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ひとまず、私はブラックノーズのパイロットを追うことにした。
リストニア本国のパイロットたちに話を聞けば、トップエースの彼はどうなったのか聞けると思ったからだ。
……が、駄目だった。
そんな奴は知らない。他をあたってくれと誰もがそう言った。大体が本当に知らないようだった、しかし一部、まるで何かを隠すような態度をとる人間がいた。
おかしい。
最初に感じたことは彼が戦死してしまった可能性。英雄の死から目を背けたいのだろうか、しかし、そうではないと思う。何かがある。敵国のパイロットや民間人が知っているのに、彼に何が起きたのか、多くのパイロットたちが自国のトップエースパイロットを知らない筈はない。
……私がこの異常な雰囲気を昔の取材で、感じたことがある。その取材は世界的な大物経営者たちの脱税疑惑だった。何かが闇に隠されているような気味の悪さ。
それを知るべく私はフェリペ王国へと舞い戻った。
皮肉なことに、ブラックノーズを知る人物は敵国であったフェリペ側の方が多いようだ。理由は簡単だ。多くのパイロットが彼に堕とされてその機体を憎しみ、恐怖し、畏敬の念を抱き、強く脳内に焼き付けたからだ。
例えば、今日の取材相手の彼、マイク・ダンビービ。
元フェリペ王国空軍 第1航空団 第一外国人傭兵飛行隊。通称、赤の遊撃手。
マイク・ダンビービ。
第一次リストニア-フェリペ戦争 5機撃墜。
第二次リストニア-フェリペ戦争 19機撃墜。
停戦前の一次戦争、その後の二次戦争前期にかけて、十数機を撃墜したエースパイロットだ。
良好な機動性で知られるフィッシュベッド軽戦闘機だが、最大性能を引き出そうとするとじゃじゃ馬に生まれ変わる、そんな戦闘機を正確かつ繊細なコントロールで操り、空を駆け抜けた男。
ある程度金を稼いだので、軍を除隊し、今は定職に就かず放浪の身だそうだ。
ダンビービ氏は予定の時間から、1時間ほど遅れて待ち合わせのファストフード店に現れた。腕に入ったタトゥーと、ぼろぼろのダメージジーンズが特徴のストレートミュージシャンのような姿だった。
「わりぃな!馬鹿に絡まれて遅れた。あんたがキタガワだっけ……あってるか?」
「キタザワ・シンゴと申します。早速、お話を……」
「まぁ待てよ、腹が減ったんだが、持ち金がねぇんだ」
「取材料ですね、わかりました」
結局、彼は30ドルものハンバーガーセットを食べ終わり、満足したのか話を切り出してくれた。
「んで、ブラックノーズ知ってるぜ。あのいけ好かないクソタイガーだろ。 乗ってるやつもクソ野郎に違いない」
「その時のお話を……彼と交戦してきたときの話をお聞きしたいんです」
「よく覚えてる。 あの時の俺の乗機はMIGのフィッシュヘッド。赤くペイントしたのは俺だ。最高にロックな機体だった。 おっと、タイガーの方が強いとか言ったらぶん殴るぜ。俺はあいつでタイガーを7機は堕とした」
彼はブラックノーズを貶すような口調で話すが、その表情は裏腹に楽しい思い出話をするような笑みを浮かべていた。
「まっすぐ突っ込んできた。 すれ違った瞬間、キャノピー同士の間は50cmなかったと思う。リストニア野郎にも 面白い馬鹿だ。せいぜいこのバカとの戦いを楽しませてもらおうと思った」
◇
「早いな」
俺はGに肺を押しつぶされながらも、呟かずにはいられなかった。赤いMIGは鋭い旋回を見せ、中々尻尾を見せない。もうこれで10ターン目だ。円戦になると、敵を追うために首を上げ続けないといけないので、相当苦しい戦いになっている。
Gで視界の隅が暗くなり始めた時、赤い機体から白い煙が放たれるのが見えた。
「!?」
その瞬間、妨害弾のバーストスイッチを押した。機体の後部から眩く放たれるフレア。ミサイルは彗星のように、俺の機体に迫る。
そして、そのまま背後を通り過ぎた。どうやら、フレアに誘導を吸われたようだ。
俺は安堵しつつも、何か手を変えないといけないと考えた。意を決し、機体の制御パネルに手を伸ばした。
◇
「ミサイルを撃ったが、あろうことかフレアに吸い込まれて、下の海に落ちた。だけど隙が出来た。低空では言うことを聞かない機体を無理やり操縦して、機銃を奴にめがけて撃った。……しばらくすると、奴の機体から白煙が上がった。オイルがあふれ出してきたんだ。それを避けるために少しだけ減速した。視界が開けると、奴は上昇していた。
正直、堕ちたもんだと思って慌てた。それを追いかけたのが間違いだった。俺も機首を上にして追いかけたが、さっきの減速した分を忘れていた。失速だよ。やべぇと思った瞬間にはコントロール出来なくなってた。
それでジエンドだ。
コントロールを失っているうちに、20mm弾を喰らって、こっちは黒煙まみれになった。真っ赤な炎に包まれながら、脱出したんだ!」
「ふむ。白煙が上がった、それで速度を落としたと……貴方の攻撃が貴方自身の首を絞めてしまったと」
ダンビービ氏は暫く逡巡した後、観念したかのように白状した。
「……奴の機体には傷一つなかった。
あいつはオイルを自分から噴射したんだ。俺を驚かせて、減速させるためにな。普通思いついてもやるか。そんな馬鹿みたいなこと? 」
彼の言うことも理解できる。背後を取られたら、オイルをばら撒き、目をくらましましょう等と書いている教本はどの軍隊にも存在しないだろう。
「成程。お話ありがとうございます。最後に一つ『ブラックノーズ』のパイロットは生きているでしょうか? そして、彼は今何を」
「はぁ? 知らねぇけどよ」
ダンビービ氏はニヤリと笑った。
「馬鹿は死なない。そして、馬鹿と煙は高いところが好き。そうだろ?」




