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A5ランクの新米アイドル②

 空我君が投資に携わって発展を遂げたと言われる分野は逐一上げていったらキリがない。

 VRやARと言った投影技術もまた、彼の道楽のような投資から一気にフルダイブ型の開発にまで届いて、昨今は各業界が驚天動地の大騒ぎだ。


 とはいってもフルダイブVRはまだまだ高額すぎて市民権を得ていないので、せいぜい一般向けにやれることはゲームにも普及したメガネ型デバイスを用いたVRや、普及率ほぼ百パーセントの端末型通信機を用いた高精度なAR空間生成くらいである。


 メガネ型デバイスは特に、何を見ているか周囲から悟られにくく、年若いアイドルを眺めるのにぴったりだよね〜と碧依は言っていた。

 子どもたちはみんなで見れないからと反応が薄かったが、梨紗子ちゃんや絵梨花ちゃん、双子なんかは持っている。つまりは大体、そういうことだ。


「さてさて皆さん、AOIの部屋にようこそいらっしゃいませ〜」


 九月末、夜八時。二週間前から告知を出していたリアルタイムの配信がスタートする。当初から二千を超える視聴者を集めているのは上々だろう。

 その中の一人が俺で、腕時計型の端末からARを投影し、碧依の配信を自室から眺めていた。狙ったように木曜日だからバイトは定休である。


「どうも〜、新人アイドル、Violet Bouquetのプロデューサー兼平パフォーマーのAOIでございます。こうしてお喋りするのは初めてですけれど、私はここ、もう本当にホームから配信させてもらいますので、リラックスしていきますよ〜」


 投影されている空間は壁に埋め込まれたクローゼットを除いた碧依の部屋の中ほぼすべてだ。八機のカメラを使うリアルタイムスキャニングで、椅子やベッドの高さやその裏側、PCの基本設計、飾られた押し花、それから碧依本人の瞳の色まで、フルカラーで観察ができる。

 何の欺瞞もなく、碧依は見ず知らずの視聴者たちを正真正銘の自室へと招き入れていた。


 他の誰も行わないレベルの私生活の切り売り。

 同業者が見ればそれだけで背筋に鳥肌が立つだろう。


 配信を処理する碧依のPCのスペック上、埃や髪の毛の一本一本まで投影することはないけれど、見る側が投影データを取り込んでAIなどである程度補完することは技術的に可能である。


 オーバーサイズでありながら手首と足首、そして胸元がしっかりと閉じた水色のスウェットは、時間をかけて彼女が見繕った勝負服であり、地雷原の上で踊るための防護服だった。その内側も万が一に備えているとは言っている。


 それでも自然体を作る碧依は椅子ではなくベッドに腰を降ろしながら、いつものふざけた口調でこれからの計画を説明していく。

 この配信チャンネルはVBとしてのチャンネルではなく、AOIの個人チャンネルであることも明言していた。


「というわけで記念すべき第一回のスペシャルゲストをお呼びしちゃいましょう!」


 碧依がベッドからぽんと立って、自室のドアを開けた。設定された空間より先は見えないスキャンできないようになっていて、セッティングは二人でやったらしい。


「アカ〜、でば〜ん」

「あ、もう!?」


 少し涼しくなったから開けていた窓越しにも朱音の声が小さく届いた。先程まではリビングで結理ちゃんと喋っていたらしい。

 彼女らのボソッとしたやり取りと軽快な足音を捉えると、ルームソックスを履いた朱音がAR空間に入ってくる。碧依と色違いのピンクのスウェットを身に着け、前髪を整えながらベッドで横並びに座った。


「はい、というわけでakaneちゃん、自己紹介お願いします」

「はい! 新人アイドル、Violet Bouquetの赤色担当akaneです! 今日はよろしくお願いしまーす!」

「あら可愛い! ほんとに可愛い! 世界一!」


 碧依の雑なヨイショを無視して、朱音はカメラに向かって手を振り、デフォルトの視点に設定された場所へ頭を下げている。

 二人の前のタブレットにも流れるコメントが加速していた。


「さて! 今日はオファーを快諾いただきありがとうございますakaneさん」

「わ、すっごい他人行儀。そういう風に行くの?」

「まあアカはどうせ一緒に住んでるし、定期的に出てもらうからいっか」

「うんうん。いらないいらない」


 台本のない配信を二人が小気味よく進めていく。フルARの衝撃もあってか視聴者数は開始から微増を示している。確かに興味を引いていることは確かなようだった。


「というわけで姉妹二人で頑張っていくわけなんですけれども」

「いやアオすっごい嘘つくじゃん。聞いてる人こんがらがっちゃうよ?」

「アカさんがいっつもお姉ちゃんって言いはりますやん」

「それはその、実質的なやつじゃん。従姉妹、イトコだから」

「ぴぴーっ! アカねえさん、フライングです!」


 その会話を皮切りにコメント欄が二人の父親の推測で溢れるけれど、九割が正解である。残りの一割は二択でも大穴を狙うような方々だ。冗談も含まれる。


「そういうのは今からの企画で全部お話させていただきます」

「ちなみに私は何にも聞かされてません!」

「というわけでカンペどうぞ」

「ありがと」


 机の裏に裏返されていたA4紙を朱音に渡す。

 わざわざテロップ風にデザインまでされていて、自由視点で覗かれるのも考慮に入れているのが分かる。


「ドキドキ! 初めての記者かいけーーーん! ……記者会見?」

「やっぱりアイドルだと必要だと思うんですよ、スキャンダルとかの時にも」

「嫌な話! リリースとかもあるじゃーん」

「まあまあ事務所社長もやらせてもらってますんでね。そのあたりのリスクって考えちゃうわけですよ。というわけで記者の皆様から集まっている質問にお答えしていきまーす」

「つまり質問コーナーだね!」

「そうとも言うぜ!」


 先週からグループのツイスタで匿名質問箱を用意して、どこかで個人利用する旨を伝えていた。一万通くらい届いたとのことで、碧依はそれら全てに目を通して反応を探りつつ、ハラスメント行為は然るべき機関に通報していたという。先週、それに疲れたのか一人で部屋にやってきた時に聞かされた。


「それじゃあまずは一番多かった質問から〜」

「はい! 多分あれだね!」

「あれです。朱音ちゃん、空也くんの娘さんですか?」

「はい、そうです!」


 朱音らしさ全開の素直な回答から、この日の企画は始まった。

 ちなみにリアルタイムでも質問は募集されていて、反響だとかを見て補足だとかの舵を取るつもりだろう。


「ちなみに私が高神空我さんの娘です。いぇい」

「イメージそのままじゃないかな?」

「どうじゃろうかねぇ。赤と青はもうそのままですけれども」


 空也君が赤、空我君が青、それから父さんが紫。彼らが昔からイメージカラーに置いていた色そのままに俺たちは名付けられていて、それを引き継いだ格好だ。


「お生まれはそれじゃあイングランドはイプスウィッチということで?」

「アオもでしょ。あの森の中で育って、この春までは向こうの学校に通って、高校進学のタイミングで日本に来ました!」

「家の中だと日本語しか喋らないので心はとっても日本人です。あれだけ居るとね」

「一番多い時期で二十六人居たわけだし、もうちょっとした村だよね」

「唯一ユーリ君はベルギー人だけど、ペラペラだし!」


 さらっと、空也君たちが秘匿していたことを暴露しながら、朱音たちの配信は続いていく。視聴者は離れず、間もなくすればまた少し数を増やしそうだと予感させていった。

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