紫の花束③
朝。
「はいこれお弁当。みんなの分俺が作るから」
「やったー!紫苑のお手製弁当!」
「愛がこもっておりますな〜」
「はいはい。」
高校生だからどんなに忙しい日も21時までしか働かせてもらえず消化不良だから、朝食と弁当は毎日家で作っていた。
俺が申し出て平日はユーリ君のお弁当も作っていたりして、そこに朱音と碧依も加えるだけだ。双子は給食である。
その昼。
「シオン! お昼一緒に食べよ!」
「自分のクラスで食べてなよ。浮くでしょ」
「どうぞどうぞウェルカム朱音ちゃん!」
「ええい招くな!」
「そこの椅子借りてもいい?」
鼻の下を伸ばしている斎藤と、早速周りの女子に席を譲ってもらっている宮浦に押し切られた。
テンションの高い朱音の通る声も相まって、クラス中の注目を掻っ攫っていく。俺が一年生の頃から自分で弁当を作っていたことが早速教室でバレた。
放課後。
「紫苑先輩、一緒に帰りませんか?」
「……碧依、そんなキャラでやってるの?」
「そんなキャラって、私はいつだってこうじゃないですか!」
「あ、碧依ちゃん? 昨日ぶり。紫苑と帰り?」
「はい!」
「俺今日そのままバイトだぞ」
二人で決めたターン制なのか碧依が一人でやって来て、しょんぼりして帰って行った。窓際の宮浦は俺を悪者にしたが、碧依が俺のシフトを頭に入れていないはずがないから騙されている。
十八時、バイト先のCafe Dinning Yo。
「今来たお客さん、めっちゃ可愛い!」
「……女子高生二人とか、ですか?」
「そう! お母さんも居たけど! 双子ちゃんかなー」
「知り合いです」
「えーっ!!!」
俺の顔ファンを自称する大学生二年の千紗さんのはしゃぎようで何となく察した。オープン直後というのも。
入店音を聞いて用意していたメニューとお冷を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
「店員さん! オススメを教えてください!」
「かしこまりました。それではこちらのセットメニューでよろしいでしょうか」
「あと写真撮っていいですか!」
「駄目です」
俺のオススメではなく店のオススメだ。最低数仕込んであるから出ておいてほしいやつでもある。当然に美味しいけれど。
「はぁ……二人は?」
「んー、私はですな〜」
碧依と結理ちゃんはさくさくと自分の注文を決めて答えてくれる。それぞれサラダとパスタ、それから結理ちゃんは赤ワインを一杯。
「電車で来たんだ」
「東京の道、嫌いだもの」
「そもそも運転が、でしょ?」
田舎だった向こうにいる時からほとんど運転をしているイメージがない。たまにスーパーには車で行っていたけれど、もっぱら運転手はうちの母親だ。こちらに来てからは徒歩らしい。
オーダーを持ってキッチンに入ると、ドリンクの準備を整えていた羊子さんに尋ねられる。俺がずいぶん親しげだから気になったらしい。
「向こうでの知り合いだったり?」
「あー、高神空我君の奥さんと娘、あと空也君の娘」
「あ、あ、あー! お母さん見たことある! ……ご挨拶してきていい?」
「はい、まあ、どうぞ」
俺が霧生創太の息子というのは、Yoの人たちは皆が知っている。書類を作った時に明記したし、教室よりもっと雑談も多かったから、隠しておくのも面倒だった。
羊子さんが向かっていくと、結理ちゃんだけでなく朱音も碧依も席を立って頭を下げているた。
「シオンがお世話になってますー!」
「紫苑はちゃんとやれてますか?」
お前らは保護者か。
「同じ高校?」
「はい。今年から」
「追いかけてきてくれたんだ」
「そうなりますかねぇ……」
「本当に愛されてるんだね〜」
二人のアピール合戦、もといブラコン競争に辟易していたかこについてはバイト先でも時折話題にしていた。
「どおりで私に靡いてくれないわけだ?」
「そういうわけじゃないですよ」
「はー、彼氏欲しい」
千紗さんも茶髪のボブを軽やかにしている可愛らしい人だが、高校生の時から付き合っていた彼氏の浮気で別れて以来恋人がいないらしい。シフトが被って暇になると、こうしてたまにからかってくる。
三つも年上だからか、はたまた本当に脈がないと察してくれるからか、鬱陶しくないのはありがたかった。
「学校でも目立つんじゃない?」
「はい。それはもう」
「だよねー。あんな子たちいたらねー。アイドルみたいじゃん」
心の底から同意する。
天性の美と天性の愛嬌。二人揃ってスラリと伸びた手足は細いのに健康的で、身体のラインもメリハリがある。
少なくとも俺は黒髪の美少女と言われたら彼女たちを思い描くだろう。
それから三人は普通に食事をしていって、最後には洋一さんにも挨拶して帰っていった。
出ていく際に二人、いや三人の顔を見た凱斗くんには二、三度背中を鈍く突かれたので甘んじて受け入れる。どうやら年上好きらしかった。
****
それからぼちぼちと日々を過ごし、シフトの入っていなかった土曜日にはデートと称されて都心へ連れ出されていった。二人が月末にサプライズでやって来たものだからほとんどをバイトに埋めていて、逃すわけにはいかなかったらしい。
俺が今日行こうと思っていた町中華に昼一番から入り、俺が今日行こうと思っていたパティスリーに三人で並ぶ。それから二人の要望で原宿を歩かされ、さらにクレープを食べ歩きする。俺もそうだけれど、二人もよく食べる。
その並んでいる時に二人が勢いよくやって来た芸能スカウトに声をかけられて、あっさり断ると思ったら話を聞いているのが印象深かった。
それから途中下車した駅でスーパーの袋を三つ分一杯にして帰り、遅めの晩御飯を食べてデート完了だ。
話を切り出されたのはその翌週の金曜日だった。バイトから帰るとドアの音を聞きつけた二人がドアをノックした。
「シオンにお話があります」
「わざわざ改まって」
いくつかの可能性を頭の中に用意して想定問答を立てたけど、微妙にことなる展開だった。
「これをご覧ください〜」
「どっから出したの」
「背中」
クリアファイルを隠し持っていた碧依から数十ページあるA4用紙の冊子を受け取る。
『Project VB』表紙にはただそう題されている。
話を聞く体を作りながら、パラパラと捲り目を通す。細かい数字は拾わないが、話の骨子ぐらいは掴めた。
「これが、日本に来た本当の目的?」
「ううん。二番目」
「メインはもちろん紫苑にいだにぃ」
「さいですか」
要約すれば、二人でアイドルデビューして天下を取りに行くというものだ。生き急いでいるのか、来年の紅白出場が中目標に掲げられている。
「大手のスカウト受けるとかじゃないんだ」
「うん。絶対やだなって」
「自分たちでやった方が面白そうなのよ」
資本金百万円で夏以降に個人事務所を立ち上げ、音楽活動と配信活動をまずは展開していくようだ。それからいくつかステージを熟し、テレビ出演、タイアップまでがめつく狙っている。
見通しが甘い、なんてことは少なくとも二人、それも碧依に対して言えるわけがない。
「何曲くらいできてるの?」
「五十四はデモもすぐ出せるよ? もうすぐ五十五曲目が完成します」
「振り付きはまだ二十曲ちょっとだけど」
「作ったのは?」
「わたくしが作曲三十八曲、作詞十九曲、あとはアカネチャン様です」
そういう二人なのだ。
音楽の素養については超が付くような英才教育を受けてきているし、感性から言葉を紡ぐことも苦手としていない。
ダンスについては特に縁がなかったと思うけれど、昔から日本の音楽番組やゲームアプリには親しんでいたし、一年も準備期間があったのならば十分だろう。
ここまでで本気でやるつもりなのは十分伝わったから、資料を読み進めていく。
わざと疑問点も口に出さないようにしたので、二人がぐっと緊張し始める。しばらくそのままにしておいて、はじめに聞く。
「で、この公式お兄ちゃんっていうのは」
「よくぞ聞いてくれました紫苑にい」
「それが今日の本題だからね……」
このアイドルプロジェクトは一つ異様なところがある。それが「公式お兄ちゃん」の存在だ。
読めばかつて栄えたアイドル文化にそういったものが存在したことが書いてあるけれど、どうにもそれとは一線を画している。
歌って踊らされるわけではないがほとんどサポートメンバーであり、実名も出して、関係性も詳らかにする。
報酬も用意されているが、重要なのはそこではない。
関係性も詳らかにするというところだ。
「俺と、二人の関係を?」
「それはもう、包み隠さず……」
「包み隠したら一発でスキャンダルなんだよな〜」
「我慢しろよ、それくらい」
「できるわけないよ!!!……ごめん」
「つうわけなんですよ〜」
壁は防音だし、隣近所は知り合いばかりなので大きな声が出たのは不問とする。
いつもの調子の碧依の隣で、朱音の目は少し濡れて、揺れていた。
「我慢は、無理。絶対無理。私は紫苑が大好き」
「……そう。それで?」
「アカならそれでも売れる、ってだけじゃないよ」
碧依が真面目な口ぶりになった。目はまだ少し笑っているけれど、そういうところで聞かせてくる。
「そっちの方が売れる。応援する必要のないアカを応援できる。思わない?」
応援する必要のない、と言われると微妙なところだ。朱音はテンパるとすぐに変なことをする可愛げがある。けれど、目線を俺ではなく観客に合わせると、それで言わんとすることはわかった。
「Ricoちゃん大先生もお墨付きだよ。恋する乙女は応援したくなるって」
Ricoちゃん先生はベストセラーも何冊か出して今も連載を続ける人気漫画家だ。絵梨花ちゃんの姉で、竜牙くんの奥さんでもある。
少年漫画から少女漫画、それからラブコメまで。竜牙くんをアシスタントにこれまで描いた作品は多岐に渡る。
黙っていた朱音が言う。
「私は、別に努力して可愛いわけでも、細いわけでも、歌ったり踊ったりできるわけじゃないから」
完璧な美少女は続ける。
「でも、私はそれを認めてもらいたい。それでいいよって、皆に思ってもらいたい」
朱音が生まれついた時から宿す大きな翼を広げれば、妬み、嫉まれ、傷ついてきたことを知っている。
俺も、碧依も。
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それからの顛末はご存知の通りで、5月。早速だけれど都内のスタジオでドラムを叩いていた。