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 現れた女は、俺を一瞥すると、不審そうに眉を顰めた。けれども、俺が座るベンチと反対の場所にあるベンチへと腰掛けた。

 髪は茶、ウルフカットという洒落た短髪、やはり軍人らしからぬ顔だ。しかし、俺としては彼女の正体なんてどうでもいい。不審と無関心の二つの感情がせめぎ合う中、彼女の方が口を開いた。


「私はマイ。マイ・マルツ」

「……」

「名前教えてくれないんだ。でも、私にはわかる。兵隊さんが言ってたリストニアから来た人でしょ?そして、この飛行機がFS-X」


 この女に無関心だったが、この機体を知っている人間だと言えば話は別だ。


「何者だ、お前は?」

「怖い顔しないでよ。私の父はヴェルナー・マルツ。この国の航空技師。その娘として先に保護してもらっているの」

「なら、ただの民間人と言う訳か」

「……うん、私には飛行機のことは何もわからない」


 そう答えた彼女の声に、わずかな間があった。

 それを聞いて、俺は興味を無くした。俺にとって民間人は守る対象ではない。フェリペに来た今なら尚更だ。


「兵隊さんだらけの基地に私の居場所なんてないから、何もなかった此処で過ごしてたって訳。ここ、居てもいい?」


 彼女は小首を捻って、尋ねて来た。出ていけ。そう告げようとしたが、寸前で思いとどまった。技師の娘、この女を邪険に扱えば、技師たちからの心象も悪くなり、サポートを受けられなくなる可能性がある。そうなればリストニアと同じだ。だから否定も肯定もせず、黙っていた。


「ありがとう」


 彼女は、それを肯定と受け取ったそうだ。


 それから数時間の静寂が流れた後、向こうの山の峡谷からジェット機の遠吠えが聞こえてくる。戦闘哨戒をしていた機体が帰って来たのだろう。その音がじんじんと鼓膜に響き、突然、頭が真っ白になった。ジェット機の轟音、爆発音、閃光、ハーバードの最期がありありと脳裏に浮かぶ。


 俺は一体どうしたんだ。なんでこんなことに――!? そもそも、フェリペ人どもがハーバードを殺した。リストニアも、フェリペも、全員が全員、俺の敵――。


 その時、軍事基地にも、俺の脳裏に響く惨劇にも不釣り合いな音色が響いた。顔を上げると、マイがウクレレを手にしていた。


「……ごめん、駄目だった?ならやめるけど」

「好きにしろ」

「そう」


 そして、マイは俺から視線を逸らし、ウクレレを弾き始めた。よく耳を澄ますと、小声で歌っている。フェリペで流行っている音楽だろうか、少年少女の恋物語というあまりにもありきたりで、しょうもないものだった。


 何が恋だ。運命だ。バカバカしい、そんなバカバカしい歌詞を頭で追っていたら、気づけば意識を手放していた。



 ◇


「技師たちが到着する前に、その機体の性能を間近で確認したい」


 デモン少佐はそう俺に告げて、俺とFS-Xをリストニア空軍迎撃の任務に就かせた。


「人手不足もある。しかし厄介なのは、彼らの空対空核ミサイル”ファルケン”だ。こちらが大勢で迎撃すると、やつらは躊躇なくそれを放つだろう。この山脈の基地が最後の防衛ラインだからな。 しかし、虎の子ファルケンは数発しかないとされる。ここぞというときにしか、使いたくはないだろう。だから我々は少人数で多数を迎撃しないといけない」

「ああ。理解できる」


 デモン少佐のフランカーの後に続き、俺は滑走路に向かいながら、無線で返答を返す。基地の警備兵たちは俺の機体をしげしげと見つめている。


「ドックファイトで多数を相手にするのは簡単な任務じゃない。エースでなくては、無理だ。もう一人のパイロットを紹介する。彼女はパトリシア・ホーキンスだ」


 デモンがそう言ったタイミングで、格納庫からフランカーが現れ、俺の背後に並んだ。


「パトリシアだ。君のコールサインはデアデビルだったか? 君の事情は知らないが、出来るパイロットと戦闘機だと聞いている」


 落ち着いた凛とした声の女性パイロット。しかし、その不自然に落ち着いた声は何かを隠している。なるほど、スカーレット隊と同じだ。彼女が俺の空での看守と言う訳か。


「こちらデモン・バトラ―少佐。これより、滑走路に侵入する。

 臨時編成を復唱する。我が隊はランサー隊。私がランサー1、パトリシア中尉がランサー2、そして彼が《《デアデビル》》だ」

「デアデビル? それが彼のコールサインなのですか? 少佐?」

「ああ。特殊部隊の隊長がつけたようだが、私も気に入っている。デアデビル、その名の通りの命知らずさを見せてくれ」


 デモンは上機嫌にそう言い、先に離陸していった。


「了解、デアデビル、離陸を開始する」


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