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第22話 リストニア-フェリペ戦争 『空を描く娘』

 ジェシカ・トレルイエ。

 彼の教え子。現在画家。

 そして、私と同じく、彼を追う者。


 リストニア空軍民間機護衛作戦。そこで起きた一つの惨劇、避難民を乗せた民間機が撃墜された事件。彼女は幸運にも生き残った。


 ……そして今までのあってきた人物の中で最も彼に近い人間。ここで思いがけない彼の過去を知ることとなる。彼は元教師だったのだ。


「驚きました、彼は教師だったんですね」


 私は額の汗をぬぐいながら、そう尋ねた。現在、芸術界で彼女の名を知らないものは居ない。

 そんな彼女はリストニアの地元のタクシー運転手でも値を上げるほどの入り組んだ山奥のアトリエでひっそりと生活していた。

 彼女の描く絵画は引き込まれるような風景、特に空が特徴的だ。まるで空へと舞い上がってその目で見てきたかのような壮大さを感じる。


 私の想像通り、薄幸そうな雰囲気の静かな女性だった。


「はい。立派な教師になろうと必死にもがいていたのが、今でもよく思い出せます。でも彼は正当な評価を受けていなかった。私たちは彼にとっての悪魔でした。皆が彼に心無い言葉を平気で……」

「確かに、戦争が終わってしばらくの頃はそういう世論感情が蔓延していたと聞きます」

「世論がそうだからと言って、個人に対する中傷は許されるものではありません。私もあの時、彼を傷つけてしまった」

「それで、事件というのは?」

「……」


 結局、彼女がその事件の概要を語ることはなかった。


「お辛いでしょうが、あの撃墜事件の日のことを教えてもらっていいですか?」

「実をいうと、よく知らないんです。あの日、基地内で彼を見つけて、学校のことを謝罪しようと追いかけました。でも、彼に許してはもらえなかった。お前には地べたがお似合いと怒られてしまいました。


 私は、彼の言うことを聞きました。いえ、謝ったから、許してもらえるだろうとどこかで思っていました。意地になって、教頭先生の制止を無視して、飛行機には乗りませんでした。言われた通り、地べたを這ずろうとしました。それが運命の分かれ道でした」


 彼女は目を伏せながら、そう語った。


「成程。彼は先の戦況を見通していたのかもしれません、困難な任務でしたからね。様々な人から話を聞いたのですが、彼は真のエースパイロットと呼ぶのにふさわしい技量を持っていました」


「彼が私を助けたということでしょうか? 

 そうなのかもしれません、他の大人たちは誰も助けてくれませんでしたが、彼だけは学校で助けてくれたのですから。ああ、そうか……今思うと、彼は」


 彼女は目を伏せ、寂しそうに微笑んだ。


「初恋の人、だったのかもしれませんね」







 ここから先は、余談だが。


 フェリペ王国軍機は国際的に非難される恐れ、そして敵領空に飛び込むというリスクが在りながら、民間機を含めた輸送機を狙った。結果的に無理な作戦を続けたフェリペ王国軍は徐々に苦しくなる。

 何故、此処まで苦労して、無謀な作戦を繰り返したのか、これにはある疑惑がある。

 リストニアが行った『ホエルオー作戦』海洋資源を目的とした開発計画、それに伴う民間機護衛。というのは表向きの大義で、本当の狙いはそれに紛れて、大国から輸入したある兵器を空輸していたという疑惑があるのだ。



 ◇


 カンビックス隊に配属されてから2週間後の真夜中。

 囚人の懲罰活動が始まった。

 


 フェリペ王国空軍が導入したフルクラムに、リストニア空軍は歯が立たなかった。リストニアも新型機に対抗できる第四世代戦闘機を急遽輸入した。

 だが、ホンプスキー率いる派閥『栄えあるリストニア』は満足しなかった。フェリペ空軍を、ひいては、その他周辺諸国を圧倒できる第4.5世代戦闘機を手に入れるべく、裏で暗躍した。


 これは政権の一部ですら知らない事であり、そのいわくつきの機体、FS-Xは真夜中に密かに基地へ運び込まれた。

 鶴のような洗練されたフォルム。だが、そのフォルムとは裏腹に、コックピットは既存機体のを継ぎはぎしたようなもので、一部ケーブルは露出している有様だ。

 設計図を入手したところで、それを作る技術力がなければいけない。FS-Xの故郷ですら、技術的要因で生産を見送ったのだ。まだ発展途上のリストニアには荷の重い仕事だ。


 実際に搭乗してますますこう思う、本当にこれで空を飛べるのか?


「だからこそ君の出番なのだよ、ハミルトン中尉。聞こえているかね?」

「……聞こえています、基地司令」


 俺は無線から聞こえるホンプスキーの声に静かに答える。滑走路に侵入しながら、操縦桿をチェックする。補助カナード翼と主翼がしなやかに動く。この機体には操縦桿を握る握力で機体のコントロールを行う新世代のコントロールシステムが搭載されている。


「この計画は大統領すらも把握していない。我ら栄えある同志たちの極秘計画だ。君はこれに参画できることを光栄に思いたまえ。

 このFS-Xを邪魔が入る前に、戦力化し、戦果の既成事実を作らねばならん。


 丁度、フェリペ共のフルクラムが領空を侵犯してきたようだ。連中を撃墜し、自分の価値を示せ」


 滑走路の中央に機体を止める。だが、この機体を空に上げることを恐れない。ハーバードが死んだあの日に決めた。死ぬなら空で死ぬ。


「カンビックス1、FS-X、カンビックス1。離陸を開始する」

 



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