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第4話 母、来襲

 エーリヒと結婚してから1ヶ月。ユリアナは意外と快適に過ごしていた。

「おはようございます、奥様」

 朝はメイドのアンナがドアをノックする音で目覚める。

「おはよう、アンナ。入ってちょうだい」

 ドアを開けて入ってきたアンナは、ユリアナと同い年の18歳。黒髪を後頭部でひっつめにしたしっかり者だ。


「春とはいえ、朝晩はまだ冷えるわね」

 ユリアナが言うと、アンナは手を暖炉の火にかざした。

「承知いたしました」

 アンナが念を込めると、とたんに暖炉の火がパチパチと音を立てて大きくなる。アンナは炎魔法の使い手なのだ。


「顔を洗うお湯はこちらです」

 アンナが銀の皿にお湯を注ぐ。こちらは手作業だ。普通の人間は、原則1つの属性の魔法しか使えない。炎魔法の使い手のアンナは、水を操る事は出来ないのだ。


「ありがとう、アンナ。今日の朝食は何かしら」

「えんどう豆のポタージュ、スクランブルエッグ、春野菜のサラダ、クロワッサン、温かい紅茶でございます」

 アンナの後ろから滑るように1体の埴輪が現れ、朝食がのったお盆を差し出す。アンナが手早くユリアナの寝台の上に折り畳み机を設置したので、ユリアナはベッドの上で朝食をいただくことが出来た。


「エーリヒ様の土魔法はすごいのね。使用人の手伝いが出来る埴輪を作り出せるなんて」

 紅茶をすすりながらユリアナが言うと、アンナは誇らしげに頬を染めた。

「旦那様は使用人想いなのです。隠密と使用人の二足のわらじを履いている私たちの負担を、少しでも軽くしたいと仰っていました」

 エーリヒ宅の使用人は、全員エーリヒの隠密を兼ねている。エーリヒの政敵の身辺をかぎまわり、情報を集めてくるのが仕事だ。


 朝食はどれも美味しかった。えんどう豆のポタージュは素材の旨味を生かしており、一さじごとに春の香りが鼻腔に抜ける。春野菜のサラダでは、春キャベツの優しい甘味を、繊細な味の新玉ねぎのドレッシングが一層引き立てている。スクランブルエッグは舌の上でとろけそうなくらいふわふわだ。


「美味しいわ。エーリヒ様もこれを召し上がっていらっしゃるの?」

「いいえ。旦那様は、地元のミヒャエル県から夜汽車で上京してきた陳情客の方々と一緒に朝食を召し上がられました。陳情客の方々のお口に合う質素なメニューで、ザワークラウトとソーセージと黒パンを一緒に召し上がっておいででした。その後早めに出勤なさいましたよ」

「今日もなの?」

 ユリアナは少しがっかりした。結婚してからというものの、一緒に朝食を食べたためしがない。エーリヒは大体陳情客の相手をするか、早めに出勤するかどちらかだった。


 不満そうなユリアナを見て、アンナはとがめるような顔になった。

「奥様の朝食は、旦那様がわざわざ別にご用意させたものなのですよ? 奥様が食生活の変化に戸惑われないように、新しいコックまで雇って」

 ユリアナは目を丸くした。エーリヒがそこまで自分に気を遣ってくれているとは想定外だったのだ。

「……そう言えば、アンナを私付きのメイドにしたのも、同い年の話し相手を用意してくださるためだったわね。埴輪の召使ばかりに囲まれた生活では寂しいだろうって」


 ユリアナはエーリヒに申し訳なく思った。エーリヒはユリアナが貴族らしい快適な暮らしが出来るように、細かい所まで気を回してくれているのだ。平民出身の彼は、かなり気を遣っているのだろう。

(一緒に朝食の食卓を囲んでくれないから冷たいなんて、一瞬でも思った自分が恥ずかしいわ)


 朝食を済ませ、アンナに手伝ってもらって着替え終わった時、執事がやってきた。

「奥様、お母上がお越しです」

 ユリアナの母が突然訪ねてきたようだ。

「まあ嬉しいわ! 客間にお通しして」

 素直に喜ぶユリアナ。この後に待ち受ける災難を、彼女は知るよしもなかった。


 客間に座っていたユリアナの母は、ユリアナが入ってくるなり、心配そうな顔で椅子から立ち上がった。目の下には濃いクマが出来ている。

「ユリアナ、元気? あの男にどんな扱いを受けているか心配で……」

「元気よ。ご飯は美味しいし、ベッドはフカフカだし、メイドは優秀だし」


 ユリアナは安心させようと笑って見せたが、母の顔は晴れなかった。

「本当なの? 空元気じゃない? 気を遣わなくていいのよ? お母様に何でも正直に話してちょうだい」

「いえ、本当に快適そのもので……」

「嘘ね。何か隠しているでしょう」

 母が険しい顔で問い詰める。ユリアナは言葉に詰まった。実際、期間限定の契約結婚である事は隠しているのだ。


「大体ね、ユリアナ。愛してもいない殿方のお相手をする事自体、女性にとっては屈辱的なものなのよ! お母様は毎晩ユリアナが心配で眠れなくて……」

 母があまりにうるさいので、ユリアナはイライラしてきた。そしてつい口を滑らせた。

「大丈夫よ、お母様。夫婦らしい事は何一つ求められていないもの。朝食を一緒に食べた事すらないのよ?」


 母は目を輝かせた。しまった、とユリアナは思うが後の祭り。

「ならまだ間に合うわね! ヴォルフ王子から伝言を預かっているの。『婚約破棄は気の迷いだった。母娘揃って僕のところに来てほしい』って!」

 ユリアナは青くなった。1回目の人生でも同じ文句で誘い出され、母娘揃って憲兵隊に捕縛されたのだ。

「お母様、罠よ! ヴォルフ王子は私たちを陥れようと……」

「ユリアナはそう言うけど、やっぱり被害妄想だと思うわ。大体私たちを陥れて、ヴォルフ王子に何の得があるの?」

 その後ユリアナが何を言っても、母がユリアナに耳を貸す事はなかった。

 読んでいただきありがとうございます! 楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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