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03

朝早くに学校に着き、教科書を教卓に忘れてきたことに気が付いた。こんな朝早くに生徒はいないだろうと考えていたが、一人女生徒の姿があった。


「お、おはよう。朝早いな」


「……おはようございます」


昨日、ゴミを投げつけられていたジェシカだ。


貧乏人。確かに彼女は裕福な家庭に生まれたわけではない。戦争があったからなおさらだ。無口な彼女がそこそこ頭がいいというのも、ああ理不尽をやられる原因なのかもしれない。


「ジェシカ、昨日は」


「昨日はありがとうございました」


「いいや、教師として当たり前のことをしただけだ。安心しろ、俺が虐めなんて止めてやるから」


「いえ、慣れているから平気です。それより、先生は戦闘機のパイロットだったんですか?」


ジェシカは少し聞きづらそうに、だが、まっすぐな目で俺に聞いた。悪意があるわけではなさそうだ。


「ああ。そうだ」


「……空って何色でしたか?」


いきなり詩的なことを聞かれ、返事に困っていると、彼女は静かに語りだした。


「私画家になりたいんです。風景画で……空が描きたい。上から見える空の色は何色でしたか?」


「青だよ、青」


「そうですか」


期待してないような答えだったのだろうか?

彼女はため息をつき、そっぽを向いてしまった。多分、つまらない答えだと思ったんだろう。


「海と見分けがつかなくなるぐらいに、致命的な青だ」


「それって?」


「いや、なんでもない。じゃあ、俺は行くから」


不思議そうな顔をしている彼女を置いて、俺は職員室に戻った。


朝礼の準備をしているとき、誰かがつけていたラジオからこんな声が聞こえた。


”国防省によりますと、今日未明リストニア空軍機がレーダーから消え、消息を絶ちました。軍は行方不明機の捜索を行っています……”


なんだって?

消息を絶つ……基本この言葉に墜落以外の意味はない。

ハーバードや、エミリーは軍に残っている。いや、そんな馬鹿な。気になる。俺もラジオを付けようとする。


「ハミルトン先生、聞きましたよ。昨日、生徒に向かって詰め寄ったのですか?」


教頭だった。クソ、うるさいババァだ。今はそれどころではないというのに。


「虐めですよ! 注意するに決まってる! すみませんが、あとにしてくれませんか?ちょっと大事なニュースがあるんです」


だが、ラジオは教頭によって消される。そのやり取りを面白そうに遠巻きに教師たちが見ている。


「何をするんです?」


「貴方こそ私が話しかけているんですよ! スイフト君のご実家はこの島でも立派な名家の一つで」


「すみませんが!? ……空軍機が墜落したんです!もしかしたら俺の同僚かもしれません!……仲間の生死よりそんな話の方が大事ですか!?」


「ええ、そうです。……もう過去の話でしょう?

 仲間だなんて……子供じゃあるまいし、別に亡くなってしまったって今の貴方には関係ないでしょう?」


子供? 過去?


「そんなことより昨日の一件です!本当に軍人というのは……」

「……黙れ」

「は? 今何と?」


「黙れと言ったんだ!」


瞬間、職員室が水を打ったように静まる。俺はそんなことにかまわずラジオをつける。皆は無事か?


”次のニュースです、水族館でアシカの赤ちゃんが……”


誰かが噴き出した。他の奴らも一斉に失笑した。


「……このことは教育委員会に通達します!」


教頭がヒステリックに怒鳴り散し、どこかに逃げるように去っていった。



教室で授業をしているが、自分でも上の空なのが分かる。クラス中がうるさくても、どうでもよかった。どうせ、いつもこんな感じだ。時より学校の上をヘリが飛んでいく、救難飛行隊か?そればかりが気になる。


「人殺し!税金ドロボー!……なんだ今日のセンコー張り合いがねえ」


「……そういや、軍隊の飛行機が落っこちったって」


「そういうことかよ」


適当に板書しつつ、適当に喋る。何やら騒がしいが、内容はよく頭に入ってこないのだ。


「落ちたやつもう死んだんじゃないの?」


ぼんやりした頭に、スイフトが言った言葉。その声は鮮明に聞こえた。


「へたくそがまた墜落したのか?」

「税金の無駄遣いもいいとこだぜ」

「戦争が起きる前に全滅しちまいそうだな!」

「ギャハハハハ!」


俺はこの声に今まで感じたことがないぐらい怒りを感じた。でも、生徒達はスイフトの発言に誰も非難の声を上げない。同調して騒ぐもの、どうでもよさそうに漫画本を読むもの、雑談に花を咲かせる女生徒たち。なんだこいつら……俺が……俺たちが守ったのはこんなものなのか?


手に力が入りチョークが折れた。

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