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霧生紫苑の前日譚ー前編

「わ、紫苑。また背伸びたね」

「うん、絵梨花ちゃん。でも二人も」

「俺今160!」

「俺も160!」

「成長期がちょっと早いみたい。今の紫苑くらいにはなりそうかな」


 これから久しぶりに隣人になる絵梨花ちゃんと、息子の双子の琉加と怜央。二人は俺の下の妹と同い年で四つ下、十一歳だ。

 俺も琉加も怜央も親の仕事の都合でイギリスで生まれ育ち、三年前まではほとんど一緒に住んでいるようなものだった。


 数泊分の荷物しか入っていないキャリーバッグを転がして、手ぶらの三人と空港を歩く。


「ユーリ君は練習?」

「うん。楽しそうにやってる」


 絵梨花ちゃんの旦那さん、ユーリ君はベルギー人だ。だから琉加と怜央も本当の表記はLucasとLeoである。

 三年前から日本で過ごすとなって、デクレールという苗字はあまり目立ちすぎるから絵梨花ちゃんの旧姓の上原を使い、もともと当てていた漢字を使うことにした。上原琉加と上原怜央。顔立ちはハーフっぽいけれど、悪目立ちをするほどでもなかった。


「さ、乗って」

「俺助手席?」

「後ろ来てよ!」

「積もる話もあるんだから!」

「何で覚えるのそんな日本語」

「アニメかな~」

「漫画かな~」


 普通の小学五年生にしてはやけに難しい語彙を使うのは、二人が聡明だからだろう。

 あの森の中で一緒に暮らし、一緒に学んでいれば自然なことにも思えた。


「渋滞もあるから一時間ぐらいかかると思う」

「大歓迎さ!」

「夜は長いよ~?」

「まだ二時だよ」


 両隣でけらけらと笑う二人の頭に手を置いてぐいぐいと揺らせば、四人乗りの普通自動車は出発した。



 ****



 十五歳の春になったら日本の高校に入学する。デクレール一家が日本に行くという話を聞いてからなんとなくずっと頭に描いていたことで、口に出したのはちょうど去年の春だった。

 最初に、森の家族のリーダーである空我くんに相談した。

 彼からはその場であれこれと質問をされて、俺はその時考えた限りのことを答えた。そうすると、いくつかの条件を出されて、俺の日本行きを了承してくれた。


 まず一つが両親の説得だ。きちんと今言ったことを伝えて了承を得ることと言われた。


「オッケー、行ってら!」

「お前好きだもんな、日本」


 これは当日にごくごくあっさり済んだ。元より放任も良いところな二人だったからわざわざ聞く必要も感じなかったけれど、空我君が言うなら大事なことだったのだろう。


 次に日本に住む絵梨花ちゃんとユーリ君への交渉だ。


「うちは全然いいよー、二人も喜ぶと思う」

「日本で待ってるね、シオン!」


 翌日の早朝に時差を見て通話をして、これもあっさり了承してもらった。

 ちなみにユーリ君は絵梨花ちゃんと結婚してから十五年くらい公用語が日本語になっているこの森で過ごしていたから、日本語がペラペラである。


 そして最後に、今日まで一緒に過ごしてきた弟妹達への自分の口から伝えることだった。

 空我君にも、両親にも、ユーリ君夫婦にも今さら日本での生活とか、勉強の心配はされなかった。

 ただただずっと、お兄ちゃんが居なくなるとみんな寂しがるねと言われていた。特に朱音は、と。


「やだ! やだ!! やぁだぁ!!!」

「もう決めたことだから、俺は行くよ」


 夕方、それぞれの活動を終えて森の基地に揃った十一人に向け、来年の日本行きを発表した。

 高校からあっちで生活して、たまには帰ってくるけれど、向こうでずっと過ごすかもしれないと。

 ほとんどは驚きながらも受け入れてくれたが、大方の予想通り一つ下の朱音は泣いて縋ってきた。

 自分を除き、琉加と怜央を加えれば十三人いる森の子どもたちの中で、一番長い時間を過ごしたのが朱音なのは間違いなかった。


「やだ!!! なら私も行く!!!」

「紫苑にいはお父さんの許可もらったんだよね?」


 泣きわめく朱音の反対側、左隣に居た碧依が俺に尋ねる。

 朱音より一月だけ後に生まれた碧依も、ともすれば同じくらい俺のことを慕ってくれているが、普段から企んでいることが多くて朱音よりよっぽど冷静だ。

 実の父である空我君に似て慧眼もあるから、もしかするとこの発表さえ予想できていたのかもしれない。


「うん。これで一応条件クリア」

「条件って何!! クリアしてない!!」

「空我君に聞いてきな」

「空我君!!! なんでオッケーしたの!!!」


 俺の日本行きを阻止するべく、さっさと走って行ってしまった。

 ここで教えたらきっと、朱音は何も聞いていなかったことにして、条件の無効を主張する。そのまま空我君のところで俺の日本行きのことを尋ねてくれれば、条件の履行が確認されるだろう。


「私も聞いてくる」

「どうぞ」


 行きがてらにすっと頭を近づけられたから優しく撫でれば、彼女は朱音の後を追っていった。いつものふざけたような口ぶりも無かったから、彼女も彼女で寂しがってくれているのだと伝わる。


「俺はずっとここで暮らすかな」

「ばいび」

「……俺も行きたいかも」

「あんたは言うと思った」

「代表になれば何回も行けるし!」

「というか普通にいっぱい行くからね」

「楓も多分、いつか」

「たまに帰ってくるんだよね?」

「また行きたいなあ、ニッポン」


 その他の反応はこんな感じである。この中に血の繋がった実の妹が二人と弟が一人いるけれど、上の二人に比べればずいぶん淡白なものであった。

 性格は様々で個性的だが、皆が年齢不相応に聡明で、分別が付いている


 デクレール家が抜けた今も五つの家族、十二人の子どもが共に暮らすこの森の中で、一番上に生まれた俺はみんなのお兄ちゃんだった。

 全員と手を繋いで、時にはおむつも替えて、一緒に遊んで、音楽をしてり、絵を描いたり、それぞれに面倒を見てきた。

 たまに喧嘩をすることもあったけれど、朱音や碧依が積極的に取りなしてくれることもあって、居心地の良い空間だったことは間違いがない。

 話が一番合うのはいつだって、ここの子どもたちだった。


「出発までにいっぱい話そうね」


 素直に頷いてくれる弟たち、ぼーっとしていたりツンとしていたりする妹たち。

 血の繋がりはあったりなかったりだけど、皆等しく大事な家族だった。



 ****



 それから一年準備をして、遠隔で試験を受けられた東京某市の私立陵明学園高校東京に入学した。

 実のところこの学校の創設者が碧依の曽祖父にあたる人で、孫娘だった結理ちゃんと空我君の顔が利き、あっさり手続きができた。


 これからデクレール家の隣で一人暮らしをするマンションも、空我君が個人名義で棟ごと所有するマンションだ。4LDKに揃えられたこのフロアは、プライバシーのためにと残りの部屋が空いたままになっている。

 都心まで電車で一時間とはいえ立派な都内だ。損失は大変なことになっているはずだ。けれど彼なら必要経費と数えて全く問題ないくらいだろう。

 才覚一つでのし上がり、好きなように寄り道をして長者番付に名前を載せる人だから。


 実の父親ではないけれど、彼の七光りで贅沢な暮らしをさせてもらって、俺は新生活をスタートさせた。





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