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第7話 囚われの王子

 一方その頃、ヴォルフはローゼンクランツ邸の寝室の床に正座していた。

 目の前の寝台に腰掛け、不機嫌な表情でタバコをくゆらせているのは、黒髪に緑の瞳の妖艶な女性。国王の愛人、ローゼンクランツ夫人である。


「あたし言ったよね? あのユリアナって女を婚約破棄して、ユング侯爵家ごと罪を着せて地獄を見せてやれって」

「ごめんなさい……。母上」

 ヴォルフは消え入りそうな声で答える。


「本当に申し訳ないと思ってるの? やっぱり、あたしより育ての親の王妃殿下が大事だったんでしょ」

 そう言うと、ローゼンクランツ夫人はサイドテーブルのブランデーをあおった。ダン、と音を立てて、グラスが割れそうな勢いで机の上に戻す。


「そ、そんな事ないです! あの女、自分の娘たちにばかり優しくして……」

 ヴォルフは慌てて否定する。

 国王とローゼンクランツ夫人の間に生まれたヴォルフは、国王と王妃の間に男児がいない事を理由に、表向きは王妃の子として育てられたのだ。


「嘘つき! あたしのお願い叶えてくれなかったくせに!」

 激昂するローゼンクランツ夫人。

「言ったじゃん! 貧乏育ちのあたしには、旧家の貴族連中が死ぬほど妬ましいって!」

 空のグラスがヴォルフめがけて飛んでくる。

「あたしの事愛していないんでしょ! 大っ嫌い!」


 ヴォルフは床の上で震え上がった。

「母上、そんな事仰らないで下さい……。母上に嫌われたら、僕はもう居場所がないのです」

 育ての母の王妃に愛されず、腹違いの姉たちにも冷遇されてきたヴォルフにとって、ローゼンクランツ夫人は唯一の家族。王妃が亡くなってからは足繁くローゼンクランツ邸に通っていた。


 ヴォルフの言葉を聞いたローゼンクランツ夫人は、一転して甘えた声になった。

「そう? ヴォルフにはあたししかいないの? あたしが一番大事?」

「はい、母上が一番大事です」

 ヴォルフは必死で首を縦にブンブン振る。

「母上、がっかりさせてごめんなさい。次は上手くお願い叶えますから……。あ、お水要ります?」

 得意の水魔法で、グラスにお冷やを満たして差し出すヴォルフ。


 ローゼンクランツ夫人は何とか矛を収めたようだった。お冷やを受け取り一気に飲み干す。

「次は、エーリヒのトンネル工事を失敗させてちょうだい」

 一息ついたローゼンクランツ夫人は、手の甲で口元をぬぐいながら言った。

「トンネル作るお金があったら、あたしのために使って然るべきなのよ」


 ローゼンクランツ夫人の言葉の意味が、ヴォルフはよく分からなかった。

「どういう意味ですか?」

 ローゼンクランツ夫人は小悪魔的な微笑を浮かべた。

「内緒」

 高価な口紅で赤く染まった唇が弧を描く。


(エーリヒを失脚させて財産を奪い、そのお金を母上へのプレゼントに使えって事だな)

 早合点するヴォルフ。

「母上、僕頑張ります! だから、どうか、どうか見捨てないで……」


 ヴォルフはローゼンクランツ夫人の膝に顔を埋めた。彼の銀髪の頭を、ローゼンクランツ夫人は優しく撫でる。

「いいのよ。あたしもちょっと取り乱しちゃったわ。でも、お願い叶えてくれなかったヴォルフが悪いんだからね」

 頭を撫でながら、容赦なく責任転嫁する。しかし盲目になっているヴォルフは気づかない。


「はい! 次こそは上手くやります!」

 ヴォルフは全力で頷いた。

「母上がせっかく父上を幽閉して、政治の実権を僕に下さったんだから……」

 国王は政務を放棄してローゼンクランツ邸に入り浸っている事になっているが、実際はローゼンクランツ夫人とヴォルフが共謀して邸の地下牢に幽閉していた。獄卒を務めるのは、ローゼンクランツ夫人が闇魔法で操るゾンビ兵である。


「そうよ。あたしはヴォルフの母親なんだから、ヴォルフはあたしのお願い全部叶えてね」

 ヴォルフを抱きしめるローゼンクランツ夫人。

「息子なんだから、あたしの事を愛してね」

 そのエメラルドグリーンの瞳が、ランプの光を映して妖しく輝いた。

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