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「軍の威信をかけたホエルオー作戦は予定通り進んでいるとは到底言えません」
「協力企業の間からも撤退を示唆する声が」
「軍隊はまた、人々を貧困に陥れるつもりでしょうか?」
「数億円の戦闘機に、ミサイル。ただ戦うだけでは駄目だ。それらをペイするような、コストパフォーマンスの良い戦争をすることを考えるべきです」
「経済と戦争の両立を、それができないなら、降伏しろ!」
「これ以上税金を無駄にしないでくれ!」
「人々の軍への不満は再び高まっています」
◇
赤いMIGを撃墜して、数週間たった。
あの戦いでは勝ったが、現状リストニアの威信をかけたホエルオー作戦は暗礁に乗り上げている。プラットフォームを置いたはいいが、補給物資を送るための船団がフェリペ空軍と海軍の妨害を受け、建築が進まないのだ。海を支配するための空戦でもじりじりと押されている。
フェリペ空軍が新型機を投入したという噂さえもある。
そして、もう一つ事件が発生した。
リストニア海軍がフェリペ王国の民間船を攻撃した。その船は民間船の証明である信号を発信しながら、リストニア領海外を運航していた。しかし、リストニア海軍は該当船に対して警告もせずに対艦ミサイルを撃ち込んだのだ。
リストニアは、その船は最初から、民間船ではなくプラットフォームに乗り込むためのスパイ船であり、正当な攻撃であると主張した。
これに対し、フェリペ王国は激高。勝手にプラットフォームを作り、海洋資源を奪い取ろうとしただけではなく、民間船攻撃までもするのであれば報復に出る。
今後、こちらも疑わしい船舶そして航空機は領空、領海内外問わずに全て破壊措置をとると宣言した。
どちらが先にやったかなんて末端の俺たちにはわからない。分かるのはたった一つのことだけ。この瞬間、我が国の空に安全地域はなくなった。
「諸君、今日より君たちには何よりも重大な任務に当たってもらう」
基地司令ウィリアム・ホンプスキー大佐がやや芝居がかった口調で宣言する。
俺たちに与えられた任務は、民間機護衛任務。今や、民間機はフェリペ空軍にとっての攻撃対象である。
諸島に住む人々を内陸部に避難させるらしい。何の罪もない民間人は早く安全な地帯へ、だそうだ。
何の罪もない? 彼らの経済重視の考えが、無理な作戦を推し進め、この状況を作り出しているのではないだろうか。
俺は、大佐の演説が終わると同時に腕を振り上げ、雄たけびを上げている正義感であふれかえっている連中を冷めた目で見ていた。
出撃するために、ハンガーに向かい、整備員たちに囲まれながら機体を立ち上げていく。高度計の警告音設定を間違え、やかましい音が鳴り、眉を顰める。集中できていない。民間人護衛の任務を下された時から、忌まわしい記憶が脳裏によみがえってきた。
いや、島はいくらでもあるし、大勢の人々がいる。彼らが護衛対象になる確率はほんのわずかだ。俺は集中力を高めながら、機体の準備が終わらせて出撃時間まで、アラート待機室でその時を待つ。
「先輩、私こういう任務を待っていたんです。誰かを救う任務」
責任感に燃える目でエミリーがそう言う。彼女の表情は凛々しく、曇り一つない顔をしていた。
「あまり無茶するなよ、自分の命が最優先だ。忘れるな」
「それがこの前言っていた理想で空を飛ぶと死ぬ、ということですか?」
「……あ、ああ。そうだ」
「ええ、先輩は私が新米のころ、いつも言ってましたね」
彼女が微笑みながらそう言う。新米の頃か、こいつは今とは大違いの堅物だった気がする。まるで遠い昔の出来事だ。
「もう先輩呼びは止せ。今のお前は立派だ。そして、俺は尊敬されるほど良い人間じゃない」
「いいえ、私は貴方の部下でありたいんです」
「そうなのか?」
「だから、今度は何処にもいかないでください」
エミリーは真剣な表情で、俺の顔を覗き込んだ。ときめきに心臓が跳ね上がると同時に、傭兵の夢を思い出し、罪悪感が胸を包む。
「ああ、もうどこにも行かない」
少なくとも、この戦争が終わるまでは。心の中でそう付け加える。今すぐこんな任務からは降りたいが、戦友二人の為、この戦争だけは全うする。
いつしか、俺とエミリーの距離は目と鼻の先になっていた。
「あー、その、盛り上がってるとこ悪いが……出撃の時間だ」
ハーバードが扉からひょっこり顔だけ出して申し訳なさそうに伝えてくる。エミリーは驚きと羞恥に顔を赤くし、身を離した。
◇
「ナスカー隊、離陸を許可する!武運を祈る!」
「ナスカーリーダー、了解! 話を邪魔して悪かったな、トニー」
「いいよ、ツケにしといてやる」
「後でちゃんと話しとけよ、だから堕ちるなよ」
「俺はエースだ、お前こそ、幼馴染に花束でも買ってやれよ」
「もう買ってる。帰ってきたら渡すつもりだ。ナスカー隊、離陸を開始する」
機体がスピードに乗り、機首が上がる。
もう安全地帯ではない。危険地帯へと。




