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「見てください、灯台が根元から破壊されてされています。 フェリペ空軍が爆撃したんです!幸いこの攻撃での民間人の犠牲者は発生しませんでしたが、パイロット達が犠牲になりました」
「あまりにも政府は弱腰すぎる! とある情報筋によれば、政府はこの攻撃を予見しながら、それでもなお交渉しようとしたそうです! もうそんな時期は過ぎた!徹底抗戦だ!」
「フェリペ王国は攻撃を事前通告し、民間施設への攻撃は行っていないという一方的な主張を……」
「私の子供たちは、海岸で遊んでいたんです! もしあの時逃げるのが遅れたと思うと……胸が張り裂けそうだわ!」
ピッグス海空戦……あまりにも安直な名前だが、この前の戦闘は国民にかなりの衝撃を与えたようだ。交戦戦力は一時50機に迫るほどの大空戦であり、これは近年の最大の航空軍事作戦であったと繰り返し報道されている。
どうせ、また虐げられると考えていた俺の予想は大きく外れた。
テレビに映された写真には俺の機体が写っていた。あの空戦をアマチェアカメラマンがとっていたようだ。単機で戦うと判断したのは俺の判断であり、それをたった一機の迎撃機とされるのは語弊がある気もする。
とはいえ、世論に一泡吹かせたのは正直、気分がいい。あの少年ジャーナリストととやらも泡を吹いているに違いない。
しかし、残念ながら、俺が英雄ブラックノーズのタイガー乗りだということは伏せられている。表向きは兵士の正体を明かすわけには行かないから。実際のところはこうだ。生徒を殴った凶悪犯を英雄にはさせるわけにはいかないということだった。
基地司令ホンプスキーは、ハーバードを国を救ったパイロットに仕立て上げようとしたらしいが、奴は断ったらしい。もったいない真似をする。
自室で物思いにふけっていると、乱暴にドアがノックされた。この仕草はエミリーではない、ハーバードだ。
「死線を潜り抜けたんだ。一杯やりに行こうぜ」
「おお、丁度お前のことを考えてたところだ」
「気持ち悪いな、お前」
◇
基地内の酒場は、繁華街のバーとは程遠い品ぞろえも悪く、薄汚い店構えだ。だが、軍の福利厚生に入っており、安酒を好きなだけ呑める。
「白虎の野郎、スコアを互角に戻しやがったらしい。次の出撃でも敵機を落とさなきゃな」
「向上心は立派だが、空の上でのお遊びは程々にしとけ、エミリーが怒っていたぞ」
「あっちからやって来たんだ。 あの赤いエースパイロットもいい腕だった。再戦が楽しみだ」
俺は気分良く酔っていたが、ハーバードは難しそうな顔をする。
「お前、少し危ういぞ」
「俺が落とされるとでも言いたいのか? 」
「そうじゃない。確かに前の戦争の時も空を飛ぶことにプライドを持っていたが、今ほど競争本能剥き出しじゃなかった。何を考えている?」
見抜かれている、俺は言葉に詰まった。しかし、隠すようなことでもなかった。
「この戦争が終わったら、俺は傭兵になろうと考えているんだ。民間軍事企業や傭兵グループは各国のエースパイロットをスカウトしているらしい」
「軍に残らないのか?」
「あの基地司令が残すと思うか? 戦争が終わったら、ポイ捨てされるはずだ。軍での俺なんてその程度の価値だ」
「……」
「ハーバード、お前もどうだ? 俺たちなら上手くやれる、大金だって夢じゃない」
ハーバードはグラスに目を落としていたが、ややあって、首を横に振った。
「悪いが、無理だ。婚約者がいる」
「は? お前にか?」
「いたら、可笑しいか? 幼馴染だ」
「可笑しいというか、意外だ。お前は女遊びをしているものだと思ってたからな」
「人のことを馬鹿にしやがって。お前はどうなんだ? 」
「いたら、こんな将来計画は立てていない」
俺の言葉に、ハーバードは大きな溜息をついた。
「ここまでくると、あいつもかわいそうになってくるな」
「あいつ? 誰のことだ?」
「いいか、お前がどの道を歩もうがお前の勝手だし、お前なら出来ると思う。だが、エミリーや俺は、軍でのお前のことを尊敬して――」
その時、けたたましいサイレンと共に、基地内の緊急放送が入った。
『ホンプスキー基地司令より、緊急のブリーフィングがある。全ての戦闘機部隊のパイロット諸君は至急第1ブリーフィングルームへ集合せよ!』
「クソなんなんだよ、こんな時に」
非番のパイロット達も召集がかかり、俺たちは顔を真っ赤に酔わせたまま、ブリーフィングルームへと直行した。
先に到着していたエミリーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、俺たちのことを見た。ホンプスキー大佐とその側近の佐官たちは眉を顰めたが、それ以上のことはなかった。
全員がそろったことを確認すると、ホンプスキーは満を持したかのように厳かに語りだした。
「精鋭なる諸君、前戦争では、我々の働きは世間から評価されなかった。
しかし、だからこそ、この度の戦争では戦果を上げなければならない。この作戦はリストニア空軍を栄えあるものとする第一歩である。
ピッグス海を我らの手に。作戦名『ホエルオー』を発動する」
海の主たるクジラの名を関する作戦、それはリストニア-フェリペ間にまたがる海を実効支配するための大掛かりな作戦だった。




