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「東から敵の増援だ!リストニア陸軍の増援が来たみたいだ。くぎ付けにされている!」
「スモークを焚け、煙に紛れて動く!」
「おい、お前。スモークが展開したら格納庫まで全力疾走する! 準備は良いか?」
俺はフェリペ王国軍の特殊部隊員たちに連れられ、牢獄から脱走した。アーゼンバーク基地はいたるところで銃声が響き、雨にも関わらず黒煙が立ち込めている。戻ってこれた時はあれだけ感動したのに、たった数か月で何もかもが壊れてしまった。
「よし、行くぞ!」
銃声の中、オリバーという兵士に引っ張られるように俺は格納庫まで走る。途中、一人のフェリペ兵士が倒れたが、彼らは止まらなかった。格納庫には他のフェリペ兵士たちが居た。
「隊長、連れてきました! ……B分隊は?」
「全滅だ、榴弾砲にやられた」
「っ、了解」
フェリペ兵たちは優れたチームワークでリストニア軍に反撃しながら、FS-Xの始動を行っていた。その隊長の男は、俺の両肩をがっしりと掴むと、威圧感のある声で言った。
「どうやら、お前は懲罰兵らしいな。だが、今は知ったことじゃない。我々に協力するか? 」
「それで空に戻れるなら」
「ふん……どうやら、大馬鹿野郎らしいな。早く乗れ!」
彼に促され、コックピットに乗り込む。既に機体は立ち上がっている。風防を閉じるとすぐに、見慣れない周波数――フェリペ軍のものから至近距離の無線が入る。
「貴様のコールサインはデアデビルだ! 航法装置に座標が指定してある! そこから我らが栄えあるフェリペ空軍の精鋭部隊が貴様をエスコートする!この作戦には、フェリペ王国の命運がかかっている!」
「だが、この銃撃の中じゃ、滑走路までは」
「我々が援護する、行け!」
その言葉を聞き、俺は急いで滑走路まで移動する。皮肉にも滑走路端に一つだけ置かれていた秘密の格納庫だった為、直ぐに滑走路まで移動できた。
「RPGだ!あのIFVに撃ち込め!」
「機関銃を全弾撃ち込むんだ!もう弾切れなんて気にするな!」
風防の外ではフェリペ軍兵士と基地防衛部隊の間で激しい交戦が繰り広げられている。風防のすぐそこを銃弾が飛び交い、滑走路の脇で爆発が起きる。
「こちらはホンプスキー基地司令、FS-Xを操縦している者は何者か?」
滑走路の中央に差し掛かった時、アーゼンバークの管制塔から通信が入った。
「トニー・ハミルトンだな?
中尉、今すぐ引き返せ。今引き返したなら、罪をもみ消すことも検討しよう」
「今更、何を……!」
「祖国を裏切るのか?」
「先に裏切ったのはそっちだ」
俺はリストニア軍の無線チャンネルを閉鎖した。もう聞くことはない。代わりに、フェリペ特殊部隊の隊長からの無線が飛び込む。
「中尉、我々は自国民でなくとも、フェリペ王国に有益をもたらすに敬意を払う!貴官に王国の加護があらんことを!……フェリペの空を頼んだ!飛べ!」
名前も知らない兵士からの無線は、最後は銃声と爆音で途切れた。
「了解、デアデビル、離陸する」
俺は空へと舞い戻った。
◇
同時刻、リストニア中央上空にて。
「ナスカー1、定時報告、飛行計画に遅れなし」
私――エミリー・アウア―は中央の大規模な空軍基地で、タイガーⅡ戦闘機から新型のイーグル戦闘機の転換訓練・受領を終え、アーゼンバーク基地に帰還するところだった。
訓練に没頭することで、考えないようにしていたのだけれど、やはり彼のことを思い出してしまう。トニー・ハミルトンだ。先輩であり、憧れであった人。だが、それは失望に変わってしまっていた。
「どうして、あんなことを」
何か理由があったんじゃないかと思うけど、どんな理由があっても民間人の少年に銃を突きつけることはあってはならないし、任務を放棄するのは軍人失格だ。考えないようにしよう、胸が苦しい。
……それにしても、さっきの定時報告の返答がない。
「アーゼンバーク基地、どうぞ」
「当基地はフェリペ軍特殊部隊による攻撃を受けている!」
「えっ!?」
管制官の慌てふためいた言葉を聞き、私は背筋が凍る。必死に頭の中で状況を整理していると、別の人物が無線を繋いできた。
「私はウィリアム・ホンプスキー基地司令である。接近中の友軍機へ。所属と氏名を」
「ナスカー隊所属、エミリー・アウア―中尉です!」
「……ふ、くくく。これはこれは皮肉な運命じゃないか」
「基地司令、良く聞こえません。もう一度お願いします」
基地司令は咳ばらいをした後、落ち着いた口調で状況を説明してくれた。
「フェリペの工作員によって我らの新型機が奪取された。 基地内でもゲリラコマンド攻撃が起き、多数の死傷者が出ている。 我らがリストニアの最新鋭機をフェリペに渡すわけには行かない。中尉、止められるか?」
ゲリラコマンド攻撃!? 基地内でも死傷者が……彼は……!?
「トニーハミルトン中尉は……!?彼は!?」
「わからない。現在、安否確認中だが……もしかすると、いや、よそう。
このままでは君の射程範囲から逃げられる。 任務を遂行してくれ」
「……了解!」
レーダーと夕暮れに染まる空のはるか向こうに点のように見える敵機を睨みつける。
こいつが先輩を……!先輩を……!
一直線に逃げる敵機をロックオンする、私は明確な殺意と共にトリガーを引いた。




