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紫の花束②

「あの子達超美人じゃない? ヤバくない?」

「足ほっそ……顔ないじゃん」

「ん、あの顔……佐藤さん、ねえねえ」

「え、そうだよね! えー、娘さんたち? あんなに大っきくなったんだ」


 午後から始まる入学式を前にして、古典的な入学式の看板の前には新入生と保護者たちが列をなしていた。

 そのまごまごとした空間の中で燦然と輝くような一角にはよく似た顔の新入生二人と、それぞれの母親らしき人物が居た。


 周囲の保護者たちは彼女らを見て噂し、もしかしてとひそひそ話を始める。どうにも皆さん御名答である。


 両手に持った物を背中に隠しながら、その人混みを抜けて彼女らの方に歩み寄っていく。

 仲良く四人で話していた中で、最初に気付いたのは予想通り碧依だった。彼女がすぐに、朱音の肩を叩いてこちらを指差す。


「シオン!」

「入学おめでとう、二人とも」


 差し出したのは六本の紫の薔薇に赤と青、それぞれの名前を現す色の薔薇を挿した花束。バイト先のYoが懇意にしている花屋さんを紹介してもらい、何とか昨日までに用意ができた。

紫苑の名前の由来になったシオンの花も考えたけれど、花言葉が「追憶」とか「あなたを忘れない」とか「遠くにある人を想う」とかだからやめておいた。もっとも、紫や青はともかく赤のバラともなれば妙な意味になるけれど。


「さすシオすぎるね~」

「っ!!!」

「ぐえっ……人前なんだけど」

「ありがとうシオン!」

「アカ、ちょっと右」

「ちょっと右じゃないの、ちょっと右じゃ」


 半ば予定調和であるが、公衆の面前である。俺がいきなり二人に花束を差し出したのも含めて、この場で大いに注目を集めていた。


「ふふふ、相変わらずだね、紫苑」

「娘がこんな感じでいいの? 美悠ちゃん」

「仲が悪いよりよっぽどねー」

「はあ。そうですか」


 今日のために来日した朱音の母親、美悠ちゃんもこんな調子だ。しっかりしている人だけれど、昔から娘たちの恋模様を梨紗子ちゃんや母さんと一緒になって面白がっている節がある。


 このままだと注目だけ集めて埒が明かないので、最終手段に出た。


「離れて」

「うぎゃあ」

「久々〜」


 脳天にすっとチョップを入れる。大したダメージは残らないが、その場ではちょっと痛いくらいに。

 イギリスで二人が十二を超えたくらいの時、競争がヒートアップし過ぎるようになって、それを諌めるため致し方なく暴力に訴えた。と言うと過激だが、きちんと線引きをできるようにしている。


「うう、愛のチョップだね」

「愛の重みだね」

「順番来るわよ、三人とも」

「だってさ。はい、親子で撮ってあげるから並んでらっしゃい」

「結理ちゃん! 先にシオンと撮って!」

「わたしも〜」

「はいはい。紫苑、しゃきっとね」


 花束だけ渡してさっさと退散、とはならないと思っていたので二人に手を取られたのに抵抗せず付いていく。

 左手に朱音、右手に碧依。これはいつも決まっていた。


「紫苑にい、両手に花だねぇ」

「シオンも花だけどね!」

「それはそう」


 看板の前に立ち、二人ともが俺にぴったり身体を寄せると、結理ちゃんがシャッターを切り始め、美悠ちゃんが隣でニコニコしている。

 二人がさくさくとポーズを変えていく中で最後は、両手を思いっきり引っ張られて膝を曲げさせられ、両頬にしっかりとキスを頂いた。

 もうこの場の視線は保護者も新入生も俺達にしか向いていない。


「じゃあ親子で」

「美悠たちからどうぞ」


 俺が向かえば結理ちゃんに端末を渡される。撮影センスは俺のほうが良いということだろう。断る義理もないので預かって、シャッターを切っていく。


「データ消しちゃだめだよん?」

「どうせバックアップ飛ばしてるでしょ?」

「うへへへ鋭い」


 撮影に使われているのは碧依の端末だったので、そのあたりは周到だろう。碧依はそういうやつだ。

 朱音親子から碧依親子になって、最後は五人でということになった。


「しっかり撮らせてもらいます。実は、お父さんたちのファンだったんですよ」

「やっぱりバレますよね。よろしくお願いします」


 後ろに並んでいたご家族のお父さんにも素姓に気付かれていた。


 今の子どもたちがどうかは知らないが、少なくとも父親たちの同世代か少し上で、彼ら五人を知らない人はいない。

 母親たちも時折公の場に姿を現すこともあって、当時はずいぶん顔を売ることになったらしい。昔の写真も見たことがあるけれど、みんな今も若々しいままだから、彼女らの姿や娘の顔立ちを見れば簡単に結びつくだろう。


 それでまたもや二人に腕を組まれて手を握られ、家族写真を撮り終えた。


「それじゃあ、俺帰るから」

「帰宅を楽しみにしてまする」

「お腹空かせておくね!」


 午前で帰る今日だけれどバイトは初めて人に代わってもらって、入学祝いにオードブルを振る舞う。デクレール家もついでに、八人分。

 昨日のうちから食材を買い込み、すでにあれこれ仕込んだりしているから、今から帰って他のメニューの調理を進めていく。


 一人で色々試すのも楽しいけれど、誰かに食べてもらう料理を作る時がやっぱり一番楽しくて、嬉しいのだ。


 帰りの自転車を軽快に飛ばしていった。



 ****



「裁判を開始する。申し開きは」

「冤罪です」

「弁護人、何かありますか」

「残念ながら」

「おいこら」

「では死刑」

「冤罪だ!」


 翌日学校に行って席に着くと、昨年から同じクラスの斎藤と宮浦に絡まれた。斎藤はアホっぽいがサッカーはなかなかで、一年の間からレギュラー争いに絡んでいるらしい。宮浦は俺と同じ帰宅部で、高校生にはあるまじきラーメン通である。知識はお兄さんやネット経由らしい。


「で、朝のあの子達、誰?」

「めちゃくちゃ仲良さそうだったよねー?」

「見てたの」

「超見てたぁ! すっごい見てたぁ!」

「見なくても目立ってたよ」


 今日から二人も通常登校で、朝は俺と一緒に自転車通学である。乗っているのは森から近くの町までが遠かったイギリスでも使っていたスポーティなものだ。引っ越してきてから着々と荷物が日本に届いている。


「……まあ、妹みたいなもんかな」

「裁判長、極刑を求刑します」

「弁護人じゃなかったのかよ」

「電気椅子に縛り付けて銃殺、確定」

「オーバーキルだろ」


 事実を述べたまでなのに酷いものである。

 そんな風に馬鹿な盛り上がり方をしていると、隣の席の今井さんがおずおずと尋ねてきた。一年の時は別のクラスで、昨日初めて喋った吹部女子である。


「あの、霧生くんって、もしかして」

「あ、うん。霧生創太の息子」

「やっぱり!」

「うえ!?」

「マジでぇ?」


 去年のクラスでは誰も答えに辿り着かなかったので、斎藤も宮浦も知らない事実である。

 クラスの中でも耳の速かった一部を除いて衝撃が広がっている。霧生創太とはそのくらいの知名度を持つ人物なのだ。


「なんで分かったの?」

「昨日の練習に一年生の子が見学に来てくれたんだけど、その時に高神兄弟の娘さんが入学してきたって」

「ああ、うん。入学生代表の挨拶したらしいね」


 昨年は平穏に過ごしたいと思ってできる限り欺瞞を働いていたけれど、あの二人が入ってきた時点で諦めている。朱音は入学式で名前を呼ばれ、その中で立派に挨拶をしたそうだ。


「え、じゃああの二人?」

「そう。朱音と碧依。空也君と空我君の娘だよ」

「さらっと言うなぁ!」

「現代のプリンセスじゃん」

「そんな大袈裟なものかもしれないけどさ」


 彼女らの父、それから俺の父と、五十嵐風真君と轟龍牙君。

 日本サッカー界に彗星のごとく現れた彼らはかつて栄光のW杯三連覇に導き、何でもない一クラブだったイプスウィッチ・タウンから六年に渡る絶対的な覇権を握り続けた。

 バロンドールだったり、W杯のMVPトロフィーだったり、国民栄誉賞だったり、それからレコード大賞だったり。半分はテーマパークとして一般解放している森の敷地に建てられたイツツボシ博物館では、彼らの功績を存分に知ることができる。 最近は故郷である長野にもイツツボシのテーマパークを設立する計画が発表されているから、もうすぐ日本でもお目にかかれるようになるだろう。


「じゃ、じゃあ、じゃあ、あの二人と一つ屋根の下に住んでるってコト!?」

「ううん。隣の部屋。空我君が用意したセキュリティのマンションでデクレール家、俺の部屋、高神さん家が並んでる」

「合鍵は?」

「……結理ちゃん、そこのお母さんには渡してるけどね。ユーリ君の奥さんにも」

「じゃあ普通に二人とも使えちゃうじゃーん」

「そういうのは今のところ、ない」


 イギリス時代の二人を思い返し、ベランダを渡って、なんてことも当初は警戒したが、ここまで案外律儀にインターホンを押して入ってくる。碧依が「思春期のオトコのコの部屋だからに〜」なんて言っていたから、そういう不要な配慮なのだろう。今のままの方が助かるのは確かだけれど。


「え、てか、カントクと知り合い? ユーリ君ってカントクだよね?」

「うん。めちゃくちゃ知り合い。一年間黙っててもらってた」

「なんだよ〜、俺のアピールしてもらえばよかった!」

「アホって?」

「サッカー馬鹿と言え、サッカー馬鹿と」

「柊真そんなに馬鹿じゃないじゃん。アホだけど」

「よし、充希、喧嘩しよ」


 ルカレオの父親であるユーリ君は父さんたちのかつてのチームメイトで、彼らより少し長く続けてバロンドールも獲得した名選手だ。今は陵明東京のサッカー部でヘッドコーチ、つまり監督業をしている。

 黙ってもらっていたのはユーリ・デクレールと知り合いの「霧生」となれば一発で答えが出てしまうくらい、イツツボシと呼ばれた父親たちとの縁は深かったからだ。


「ねえねえ、普段のお父さんたちの話聞かせてよ。めっちゃ興味あるんだけど」

「全然いいよ。むしろ話したいくらい」

「あの森どうなってんの? 中にもサッカーコートあるって聞いたんだけど」

「あります。一面。屋根付き人工芝の」

「羨ましすぎんだろ!」


「あの森」、地元でもそう呼ばれた場所は全貌が明らかになっていないことで有名だ。居住区画は特に。

 そんな面白い場所に才能溢れる面白い人たちが住んでいたのだから、あそこの話題は尽きないのだけれど。


 それで俺は、二人との関係性の追及から逃れるため、チャイムが鳴るまでぺらぺらと父親達の話を広げ続けた。斎藤と宮浦、それから今井さんに喋るテイにしていたけど多分、クラスに居たみんなが耳を傾けていたと思う。


 父さんたちはイギリスでも日本でも、そういうレベルのスターだった。

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