念すべきなのだろう。
「そのためにはまず冒険者になることだ、手続き済んでないのはおまえだけだぞ」
とりあえず目的は達成したので中へ戻ることにしたが、振り返った瞬間、三人揃って固まった。
「あ」
「え」
「……あーあ」
冒険者ギルドの屋根の一部がぽっかり抉れていた。
まるでドリルで抉られたように丸く。
この世界は魔法事故は日常茶飯事なので、みんな大して気にしないし危機意識もガバガバです。
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