12.僕はいったいどこに引っ張られてるんでしょうか?!
これで何もしてないのは僕だけだ。
武器を試し終わったやつから列の後ろに並ぶので、とうとう僕は先頭のグレンさんの真後ろになった。
僕の後ろはずっとスイルーさん、美人さんとご一緒できて嬉しいです、というにはスイルーさんの顔が恐いんだ。
「うーん、おまえの謎の魔法を試すのにちょうどいいモンスターが出ればいいが……」
グレンさんがぼやくけど、ダンジョンがそんな親切なわけなく、次に出たのはまたミニコカトリスだった。
「一人で倒すのはキツイな、まあいい、とりあえず一発魔法使ってみろ、あとは俺とスイルーでどうにかするから」
「はあ……」
ミニコカトリスは索敵範囲が狭いから、かなり近づかないと襲ってこない。でも、当然ながら、攻撃を仕掛けたら攻撃がきた方へ襲い掛かる習性はある。
どうせ自分の魔法の有効範囲もわからないから、とりあえずミニコカトリスに気付かれないくらいの距離を取って、僕は万能の杖を構えた。
ちなみに左手。プロ冒険者なら魔法の杖と他の武器を両方持つということもある。その場合、魔法は補助に使うことが多い。だから魔法の杖は利き手とは反対の方で持つ方がいいんだって。
僕が何故だか使えそうな闇魔法は三つある。
【影歩行】シャドウウォークと、【暗雲】ダークネスと、【黒渦】ブラックホールだ。
どれも名前だけじゃどんな魔法かわからないけど、シャドウウォークは攻撃魔法っぽくない。ダークネスはもうさっぱり何もわからないから、消去法で今回使ってみるのはブラックホールだ。
本気でブラックホール出てきたらここら一帯消滅するだろうけど、いやいやまさか初級魔法でそんな威力あるわけないだろう。そんなことになったら僕も自滅するし。
さて、問題は呪文の演唱だ。
素人の杖なら、そもそも杖に呪文が刻んであるから演唱も必要ないが、初心者の魔法使いなら基礎魔法でも演唱しないと発動しない可能性がある。
ブラックホールの呪文も、何故だか頭の中にちゃんと浮かんでいる。
宇宙~コスモ~を抱き、我に闇の翼~ダークエンジェル~の祝福を与えよ
基礎魔法だから呪文は短め。相変わらず意味がわからん。精霊語だからどうせ他の奴らには何を言っているかわからないけど、それでもこの呪文をここで演唱する勇気は、僕にはない!!
なので無演唱でいく。たぶん大丈夫、基礎魔法だし、そのための万能の杖だ。
杖を前に突き出し、口を引き結んで、頭の中で呪文を演唱する。
発動してくれ! ブラックホール!
途端、バチッと杖に電流が走った。
僕の手にも衝撃があったが、でも杖は離せない。バリバリと雷のような音と共に黒い稲妻が杖を駆け上がり、そして真っ黒い渦が前方に広がった。
「う、わっ!?」
僕は衝撃で後ろに倒れるかと思ったけど、見えない力に前に引っ張られる。尻もちをつくのは防げたが、今度は前に飛んで行かないよう踏ん張らないといけなくなった。
黒い渦はそのまま、ものすごいスピードで回転しているが、出た時以上の大きさにはならないらしい。
前方にいたミニコカトリスは、まるで掃除機に吸い取られまいと踏ん張る虫のように、必死に地面を掻いて逃げようとしている。どうやらこの黒い渦は引力があるらしい。
「全員動くな!!」
グレンさんの声にチラと後ろを確認する。前に引っ張られる力が強くて首を動かすこともできない。
後ろにいた講師と講習生たちにもこの魔法の影響は出ているようだが、助っ人のレッドさんがすぐさま結界を張ったおかげで、引っ張られたものはいなかった。
それで、これどうすればいいんだ?!
一回だけ魔法使ってみるだけだったのに、発動したはいいけど引っ込め方がわからない。
まだ発動して数秒だけど、藻掻いていたミニコカトリスはとうとう足を滑らせて宙に浮いた。
あとは一瞬だった。
ギュンッと捩じれるように黒い渦に吸い込まれて、跡形もなく消えた。
「え、えー……」
自分でやっといてドン引きだ。中型のモンスターが跡形もなく消えてしまうなんて。
「ヨナハン! 魔法を停止しろ!」
スイルーさんの怒鳴り声がする。彼女だけはレッドさんの結界の外にいるから、渦に吸い込まれそうにはなっているけど、まだ踏ん張っている。ミニコカトリスよりも強いってことだ。
でも、怒鳴られても僕にはどうしようもない。
「止め方がわかりません!」
「杖に集中して止まれと念じればいい」
言われた通り杖に集中して、止まれと念じようと思ったけど、次の瞬間にはバシッと木が軋む音がして、持っていた万能の杖が破裂するように裂けた。
「クソッ! 杖を離せ!」
スイルーさんがガチギレした声を上げるけど、手がくっ付いたみたいに指を開くのも難しいんだよ。
空いている右手で左の肩を掴み、渾身の力を込めて左手を開く。なんで、自分の手をグーからパーにするだけで人生最大の努力をしてるんだろう。
手を開いた瞬間、もう杖の形状も残ってなかった万能の杖が黒い渦の中に消えていった。
そう、つまり杖を離しても黒い渦が消えない。僕の掌から黒い渦が出ている。
「なんで……っ」
だったら僕が止まれと念じただけで止まれよ! と思うのに、ぜんぜん止まらない。渦は僕の手から出ているのに、僕を前方に引っ張る力も継続中、僕はいったいどこに引っ張られてるんでしょうか?!
いよいよ泣きそうになっていたところで、左腕をスイルーさんに掴まれた。
そうだった! この人は封印術が使えるんだ!
今はスイルーさんが天使に見える。いや、顔めっちゃ恐いけど、真剣になってるせいで普段の三倍恐い顔になってるけど。
スイルーさんはブツブツと何かを唱えながら、僕の左腕から指先にかけて布を巻いていく。
それを最後にギュッと締めたら、黒い渦は出てきた時と同じようにバリバリと黒い稲妻を出しつつも、だんだんと小さくなっていって消失した。
黒い渦が消えたら引っ張られる力も無くなる。
前に引っ張られないよう後ろに踏ん張ってた僕は、そのまま尻もちをついた。
「た、助かった……」
モンスターよりも自分の魔法にビビった。
真っ黒い渦のせいで前があまり見えてなかったけど、吸い取られたのはモンスターだけじゃなく、ダンジョンの壁も大きく抉れていた。
抉れた断面はまるでドリルで削ったように渦を巻いている。
「えーうわー……」
僕は尻もちをついたまま、僕だけじゃなく全員が、しばらく呆然と抉れた壁を見つめていた。
闇魔法の呪文については深く考えないでください。
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