06
リストニア本土、西部方面軍、アーゼンバーグ空軍基地。
第2航空団、第21戦闘飛行隊。
第2航空団、第3戦術輸送飛行隊。
及び救難飛行隊。
俺のホームベースでもあった。帰るべき場所。駐機場に並ぶタイガーをみて思わず目頭が熱くなる。
「よし、基地司令に挨拶するところからだな」
「あのいけ好かない基地司令に、か」
ため息が出る。基地司令ウィリアム・ホンプスキー大佐。
俺が決断したとはいえ、教員になることを進めてきた人物。士官学校指揮官コース卒のエリート中のエリート。前戦争時から一般上がりの俺を邪険に扱っていた男だ。
「おい、わかってると思うが基地司令はぶん殴るなよ!まじで次はないぞ!」
「わかってる!」
一時的な感情で失敗するのはもうこりごりだ。受け流そう。司令室の部屋をノックし、入れという言葉を聞き、ドアを開く。
「失礼します!」
「トニー・ハミルトン中尉、良い教師と評判だったようだな」
「それは……面目ありません」
「私は君を戻すのに反対だった。当然だろう、罪なき一般市民を恐怖に陥れた男は、軍隊にいるべきではない。違うか?」
「おっしゃる通りです」
「軍人は冷静沈着のエリートであるべきだ。それが、栄えあるリストニアへの……」
その時、基地司令直通のホットラインが鳴った。彼は舌打ちして受話器を取る。相槌を数回うった後、彼はそれを置いた。
「戦争だ。フェリペが正式に再度宣戦布告をしてきた」
◇
「ああ、そう。エミリーにはお前の事情は話してない」
「すまん、助かる」
あんな情けない姿、彼女に知られたくはなかった。エミリー・アウア―は士官学校卒のエリートだ。しかしながら、一般上がりの俺から必死に学ぼうとする態度や、戦果に拘らず、チームプレイに徹することのできる優秀なパイロットだった。
そして、俺たちはとある扉の前で止まった。『第21戦闘飛行隊』様々なことがあった部屋だ。深呼吸して、ドアノブを回す。
「お待ちしておりました、隊長」
エミリーは黒髪を靡かせ、軍の教科書通りの美しい敬礼をして見せる。茶化す場面ではない、俺も敬意を払い、敬礼を返した。
「おいおい、別に奇跡の生還ってわけじゃないんだ……いつまで敬礼をしているんだ?」
「トニー、泣かせてやれよ。こいつお前がいなくなってから毎晩泣いてんだぜ?」
「は、ハーバード、変な冗談はやめて!」
ハーバードが大笑いして、俺とエミリーもつられて笑う。……教師をやってたころはもうずっと笑っていなかったな。
「……さてと、ミーティングだ」
俺たちに課せられた任務はスクランブルだ。
領空侵犯のおそれがある侵入機に対する軍用機の緊急発進。その侵入機とコンタクトを取り、速やかに領空外に誘導する。それができないようならば、強制的に軍基地に着陸させる。それすらも出来ない、要するに侵入機が抵抗する場合は撃墜する。
だがもう、戦時中だ。
領空外に誘導なんてしない。地上管制が敵だと宣言したら、即交戦だ。
「……で、トニーには悪いが、たった今から任務は開始される。当然、勘を取り戻すための訓練飛行を予定しているが、どのぐらいできるかどうか」
「厳しいな」
トレーニングをしていなかった分、体力は落ちているだろう。しかし、皮肉なことに刑務所で規則正しい生活を送っていたのだ。無理ではないかもしれない。
アラート待機場に足を運びながら三人で会話を交わす。
「学校の先生はどうでした? 上手くやれましたか?」
エミリーは一切の悪意なしにそんなことを聞いてきた。俺は回答に困ったが、適当に返すことにした。
「ああ。それなりにな」
「そうでしょうね。私は信じていました。隊長はリーダーシップがありますから」
彼女の屈託のない笑みを見て、罪悪感が腹から湧きあがる。俺の様子を察したのか、ハーバードが演技たらしく格納庫の扉の前でお辞儀する。
「さぁ、感動のご対面だ!」
開かれた扉の先には、夢に何度も出て来たタイガーⅡ戦闘機が確かにそこにあった。
嗚呼、忘れていたことを思い出す。この黒い機種は故障でスペアと交代しただけなのだが、エースになるにつれて、『ブラックノーズ』という異名を付けられたのだった。
俺の栄光。俺の過去は偽りの記憶ではなかった。
いろいろな想いでがこみあげ、俺は機体の鼻先に触れようと手を伸ばした。
その時、サイレンが鳴り響いた。
「スクランブル!フェリペ王国空軍機が領空に接近中!ナスカー分隊は乗機に搭乗し指示を待て!」