24
「!?」
今まで全てが順調だったのに、突然FS-Xは片側のパワーを失い、大きくバランスを崩した。しかし、目の前には敵機が迫ってきていた。咄嗟の判断で残っているもう片方の出力を切り、そのまま急降下する。両エンジン止めたことで、バランスは立て直したが、推力がない。
暗くて見えないが、高度計は海に真っ逆さまであることを伝えている。
「クソ、一体何が起きた!」
1週間と少しで叩きこんだマニュアルを思い出しながら、エンジンの緊急再起動を試みる。システムを再起動すると、ディスプレイにリストニア空軍研究局のロゴが映し出される。FS-Xは他国で作られたのだから、リストニアのシステムが搭載されているのはおかしい。
「クソ、システムの不良か!? 余計なことを!」
暗闇の中でも、海面の波が見えた時、ようやく再起動が完了した。俺はサイドスティックを握る握力を強める。機体は息を吹き返したように急激に機動し、上を向いた。
だが、安心する間もなく、俺は周囲を見渡した。
しかし、そこに敵影はなかった。どうやら、2機堕とされたことで、撤退を決意してくれたようだ。
「……これじゃ、自由に空を飛べない」
失意と共に俺がそう呟いたとき、無線に大声が鳴り響いた。
「スカーレット1、1機撃墜!」
「俺も1機撃墜だ」
驚いた。スカーレット隊の面々は、撤退する敵を追い詰め、撃墜したのだろうか。いや、違った。向こうの空では俺が撃墜し、火を噴きながら落ちている敵機にミサイルで攻撃しているスカーレットの機影が見えた。あれで撃墜と言い張るのか?
「こちら、管制塔!よくやった!スカーレット隊!敵機は撤退していく! あのフルクラムを撃退したんだ!英雄よ!パーティの準備はできている!戻ってこい!」
「スカーレット1より全機!聞いたか?今日は管制官のおごりだ!」
「ああ、ボス。忘れちゃだめだ。囚人をロックしないと……」
「あいつ見たか、戦いの最中に操縦ミスで落ちかけていたぞ、ハハハハ!」
騒がしい無線の前に俺は呟くしかなかった。
「ハゲタカ共め」
◇
第-xxxx-α号 特殊作戦機体運用計画 議事録
「ホンプスキー基地司令、トニー・ハミルトン中尉の更迭を検討していただきたい!」
「ふむ、どうしてかね?」
FS-Xの記念すべき初戦闘の直後、顔を真っ赤にした技術陣がホンプスキーの元に現れた。
「技量不足により、我が軍の最新鋭機を墜落させかけたのですぞ!」
「本人からはエンジントラブルと聞いているが? それに初戦闘で2機撃墜は技術部として誇るべき戦果だろう」
「あの戦果はスカーレット隊のものと聞いています。何よりも我慢ならないのは我々のシステムを侮辱したことです! 極東の出来損ないを飛べるようにしたのは、他でもない我々です!」
ホンプスキーは目を閉じて考える。トニーは着陸後に、近寄って来た憲兵にシステムのことで毒づいたらしい。それを耳にしたのだろう。
厄介なものだ。それで顔を真っ赤にする技術陣も、感情を制御できない彼も。
「結論は出ました。奴は素行が悪く、機体を安全に扱うことができないとこれではっきりしました。代役はエミリー・アウア―中尉を進言いたします。彼女はあの財閥のご令嬢。技術陣の士気もあがることでしょう」
ホンプスキーは首を横に振った。エミリーも良いパイロットで家柄も良い。だが、トニーの技量には届いていない。役不足だ。
「駄目だ。有益なデータはとれたのだろう?」
「基地司令、我々を侮辱なさるおつもりか、ならば、我らは協力しません!」
怒って踵を返そうとする技術陣たちに見えないようホンプスキーはため息をつきながら、彼らの肩に手を置く。
「待て。君たちは必要だ。だが、あの男も必要だ。その時が来るまでには」
「は?」
「奴はモルモットだ。君たちが作ってくれたシステムは素晴らしいが、危険性が残っている。危険性が無くなり、我が国の新鋭機としてFS-Xがお披露目された際に、アウア―中尉に乗ってもらおうと考えている。ミケルセン中尉の候補の一人だ」
「おお、あのトップエースの」
技術陣の瞳に火が入った。学はあるが、簡単な連中だとホンプスキーは思う。
「当然、あの男は何処かで消えてもらう。君たちにはそれまで辛抱してもらいたい」
「基地司令、そうとは知らずに申し訳ない」
「ふむ。栄えあるリストニアの為に」
とにかく、ホンプスキーがトニーを捨てるというのは既定路線だった。利用できるものは利用する狡猾な男だったが、エリート主義の『栄えあるリストニア』の盟主でもあった。
二人が同志になれる訳がなかった
◇
ジョン・クック フェリペ王国空軍 第3航空団 第11飛行戦闘隊
エステバン・ハンニネン フェリペ王国空軍 第3航空団 第12飛行戦闘隊
ユノ・カルデロン フェリペ王国空軍 第1航空団 第3飛行戦闘隊
彼ら、彼女らはフェリペ王国空軍有数のパイロットであり、しかしながら、同じ戦闘機に撃墜され散っていったものたちである。
リストニアの新型機、コードネームFS-Xによってその翼を折られた。しかし、フェリペ王国空軍はこれに頭を悩ませていた。分かったのはコードネームぐらいで、詳細は一切不明。輸入したものなのか、リストニアが作り上げたものか、それすらも。
もし、新世代の戦闘機を国産で作り上げたとすれば、リストニアはこの戦いを有利に進めてしまう。
王国は焦っていた。
その機体を喉から手が出る程欲しがっていた。




