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「――っ」
木々の衝突する直前で、何とか立て直し、俺は思わず背後を振り返る。木の葉が機体にヒットしていたかもしれない、そのぐらいギリギリだった。だが、そのおかげで敵機は俺を撃墜したと思い込み、一度仕切りなおして、ハーバードの機体を追おうとしていた。
タイガーⅡは軽戦闘機で小さい。敵の死角に隠れればまず気づかれない筈。敵の牛途に就き、レーダーオンすると同時に、奴もこちらに気づくが……もう遅い。ロックオンし、ミサイルを発射、更に敵の回避する方向を予想し、機銃をばらまく。結果的にどっちもあたり、最新鋭機は火だるまとなった。
「撃墜、1! 」
もう一機も……だが、奴の隊長機はフレア・チャフを連射しながら、戦場を離脱していた。早い判断だ。
「おい、30秒ちょっとかかってたぞ!でもよくやったトニー!」
「ブラックノーズからフルクラムキラーだな。
待て、その機体。攻撃を受けたのか? 」
上空でハーバードと合流した際、彼の機体からオイルが噴き出しているのが見えた。夜の視界の悪さのせいで、損傷具合は分からないが……。
「ああ……、掠っただけだ。燃料が漏れているが、基地までは戻れそうだ」
「了解、急ごう」
敵機は堕とした。 後はアーゼンバーク基地に帰還するだけだ。
だが、レーダー上には立ちはだかる大勢の影が見えた。
「なんだこれは? 地上管制へ。着陸許可を」
「あー、ネガティブ!現在多数の民間機が着陸態勢に入っている。待機せよ!」
「なんで彼らがここに? 予定では、更に北の民間空港へ着陸する筈だったろう」
「危険を感じた民間機のパイロットたちの要請で、この基地に着陸することになった。エミリー・アウアー中尉は着陸済みだ。君たちの順番ははスクールバスの後だ」
冗談じゃない、そんなに待ってられない。 こっちはさっきから燃料警報が鳴り響いているんだ。
「こちらナスカー3、緊急事態だ。燃料がない。すぐに着陸しなければ墜落する、優先して着陸する許可を!」
「地上管制了解、なんとかしてみよう……基地司令、何を?」
管制室の中で何かを言い合うやり取りが聞こえた後、声の主が変わった。
「駄目だ。こちら基地司令ウィリアム・ホンプスキー大佐だ。 民間機を最優先しろ」
「落ちろというんですか!」
「……そんなことは無いさ。打開策を考えているところだ」
「時間がありません。5分も飛べません、大佐!」
「通信終了」
そして、一方的に無線を切られた。
見捨てられた。基地は見えているのに。フルクラムも落としてきたというのに。
そんなの御免だ。
「ハーバード、割り込んでやろう!こんな逃げ回ってるやつら気にする必要なんてないさ」
「駄目だ……スクールバスの後ろにつけ、……念の為、緊急脱出の準備を」
「……何言ってんだ!?」
緊急脱出。 作動させると、搭乗者は座席ごと外に吹き飛ばされ、落下傘でゆっくり落ちて来る。 だが、少なくない確率で脊柱を痛め、パイロット人生、運が悪ければ人生が終わるともいわれる。
「こんなところで終われるか!?」
「俺たちは軍人だ。命令が絶対だ」
「馬鹿か!?」
「それに、俺はどちらにしても……」
スクールバス、あれの機長はベテランと言っていたはずだ。 あちらも燃料がギリギリかもしれないが、ベテランパイロットならどうにかできるかもしれない。軍人が嫌いと言えど、同じパイロットの筈だ。
「こちらナスカー3、トニーハミルトン中尉。スクールバスへ。 当機は燃料切れ寸前だ!可能ならば、道を譲っていただきたい!頼む!」
「……許可できない。 こちらも燃料が少ない。リスクは犯せない。当機には学生が乗っているからな。 自業自得だろう、燃料管理ができなかった貴機の責任だ。 空のルールを守れ、自分が軍人だからって好き勝手出来ると思うな」
「こっちはあんたらを助けるために必死で戦ったからこうなってるんだ!」
「必死で戦っていた割には、姿が見えなかったようだが? 私の横で護衛してくれていたあの機体には先に降りてもらった」
「俺はあんたらに敵機を近づけさせないように、戦っていた!」
「変わってください……なるほど、貴方だったんですね?」
俺はぞっとした……この声はあの教頭だ。スクールバスが乗せている学生たち、まさかそんな偶然が。
「ずいぶんと自分勝手なことを言いますね? やはり犯罪者で軍人な貴方は野蛮……。 戦争のお陰で逃げ切れたと思ったようですが、神は見ています!これは罰と思いなさい!」
「おい、待て、クソ!」
またしても、無線を切られた。 燃料計は限りなく0に近いところを差している。もう無理やり割り込むだけの燃料もない。 溺れる寸前のように、失速寸前で飛び続けている。
「必死に空まで戻って来たのに、あいつら空まで俺を追ってきた」
「助からないと……決まったわけじゃないだろ」
「ハーバード、どうした? 声が良く聞こえないぞ」
「いや、大丈夫だ……フルクラムとのドッグファイトが……はは、あいつ少し過激だったからな……」
「お前、コックピットに被弾したのか!?」
「……案外、俺もタフだろ?」
「馬鹿野郎!」
もう少し先の滑走路では、スクールバスが悠々と着陸態勢に入っている。遅い、遅すぎる!
「なぁ、トニーお前と飛べてよかったよ」
「集中しろ、あと少しだ!」
「ああ……でもあと300mぐらいなんだけどな。燃料がもう切れるんだ」
「緊急脱出しろ!早く!」
「ああ、もしかしたら最期になるかもしれないからな……エミリーにもよろしく」
慌てて、背後を振り返り、ハーバードの様子を確認しようと思ったが、その寸前で燃料が切れ、滑走路に叩きつけるようにして、地面に降りた。タイガーの前輪はへし折られながらも、なんとか地上で停止した。
しかし、その直後、後ろの方で爆発の閃光と爆音が上がった。俺は風防をこじ開け、燃え上がる機体の元へと必死に走った。 あいつは脱出しているはずだ。
ハーバード・アイズマン
士官学校卒業後、リストニア空軍に入隊。二度のリストニアーフェリペ戦争にて、優れた戦績を残す。ホエルオー作戦中での被弾が原因で墜落、戦死。




