第25話 リストニア-フェリペ戦争 撃墜王
元フェリペ王国空軍 第一航空団 試験開発飛行隊。 通称、撃墜王
デモン・バトラー
第一次リストニア-フェリペ戦争 10機撃墜。
第二次リストニア-フェリペ戦争 51機撃墜。
総スコア 61機撃墜。
撃墜王、王国の英雄、それらの名声と共に、リストニア-フェリペ戦争で、最高スコアを保有する男。その容姿と、飛行技術からフェリペ王国では英雄として広告塔に仕立て上げられた。また、士官学校のエリート卒でありながら、それを感じさせないフレンドリーな態度。そして敵味方問わずに、パイロットに敬意を払う姿は多くの兵の良い手本となり、尊敬された。
しかし、試験開発飛行隊ということもあり、日々日々新型機種の試験的な実戦を任されていた。その結果どんなにスコアを重ねても、リストニアでは機体がころころと変わる彼の名前はあまり知られなかった。皮肉なものだ。
デモン氏も、彼と戦ったことがあった。
「でも、自慢できるような戦いじゃなかった。こっちはフルクラムで、あいては旧世代のタイガーⅡ戦闘機だ。勝てて当然だった。しかし、私の僚機は撃墜されてしまった。あれほど恥ずべき戦いはない」
「そして、あなたも彼の僚機に致命傷を与えた。仲間を奪った彼に憎しみはないのですか?」
「……ないとは言えない。だが、戦争だ。彼にだって守りたいものがあったのだろう」
「その後、彼は消息を絶った。そして、FS-Xという新型機の噂が立ち始めた」
「噂は噂だよ。少なくとも、一兵士だった私は良く知らない」
フェリペ王国の洒落たレストランで、会食をする私たちの間に静寂が訪れる。外からはウクレレの音色と共に、若い女性の歌声が聞こえる。路上ライブだろうか?
「いい歌だ」
「え、ええ。そうですね」
「では、私はこれで失礼させてもらう。楽しい時間だった」
爽やかな笑みと共に、立ち去ろうとするデモン氏。だが、私は彼の背に声を掛けなければならなかった。
「試験開発飛行隊」
「それが何か?」
「デモン・バトラー少佐。あなたは軍のトップエースというだけではなく、試験開発飛行隊は軍の上層部に戦略を意見できるほどの権限を有していたと、調べさせていただきました」
「何が言いたいのか、分からないな」
デモン氏は笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。だが、私とて筆で戦う戦士、退きはしなかった。
「ブラックノーズ、未確認新型機FS-X、あなたは何かを知っているのではありませんか?」
「……」
「単純に教えて欲しいのです。彼は今、生きているのか。……いえ、まだ空に留まっているのかをです」
デモン氏は何かを考えた後、ゆっくりとした足取りでテーブルへと戻って来た。
「なるほど、生粋のジャーナリストのようだ。敬意を払おう」
彼は私に連絡先の書かれたメモを手渡すと、今度こそ去っていった。
◇
フェリペ王国陸軍 特殊任務局所属
コードネーム『オスカー』
指定された廃墟にて、その覆面の人物は現れた。本名と素顔を明かさないという条件で、彼は取材に応じてくれた。目出し帽から見える彼の目は蛇のように鋭かった。
私が、『彼』のことについて聞くと、オスカーは静かに目を閉じた。
「あれは土砂降りの夕立の日だった」
◇
「陸地が見えた! 着陸地点まで8分! 降下戦闘用意! 」
リストニア海岸沖にて、陸軍特殊任務局所属の強襲降下中隊の強襲ヘリミルが2機がリストニア本土に迫っていた。
本来は3機いたが、1機は低空飛行中に高波にさらわれた。そうでもしないと、レーダーに捕捉され、あの鶴《FS-X》が飛んでくる。
そのようなリスクがありながらも、オスカーらに託された任務は『FS-Xの奪取または破壊』だ。
フェリペ王国諜報部は、リストニアがFS-Xの量産を計画していると断定、そのためのデータがそろう前に奪う、もしくは破壊する計画を立てた。
恐らくは死んでしまうだろう。オスカーは恋人に向けた遺書を書いていた。
「オスカー、やめろ」
「隊長、遺書を残すぐらいは自由意志かと」
「大事な人間まで危険にさらす気か?」
隊長の言葉を聞き、オスカーは途中まで書いた遺書をくしゃくしゃに破り捨てた。隊長は彼の肩に手を置くと、声を張り上げた。
「全員立て! 降下1分前!」
「ラジャー!」
総員が意を決し、ヘリの通路に並ぶ。ヘリが土砂降りの中、荒々しくタッチダウンすると、兵士たちはハッチから飛び出し、周囲の安全を確保する。
「クリア!」
「敵兵、民間人共に周囲に姿なし!」
「よし。計画通り、西の放棄されたトラックヤードから一台拝借する」
彼らは戦争により廃業した建設会社の敷地から放置されたトラックを盗み出し、それに乗り込んだ。
「いいぞ、雨のお陰で交通量が少ない。このまま民間車両に偽装して、アーゼンバーク基地へと向かう」
オスカーらは荷台に身を潜め、雨に打たれながら、道中を進んでいく。
「止まれ! 様子が変だ!」
基地まであとわずかというときに、トラックは急停止した。オスカーが荷台から身を乗り出し、状況を確認すると、そこには大勢の市民たちが居た。
「軍を激励する市民たちか? この土砂降りの中で?」
「いいや、どうも違うようだ。逆のようだ」
「反戦デモか?」
「なんであれ、丁度いい。彼らの車列のあとに停車しよう」
トラックは再び走り出し、目立たないようにゆっくりと停車する。
「税金を返せ!」
「勝てないのならやめろ!」
雨にもまけないような声量で、声を張りあがる市民たちの対処でリストニアの警備兵たちはトラックに気づいていない。
隊長は全員に降車を指示し、オスカーたちは市民の影から、基地に忍び寄る。
「いいか、我々はテロリストではない。民間人には危害を加えるな」
「了解。民間人に対応している兵士が3名。注意力が散漫してる」
「OK、始めよう」
「何!?何なの!?」
「武力で平和的なデモを鎮圧する気か!」
「赦さないからなぁ!」
軍事に疎い市民たちはオスカーらを、リストニアの兵士だと勘違いしているようだった。オスカーは隊長が頷くのを確認すると、ライフルを空に向けて放った。
「我々はフェリペ王国軍だ!道を開けろ!」




