A5ランクの新米アイドル③
空我君が所有するあの森は当然メディアに沢山取り上げられていた。だけれど最初から周囲の森一つ私有地にしたからマスコミ達はそれ以上近付けず、たまに投稿される親たちのSNSからその断片を垣間見るだけであった。セキュリティは万全で、未だ嘗て泥棒行為を成功させたこともない。住宅街からも遠いから、不審な人や車はすぐに分かるのだ。
「私が全部で十六人居る子どもの二番目で、アオが三番目。実はお姉ちゃんズです」
「わしゃ一人っ子じゃがのう。ミルク温めるのもオムツ替えるのも離乳食作るのも寝かしつけるのもお手の物だけどもども」
「お手伝いはいっぱいしたよね〜」
ちなみに俺も全部できる。
専業として子育てをしていた母親が美悠ちゃん、母さん、絵梨花ちゃんと居たし、他の三人ももちろん参加するので手は足りていたのだけど、可愛い弟妹のためにお手伝いしたくなるのがうちの年長組の性だった。料理を手伝い始めたのもそういうところからだ。
「あ、お父さんたちから一応、言って良いって許可はもらってま〜す」
「じゃないと私たちのエピソードトークの九割くらい吹き飛んじゃうもんね」
「ほんまにそうなんよ。半分引きこもりやったから。アウトドアやったけども!わっはっは」
俺が五歳の時には広い森を抜けたさらに先に土地を買い足して、市民公園規模の遊具が導入された。そこで日が暮れるまで二人やその下の子どもたちと遊んだのも良い思い出だ。ちなみに今は市と連携して本当に公園として開放され、博物館なども併設し始めている。元よりわざと居住区から少し遠ざけられていた。
「ということでした〜。隠すもんかなと思ったんですけれど、隠せるもんでもないのでさっさと大公開させていただきましたとさ」
「お仕事はちゃんと、自分たちの力で頑張っていきたいと思っています!」
親のコネは関係なくやっていきたいと朱音が宣言する。きっと付随してしまうのは仕方がないけれど、それを売りにするつもりもないと。
まあただ、碧依は全部引っ括めて売るつもりがありそうだった。でなければ、配信に人を集めるための餌にもしなかっただろうから。
「ちょっとだけ結理ちゃんの手は借りますけども〜」
「それは、はい! アオのお母さんなので保護者としても」
「あら、皆様もご存知。配信呼んでみるか……お母さんも出る〜? 出ない、了解」
「結理ちゃんは私たちのマネージャーもやってくれてまーす! 経理とかも!」
「ステージとか出たときにはそのへんで見てるかもねん」
何かに出演してきたわけではないけれど、名高き高神空我のパートーナーとして、それから株式会社イツツボシ牧場の名代として、サッカーファンや競馬ファンの間では結理ちゃんも美人妻として広く顔が知られている。碧依が実母の人気を話のネタにしてから次に進める。
「次に多かった質問はちょっと後にして、プロフィールを教えてくださいとのことです」
「はーい! akaneです! 高校一年生でアイドルやってます! 趣味は歌うことと楽器を弾くこと! あとお買い物とか! 特技はなんだろう、アクロバットとかです!」
朱音は特に運動神経が抜群なので、フローリングでも芝生などでも飛んだり回ったり捻ったりを簡単にやってのける。
普通
「そんじゃわたくし。改めましてAOIで〜す。十一月生まれ蠍座の女で、趣味は作曲、かな? 特技はお化粧とかヘアスタイリングだと思います、はい」
「器用だよね、アオは」
「ふっふっふ、伊達に全能の娘ではないのだよ」
日によってポニーテールの高さを変えるだけの朱音とは違って、碧依は髪を巻いたり編んだりツインテールにしたり、同じ髪型を続けることがほとんど無い。
化粧も髪型や服に合わせて色々と雰囲気を変えて、最近は朱音にもよく施しているらしい。
「アカも別にお化粧下手じゃないんだけどね」
「こう、悩むとセンスが爆発するっていうか」
「仰る通りかと思われます」
ちなみに悩むのは大体俺とのデートの時だそうだ。この前碧依が教えてきた。
「趣味は楽器、ということで次の質問。サイフェスのステージを生で見られた幸運な者です。HBCでも圧倒的で、これからバンドとしての活動は続けられないんですか? だそうです」
「わ〜、ありがとうございます。盛り上がってもらって、すっごい楽しいステージでした」
二人が揃って頭を下げる。
それから、これまでふざけ倒していた碧依が真面目な表情になって姿勢を正し、朱音はそちらに注視した。
「折角の機会なのでプロデューサーである私の口から説明させてもらいます。HBC、ハイスクールバンドコンテストという大会にバンドとして出場した経緯としては、このアイドル活動のためです。それはもう白状させていただきます」
淡々と、流暢に。そこに余計な感情は排斥して語る。
つまらないなら自分の顔でも見ておけというように取り繕いながら。
「父親たちのアイデアを貰いました。身の上が身の上なので、まずは自分たちの実力を何人かでも良いから色眼鏡なしに見てもらわなければならないと。そのために仮面を被り、生のパフォーマンスができる場所を探して、HBCに辿り着きました」
かつてサッカー選手だった父さん達も自らの才能に説得力を与えるため、数年に渡って別名義で密かに活動していた。プロジェクトマスカレイドと呼んだそれを覚えている人は一万を超えた視聴者の中にも少なからずいるだろう。俺のペストマスクはともかく、朱音と碧依のベネチアンマスクはそのオマージュだった。
「ただ、実力で勝負させてもらえたと思います。運営さんも、私たちの名前に確かに驚いている人も居ましたけれど、審査員の方々はご存じなかったと思います。ですから、結果は自分たちの実力によるものだと言わせてもらいたいです」
後から誰かに補足してもらえる真実として碧依が口にする。
例えばスタッフ、例えば審査員、例えばHBCやサイフェスのステージを目の当たりにした観客たち。裏取りをされても、あれは本人達の能力によるものだったと言ってもらえるように。
タカガミの娘であれば、仕込みやヤラセは容易だと考えられて当然だから。
それから、隣で神妙な表情を作っていた朱音が愛想を取り戻して、明るい声で自分たちと音楽について語っていく。
説得力という面ではこちらが本命だ。
「楽器を弾くのは私も趣味に言ったみたいに、アオも他のみんなも大好きなんです。栞ちゃん……五十嵐栞先生とか、お父さんたちに音楽や弾き方を教えてもらえる時間だったので」
確かに遺伝的な才能はあったけれど、あの森で子どもたちは特別すぎるほどの英才教育を受けてきた。
贅沢だと思われるのは、タカガミの娘である時点で事実だから仕方がないと割り切っていく方向だ。
最後に、HBC優勝者として、決して踏み台にするだけでは
「そんな私たちにはバンドスタイルも合ってると思うので、やれるときはやっていきたいと思ってます」
「楽器弾くの楽しいし!」
「ただ出演ステージの都合とか、作る楽曲の都合とかもあるのでそれ次第です……あとあのやべぇドラマー様のご予定とか」
「うん、忙しそうだもんね、シオン、あ。名前出しちゃって良かった?」
碧依が親指を立ててから、ぱちんと手を合わせる。
「はいというわけで二番目に多かった質問に移りましょ〜う。はい、『あのツイスタの男の子は誰ですか』『シオン君って何者ですか』でした! さもありなん!」
来たなあ、と少しだけ座り直した。
あと、斎藤から『見てるぞ』とラインが来た。
『寝とけ』と返しておいた。




