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A5ランクの新米アイドル①

 七月末、HBCを優勝して百万円を手に入れた朱音と碧依は、夏休み最初の一週間もかからず、学校から与えられる課題と共に起業の準備を終わらせていた。四月からの放課後でホームページの作成やSNSの運用方針、収支予測などを終わらせていたらしい。


 八月上旬にサイフェスが終わったお盆真っ只中の翌週。登記も完了したところで彼女たちが動き出す。


「よっしゃ行きますぜー」

「それじゃあ、プロデビュー!」


 二人の手早い操作によって短文投稿型SNSツイスタに四つのSNSアカウントが解放される。


 一つは『株式会社VB』

 二人が立ち上げた芸能事務所であり、代表取締役に高神碧依が就任している。朱音にも適当な役職をでっち上げている。俺と結理ちゃんは個人事業主の委託契約という形になった。


 二つ目は『Violet Bouquet』

 株式会社VBの所属タレントとして、絶対的美少女デュオを謳いながらのアイドルデビューだ。メンバー二人の宣材写真、十曲のアルバム音源リリース、三曲のMVの公開を告知している。


 三つ目と四つ目は『akane』と『AOI』それぞれの個人アカウント。

 初回の投稿には同様のフォーマットでアイドルデビューについて自己紹介を動画と写真、短文と共に投稿していた。

 それから、会社やグループのを拡散し、HBCやサイフェスの公式動画も同様にしてそれぞれにコメントを残していく。


「どのくらい付くと思う?」

「リポストで一万とか!」

「もうちょっとじゃない?」

「うん。もうちょっとは乗るはず」


 結局、自己紹介投稿はそれぞれ二万ちょっとずつの数を稼いだ。いいねはその三、四倍程度だ。

 誰と繋がるわけでなくともサイフェスでVBが刻んだ衝撃は大きく、パフォーマンスに対するレポート記事も、その素性に関するゴシップ記事も把握するのが面倒な程度には出回っていた。投稿の数時間後には拡散の波に乗っていた。


「あとは再生数がどのくらい伸びるか……」

「紫苑のお金にも関わってくるからね!」


 資本金の百万円の内訳はだいたい二十万円が事務所の設立費用、六十万円が新規導入したPC、約十万円がサブスクサービスへの音源の登録手数料に使われた。それから数万円が結理ちゃんに支払われ、残りは諸経費である。


 これらは全て結理ちゃんがさくさくと帳簿を整えてくれている。


 大学時代に経済学を専攻していた彼女は税理士と公認会計士の資格を持つ正真正銘の才媛であり、世界に跨る空我君たちのビジネスを手伝って国内外の制度に詳しい専門家だ。今でもよく空我君と通話をしながら仕事を手伝っている。

 その娘の碧依はずっと両親の薫陶を受けていたからおそらく似たようなことができるけれど、資格がある人はどちらにせよ必要らしい。

 支出を見るに会社として超高度人材を買い叩いている気もするが、そのあたりはサービスだそうだ。


 それから二人が夏休みの日常投稿なんかをしている間に、音源は初動でそれぞれ数千を数えていた。

 そこから一つのサブスクチャートの端っこに引っかかって、二人が代表曲に推した『VIOLET』の総再生回数は月が変わるまでに百万を突破していく。


 これは碧依の予想通りだった。


 碧依の予想を上回ったのは二人が春からゴリゴリと制作していたMVの方で、サイフェスでも演奏していない曲に用意した何枚かのイラストを切り替えるだけの古典的なMVがあっさりと二十万再生、月末までには百万再生を突破していった。

 コメント欄を見るに一周回って新鮮に受け取った若年層に受けたらしい。

 そのおかげもあってか他の二つのMVも数十万を突破していき、もうしばらくでの百万再生は堅い。

 それらのクレジットは全てakaneとAOIの文字に埋め尽くされていた。撮影も、編集も、もちろんイラストもすべて。配信音源については購入したPCでの打ち込みだから、俺はドラムすら叩いていない。ずっとバイトをしていただけだ。


「わっはっはっは、大順調だわな」

「お金持ちだよ紫苑!」

「らしいな」


 当初に提示された条件は変わらず、俺は何もしておらずとも収益の一割が流れ込んでくる。これから見込まれていく再生回数を考えれば、一年後にはお金持ちである。これからの経費も大してかからないから大変なことだ。


 まあもっとも、それを使うつもりもないけれど。できる限りは手堅い投資に投げて、あとは貯めておく。どこかで役に立つ時が来るだろう。実働はほとんどアルバイトだけだというのに所得税率だけは目ん玉が飛び出るくらいになりそうだ。確定申告は結理ちゃんが保護者として手伝ってくれる。


「ほんじゃあ、次に行かんとねぇ」

「うん。燃えてきたよ!」


 取材や出演、株式会社VBとして公開したアドレスには当然大量のオファーが届いていた。

 音源とMVで安定した収益を確保した二人は好きな仕事を選びたい放題だ。もうすぐ学校が始まるからスケジュールを精査しながら、ああでもないこうでもないと言い続けていた。



 ****



「お前はあれどういう立場なのよ」

「お兄ちゃん」

「おにいちゃん」


 まっ黒焦げの斎藤は上ずった声で復唱した。冬の全国を狙うチームで主力となった彼に夏休みの間に直接会うことはなくて、ユーリ君からたまに話を聞いたくらいだ。


「もうそのまんま、普段の関係で通すらしいよ」

「アイドルなのに?」

「アイドルなのに」


 夏休みにも共にラーメンを啜った宮浦はともかく顔を合わせなかった斎藤が指摘をできるのは、彼が二人のアカウントをフォローしていて、そこにいくらか俺が映り込んでいたからだろう。

 HBCでのオフショット、サイフェスでのオフショット、それから打ち上げと称した三人でのディナーや、月一はどうにか! とお願いされてシフトを空けているデートの時の写真。

 朱音も碧依もそれぞれに投稿していて、俺が着ている服も違うから、見ている側の謎は深まるばかりだ。コメント欄は閉じているけれど、関係性の憶測は飛び交ってばかりだ。


「恋愛NGの時代は終わったか……」

「大昔にじゃない? まあ別に付き合ってるわけでも何してるわけでもないし」

「そーれは本当にそう」

「いやでも、二人ともガチ恋じゃんね」

「それも本当にそう」


 VBがリリースしている音源の歌詞はとっくに考察も進められていて、二人が一曲ずつ作詞しているラブソングなんかはもう、俺に宛てられたものだという正解に辿り着かれている。それらについては絶対演奏の手助けはしないことを宣言していた。


「ええのん? ファンとかさ」

「上手くやるって二人が言うから」

「とはいえフォロワーもぐんぐん増えてるもんね」

「半分チートだけど。海外勢も多いし」


 世界のタカガミの娘たちが表舞台に現れたということで、世界に散らばる熱狂的なファンたちが監視がてらにフォローしているのも数えることになる。何をする前から十何万人と集まっているのは、まだ彼女らの成し遂げてきたことには見合わないだろう。


「一応今度、その辺の話は配信するみたい」

「いつ?」

「今月末くらいかな。また発表あると思う」

「部活と被りませんように!」

「柊真、もうファンじゃん」

「超ファン。めっちゃファン。アルバムリピりまくり」


 PCに六十万という中途半端な金額をかけたのには理由があって、元から碧依が作曲用なんかに使っていた空我君の旧端末のCPUなんかを増設をしたからである。

 元より作業やゲームと配信くらいになら事足りたスペックをわざわざ増したのは、最新型のVRやARにも対応させるためだった。



****



「AOIちゃんの部屋、はっじまるよ〜」

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