Violet Bouquet
高神朱音と高神碧依、それから霧生紫苑と、監督役兼マネージャーとしての高神結理ちゃん。
『Project VB』と題された非現実的にして綿密なプロジェクト草案には四人の名前だけが載っていた。
「私は、私のままアイドルをやりたい! 好きなように歌って、踊って、自分を曝け出して、それでみんなにかっこいいなって、可愛いなって思ってもらって。そうやってして、誰かのためになってみたい! だから、お願い!」
真剣な眼差しだった。
朱音はいつも素直で、真剣だ。少なくとも俺や、俺たちの前では。
何にも取り繕わないでいられるから。
これからは誰かの前でもそうありたいのだと言っている。
「私は、私の思う最高のアイドルを作りたい。アカがアカとしてアイドルやって、私がそれを隣で助けて、一番上に連れて行く。けどそのためには絶対、紫苑にいが必要。だから、お願いします」
真面目な声だった。
碧依はいつもふざけている。
自分の心と不可避の予見を胸の中だけに秘めて誤魔化すために。
だけれど今の目と声には確かな心を感じさせた。
今ようやく自分の目標を見つけたのだと。
読み終えた資料をテーブルの上に置いた。
自他ともに認める天才である彼女らのプロジェクトに乗ればなんと、これから起こす事務所の収入の一割を報酬として貰えるらしい。博士レベルの経済学にも通ずる碧依の試算では、俺は一流サラリーマンレベルの給与を得ることになっている。
活動内容は「アイドルとして大成功間違いなしの、絶対的美少女デュオの公式お兄ちゃんになる」こと。
といっても何か番組の司会をさせられたりするわけでもなく、彼女らがアイドル活動をする傍らで普通に高校生活を謳歌しながら、土日に少しだけ活動をサポートしたり、配信で名前を出されたりするだけ。
今やっているアルバイトも続けていて良いらしい。
ただそれだけなのに二人そろって綺麗に頭を下げて、時代錯誤な分厚い紙の資料までご丁寧に用意している。
「はあ」
答えは既に決まっていた。
「いいよ、手伝う。バイト優先だけど、ちゃんと言ってくれたらシフトは調整するから」
「シオン!!!」
「ありがとう、紫苑にい」
「ありがとう!!!」
「ぐえっ」
感極まった朱音がいつものように飛びついてきた。
構えていても起こりが速すぎて回避できない。
フィジカル強者め。
「……アカ、ちょっと右」
「うん」
「うんじゃないの、うんじゃ」
碧依もいつものニヤッとした笑みで潜り込んでくる。
承諾した理由なんて簡単だ。
二人の目が不安に揺れていた。
ダメ元だけれど、断られたらどうしようと顔に書いてあった。
それだけで十分だった。
二人に夢や目標ができたなら、応援してあげたくなるのがお兄ちゃんだ。
「ほんとにありがとうシオン、大好き」
「はいはい。知ってる」
「私も大好きだよん」
「どうも」
血の繋がりなんて全くない妹のような二人の好意には易々と応えられないけれど。
「早く離れてもらって」
「ぐえっ」
「効いた」
四月末の金曜二十二時、一人暮らしの自室。高校二年の男子と、高校一年生の美少女二人。
あまり長々とくっ付いていられると色々困るから、いつものようにチョップを落として引き剥がす。
おでこを抑えた二人は目を見合わせて、今日の収穫に満足したのかドアを出て行く。
その外で、きゃーっ!と二人で成功を喜び合う声が聞こえた。
こうして俺はViolet Bouquetの公式お兄ちゃんになった。