第21話 嘘つき宰相の真実の愛
ヴォルフと憲兵隊は夫人を連行し、アンナは医者を呼びに行った。ユリアナとエーリヒは、半壊した邸に2人きりで残される。
「ユリアナ、足から血が……」
エーリヒは折れた方の脚を引きずって這ってくると、ユリアナの怪我した足にハンカチを巻きつけてくれた。結婚初日に渡してくれたのと同じ、白い木綿の素朴なハンカチだ。
「エーリヒ、ありがとう……。すねが折れてるのに」
ユリアナの胸がキュンと鳴る。
しばらく2人は見つめ合った。しかし、エーリヒは気まずそうに目を逸らしてしまう。
「……俺と母親の会話、聞いてたのか」
「最後の方は、ええ、聞いてたわ」
ユリアナが頷くと、エーリヒはうつむいた。
「ついに嘘の仮面が取れちまったか……。あれが俺の真実の姿だ」
エーリヒは自嘲した。
「夫として、宰相として、明るく頼れる男を演じてきた。でも、本当の俺はもっと弱くて醜い。過去を引きずってるし、内気で暗い部分だって残っている。そこを何とか抑えこんでるんだ……。演技と嘘で」
いつになく弱気な緑の瞳が、ユリアナを見つめる。
「幻滅しないのか?」
「いいえ」
ユリアナは断言した。
「私はどちらのエーリヒも愛しているもの。闇を抱えた本当のエーリヒも、頑張って嘘をついて輝くエーリヒも」
「……ありがとう、ユリアナ」
エーリヒの瞳が潤む。
しかし、彼が涙をこぼすことはなかった。
数回の瞬きの後、エーリヒが浮かべたのは、太陽のようなまぶしい笑顔。
彼のエメラルドグリーンの瞳は、早春の朝日を映して、今までで一番明るく輝いていた。
「ユリアナ」
エーリヒはそっとユリアナの頬に手を添える。その手は温かくて大きい。ユリアナの心臓は、今にも飛び出しそうにドクドクと速く脈打つ。
「俺はこれからも、みんなのためにたくさん嘘をつき続けるだろう。でも、今から言う事だけは永遠に真実だ」
エーリヒはユリアナを力強く抱き寄せた。
「愛してる。ずっと一緒だ」
「私もよ、エーリヒ」
緑の瞳と青の瞳が見つめ合う。
やがて、どちらからともなく唇を重ねる2人。
窓から差し込む暖かな陽光が、春の始まりを告げていた。
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