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第17話 ゾンビ兵との戦い

 雨はいつの間にかやんでいた。頭上に高く登った冬の月が、ローゼンクランツ邸の周りの荒野を明るく照らす。普段なら一種の風情があると言えなくもない光景だ。

 しかし、茂みの中に隠れたユリアナたち4人はそれどころではない。ローゼンクランツ邸の方から、何十体ものゾンビ兵がやってくるのが見えるからだ。

 彼らの格好は様々だ。ある者は農民、ある者は兵士。生前は一人一人違う人生を送っていたであろう遺体が、今や一様に不気味な動きでユリアナたちの方へ向かってくる。


「あの数だと、斬っても斬ってもキリがないぞ。何かいい方法はないのか?」

 ギーゼラは光魔法をまとわせた剣の柄に手をかける。

 ユリアナにはいい案があった。

「ローゼンクランツ夫人は、死んで魔力が涸れたゾンビの体内を、夫人自身の魔力で満たして操っておりますわ。そして私の歌魔法は、他人に魔力を供給できる。つまり……」

 ユリアナは実家から持ってきたメガホンを握りしめた。

「ゾンビに歌を聴かせて私の魔力を注ぎ込めば、ローゼンクランツ夫人の影響を中和できる可能性がありますの」

「では私は火炎放射で援護します」

 アンナは炎魔法の魔紋が彫られたチョーカーをはめた。

「おらはゾンビたちをツタで拘束しますだ!」

 ハンスはポキポキと指を鳴らす。


 その瞬間、ゾンビたちの動きがピタリと止まった。一瞬の後、空っぽの眼窩が一斉にユリアナたちの方へ注がれる。

「行きましょう!」

 ユリアナの掛け声を合図に、4人は茂みから飛び出した。


 まるでミュージカルの1シーンのような戦闘だった。

 メガホンを握り、ハイテンポなビートに乗って歌うユリアナ。ダークでポップなメロディは妖しくも美しい。彼女に近寄るゾンビ兵たちは、大半が糸の切れた操り人形の様に倒れた。

 一握りのしぶといゾンビは、ハンスの指先から飛び出すツタでさるぐつわをはめられた。そのままアンナの口から飛び出す火炎で灰にされるか、ギーゼラの華麗な剣さばきで首を切り落とされる。

 このまま行けば勝てる。4人全員がそう思った。


 しかし、ローゼンクランツ邸の入り口を目の前にした時、思わぬ事態が発生した。

 入り口から出てきたその初老のゾンビは、4人全員にとって見覚えのある顔だったのだ。

 薄汚れてはいるが豪華な服。王族を表す真紅のマント。銀髪の頭に戴く王冠。まだ死んで間もないらしく、紫の瞳は虚ろだが白濁していない。

 ローゼンクランツ邸に監禁されていた、国王その人だった。


 4人全員が反射的にひるむ。ユリアナにとって意外な事に、一番うろたえたのはギーゼラだった。震える剣を下ろし、紫の瞳を大きく見開いている。顔が真っ青だ。

「ドン・ギーゼラ! しっかり!」

 叱咤するユリアナ。ギーゼラは無視して国王にすがりついた。

「お父さん! 正気に戻って!」


 しかし現実は非常だった。国王は腰から剣を抜き、ギーゼラめがけて切りつける。慌ててメガホンを取ろうとしたユリアナを、ギーゼラは突き飛ばした。

「ドン・ギーゼラ! どうして……」

「国王は私の父親なんだ!」

 国王の剣を受け止めながらギーゼラは叫ぶ。

「絶対助けてみせる。そしたら今度こそ、今度こそ私を娘って呼んでくれる……」

 その声には、威厳あるマフィアの女ボスの面影はなかった。父親の愛に飢えた、1人の少女の悲痛な叫びだ。


「冗談じゃありませんわ!」

 ユリアナは止める。

「あれから、もう少しあなたについて調べました。陛下、あなたが憲兵隊から追い出されるのを止めなかったんでしょう? 体よくおだてて、マフィアで汚れ仕事をさせたんでしょう?」

 それでもギーゼラは、父王を決して攻撃しない。防戦一方に追い込まれている。

「そんな事分かってる! でも、でも……」

 ギーゼラは絞り出すような声を上げた。

「どんな酷い親の事も、子供は諦めきれないものなんだ!」


 ギーゼラの叫びは、ゾンビと化した国王には届かなかったようだ。彼の剣がついにギーゼラの剣を弾き飛ばす。

 ハンスが国王をツタで拘束するより一瞬早く、ギーゼラの紫の両目は切り裂かれた。


「痛い、痛いよ、お父さん……」

 その場に崩れ落ちたギーゼラを、ユリアナはとっさに抱き抱えた。彼女の目に手をかざして癒しの歌を歌う。

「大丈夫ですわ、ドン・ギーゼラ。今帰って休養すれば治ります」

 出血を抑え、ギーゼラを落ち着かせるために嘘をつく。ギーゼラの眼球は真っ二つで、ユリアナの歌魔法でも手の施しようがなかった。


「すまない。私の私情で、戦闘に支障を……」

「謝らないで下さい。お気持ちお察しいたしますわ」

 ユリアナが言うそばで、国王をグルグル巻きにし終わったハンスもうなずく。

「んだんだ。ドン・ギーゼラ。おらが送っていきますだ」

 言うが早いか、ハンスはツタで担架を編み上げて宙に浮かせた。

「子供は親に未練があって当然ですだ……」

 アンナが国王を燃やしている音をギーゼラに聴かせないためだろう。ハンスはギーゼラの耳を両手でそっとふさいでやった。


 ハンスとギーゼラを見送り、ユリアナはアンナと共にローゼンクランツ邸に入った。

「エーリヒ! エーリヒ! どこにいるの?」

 呼びかけながら不気味な邸の中を探索する。アンナは両手から火の玉を出して、時々現れるゾンビを焼き尽くしていた。

(地下牢に監禁されていたらどうしよう……)

 そう思ったユリアナが、床の跳ね上げ扉を上げたのが運の尽き。

「ひっ!」

 薄暗い中はゾンビたちの巣窟だった。慌ててアンナを連れて逃げるが、すぐに囲まれてしまう。


「奥様、ここは私が何とかいたします。奥様は旦那様を探して下さい」

 ジリジリ距離を詰めてくるゾンビたちと睨み合いながら、アンナが耳打ちした。

「できないわ! アンナだけ置いて逃げるなんて……」

 ユリアナは首を振る。


 アンナはニコリと笑った。その目は悲しげだが満足そうだ。

「旦那様の一番近くでお仕えしてきて分かりました。悔しいですけれど、旦那様の一番は奥様です」

 アンナは言うが早いか、口から炎を吐き出してゾンビたちの輪に穴を開けた。

「さあ早く! 走って下さい!」


 ユリアナは覚悟を決め、走ってゾンビたちの間を駆け抜けた。後ろからアンナの声が聞こえる。

「旦那様を幸せにしないと、承知いたしませんからね!」


 邸内のゾンビは全てアンナが引きつけてくれているのだろう。ユリアナはゾンビに出会わずにエーリヒを探すことができた。

(アンナ、きっとエーリヒに報われない恋をしていたのね)

 アンナを想って心が痛む。

(でも私の前では隠し通した。これも『嘘は愛』の一つの形……)

 ユリアナはしっかりと前を見すえた。

(エーリヒ、待ってて。アンナの気持ち、決して無駄にはしないから)

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