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非力な勇者は聖剣が抜けない

作者: 指令官

 町の外れにある洞窟。そこには聖剣が突き刺さっている。




 その昔、町に住む青年が魔王を倒した。勇者が亡くなった後、勇者が使っていた剣はいつの間にかこの洞窟の中に突き立てられていた。不思議なことに、誰もその剣を引き抜けなかった。

 新しい魔王が誕生した年、剣を引き抜いた者が現れた。その人物は剣の言葉に従い魔王を倒したという。かの人物が亡くなると、剣はまた洞窟の中に突き刺さっていた。

 それを繰り返すうち、剣は「魔王を倒す聖剣」と呼ばれるようになり、その剣を抜き剣の声が聞こえる者を「勇者」と呼ぶようになった。


 それ以来、町の子供達や町を訪れた観光客が聖剣を抜きにやってくるようになった。ある種の腕試しのようなものである。




 その青年も観光がてら聖剣を抜きに来た一人だった。ひょろりとした物腰の柔らかそうな青年は、洞窟の中に佇む刃こぼれ一つ無い聖剣の存在感と神聖さに、おもわずほぅっと息を吐く。


「これが噂の聖剣……。なるほど、ド素人の僕が見ても圧倒される……」


 聖剣に見惚れつつ、一歩、足を前に出す。と、どこからか声が聞こえてきた。


『よく来たな、今代の勇者よ』


 落ち着いた、低く響く声。それは、耳からというより頭に直接入り込んでくるような声だった。青年はびっくりして、思わず周囲を見回す。心のどこかでは声の主が誰なのか理解している気がするが、予想だにしていなかった現象に、青年の脳は現実を現実と受け止められずにいた。


「だ、誰!?」


『我は聖剣。勇者を選び、魔王を滅ぼす物』


 予想はしていた、予想外の答え。まさか自分が勇者に選ばれるなど微塵も思っていなかった青年だが、聖剣の言葉をゆっくりと受け入れると、次第に高揚感が生まれてきた。


『さあ勇者よ、我を抜いてみせよ』


 聖剣に言われ、ゆっくりと聖剣に近づく青年。柄を握ると、不思議と勇気が湧き上がってくるような気がした。両手をかけ、そっと引き抜く。


 ……が、ぴくりとも動かない。


(ちょっと慎重になりすぎちゃったかな。もう少し思いきり引っ張ってみても大丈夫そう?)


 青年は両手にもう少し力を込め、先程よりも強めに引っ張ってみる。


 が、聖剣が抜ける様子はない。


「あれ?」

『ん?』


 青年聖剣共に思わず声が漏れる。青年は両足を踏ん張って、力の限り聖剣を引き抜こうとする。

「ふんぬぬぬぬぬぬ……」

 それでも抜けないので、持ち方を変えて再度踏ん張ってみる。

「んぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」

 それでも抜けないので、鍔の部分を持ち、やけくそ気味に引っ張ってみる。

「むうううううううううううううううううう~~……っ!!」

 青年は一度聖剣から手を離す。

「すぅー……」

 息を整え、聖剣に問う。

「抜くためのボタンはどこですか?」

『お主、非力すぎではないか?』


 聖剣は自分を引き抜こうとする青年の力を体で感じ、思った。

『お前、歴代勇者の中でもトップクラスで力が無いな』

「それは、まあ、剣士業をしているわけでもないですし……」

『我は普通の剣より軽めにできている。成人男性の平均握力程度あれば抜けるはずだ。しかし、お主は我を握ってもぴくりとも動かせていなかった。一体、どんな生活をしていたらここまで非力な人間ができるのか……』

「う、す、すみません……かなりの引きこもりである自覚はあります……。今日ここへ出向いたのもたまたまですし……」

『運命の導きだろう。新たな魔王が誕生し、お主が我に引き寄せられたのだろうな。……しかし、魔王が誕生したのに勇者がこれでは……一体どうやって魔王を倒せと……』

「なんか申し訳ないです……」


 二人(正確には一人と一本)がうんうん唸っていると、青年の背後から何やら足音が聞こえてきた。聖剣が思わず息を呑む。


『この気配は……!』


 青年が後ろを振り向く。青年の退路を断つように、そこには男が立っていた。

 青年の倍はありそうな身長、筋肉がしっかりついた体。そして……人間にはついていない、頭の角と体の鱗。


「それが、今代の勇者か」


 聖剣とはまた違う、若さの残る低音の声で喋る彼。――どこからどう見ても、魔王だった。


 目を見開く青年、焦るも自身では何もできない聖剣。そんな二人(一人と一本)を嘲笑うように、魔王が口を開く。


「今代の勇者は、聖剣一本引き抜くこともできねぇのか。ざまぁねぇな。若い芽は早い内に摘み取る主義でね、自分の障害になりうる存在をこうやって自分の足で消しに来たってわけさ」


 そう言って、魔王は青年の首に手を伸ばそうとし――、その手を青年が両手でがしっ!!と掴んだ。


「抵抗したところでお前なんて――」




「素晴らしい筋肉ですね!!」




 目をきらきらと輝かせて、魔王の目をしっかりと見て話す青年。思ってもみなかった反応に、魔王の動きが止まった。


「……あ?」

「この腕の筋肉!!僕の何倍あるんでしょう……。羨ましいですね、僕は鍛えたところでここまでの筋肉はつきませんでした。早々に筋トレを諦めてしまって、結局最近はまともな運動もしていませんでしたけど……。こういう素晴らしい筋肉を見てしまうと、また筋トレを頑張ってみようかな、なんて思ってしまいますね」

「……はぁ」

「御覧の通り、僕は聖剣一本まともに持てないような非力な人間でして……。聖剣さんに話しかけられた時は「僕でも剣を振り回せるんだ!」なんてテンション上がりましたけど……。最初は聖剣さんに選ばれた人は能力が飛躍的に上がるとかあるのかなーとか思ってましたが、そんなこともありませんでしたし……」

「……はぁ……」


 いきなりたくさん語り出した青年に、魔王はどうでもよさそうな相槌をうつ。こいついつ絞めようかな、などと考えていると、青年が閃いた!とばかりに声を上げた。


「あ、もしかして、あなたほどの筋力があれば聖剣さんも抜けるんじゃないですか?」

『はぁ!?』


 声を上げて驚く聖剣。魔王は驚きはしなかったものの、面倒臭そうな表情をしている。


「聖剣は勇者にしか抜けない。そして魔王を殺せるのは聖剣だけだ。魔王が聖剣に触ったら、それこそこの世から抹消されかねない。そもそも聖剣を握ろうだなんて考える魔王なんて歴代に一人もいなかったわけなんだが」

「じゃあ僕が柄を握るので、僕の手を握って引き抜いてみませんか?」

「そう言って、引き抜けたらそのまま俺を殺すつもりだろう?」

「聖剣をまともに引き抜けない人間が、引き抜いた後聖剣を一人で振り回せると思います?それに、僕と一緒に聖剣さんを引き抜けたら、あなたは歴代魔王の中で初めて聖剣を引き抜けた人物になれるんですよ?歴史の教科書に載れますよ?」


 どこかズレたことばかり言う青年に、魔王は思わず脱力してしまう。

「……今代の勇者は、随分変人なんだな……」

 まあしかし、魔王が見た感じ青年が非力であるという話に嘘は見られなかったし、魔力も平均程度と見た。自分に反抗してくるようなら反撃できる自信もあったし、仮に騙されていたとしてもすぐ転移できるように下準備はしてある。

 魔王は青年の戯言に付き合う気は無かったが、勇者を介せば魔王でも聖剣を抜けるのかという話に知的好奇心は擽られていた。本当にヤバそうだったらすぐ手を離せばいい。……瞬間消滅する可能性もあるだろうが、その時はその時だ。


 青年が聖剣の柄を握ったのを確認して、魔王は青年に近づく。『本当に魔王が我を抜くのか……?』という呟きは、勇者ではない魔王の耳には届いていない。

 まずは、聖剣を握る青年の手をつついてみる。青年越しに聖剣を触ることで魔王の体に何かしらの障害が出る様子は無かった。


そのまま青年の手を掴み、青年の体ごと引き上げるように腕を上げると――、何と、聖剣が抜けたではないか!


 魔王がゆっくりと腕を下ろし、青年が足を地に付けたのを確認してすぐ手を離した。自力で聖剣を支えられない青年は、聖剣の重さによろめき聖剣から手を離す。『ぐえっ』という聖剣の声がしたが、青年の意識は完全に魔王に向いていた。


「す……すごい……っ!聖剣さんを引き抜いただけではなく、僕の体ごと引き上げられるなんて……!!」


 青年は魔王の手を両手でがしっと掴んでしっかり握ると、魔王の目をしっかり見て大声を出した。


「魔王さん!僕に稽古を付けてください!!」


 魔王は青年を面倒臭そうなものを見るような目で見る。


「なんで俺が敵に稽古つけなきゃいけないんだよ……」

「人並みに剣を振れるくらいまででいいんです。魔王さんが闇討ちを心配するなら呪いの契約を施してくれてもいいですし、聖剣さんだってここに置いていきます!」

『我はそんなの望んでおらんぞ!?』

「でも、聖剣さんはこの洞窟のシンボルです。急に聖剣さんがここから消えてしまったら、町の子供達や観光に訪れた方々が寂しいと思いますよ?魔王さん、もう一度手を貸していただけませんか?聖剣さんを戻してあげたいんですけど」

『お主はアホか!その手で魔王を突き刺せ!!』

「はい聖剣さん、元の場所に戻りましょう」

『やめろおおおおお!!』






 その後、青年は魔王に稽古をつけてもらいながら親睦を深め、今ではすっかり親友同士となった。魔王は人間の生活に興味を持ち、人間のことは「滅ぼす対象」ではなく「観察対象」となった。こうして魔王は青年の力によって思考が変わり、人間を襲うという発想が無くなった。青年はある意味で世界を救ったのだ。




 魔王の魔の手から世界を救う勇者。その方法は必ずしも武力だけではない。


お読みいただきありがとうございます。

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