第15話 黒幕の正体
翌週の昼。ヴォルフ王子は自分の屋敷の寝室で、布団を頭からかぶって震えていた。
窓の外からは、怒り狂った民衆の声が聞こえてくる。
「インチキ王子を殺せ!」
「国民の敵を血祭りに上げろ!」
民衆の投げる火炎瓶が、屋敷の外壁にぶつかって爆発する音が響く。
「母上、ごめんなさい」
2通の手紙を握りしめる。
1通はローゼンクランツ夫人からの手紙。絶対にエーリヒをユリアナの元に返すなと書かれている。
もう1通は、ついさっき届いた憲兵隊からの報告書。エーリヒをさっき釈放した事、エーリヒとユリアナがヴォルフ王子の屋敷に向かった事が記されていた。
「あの2人、僕を手酷く尋問するだろうな。もしかしたら拷問されるかも」
民衆の罵声に何日もさらされ、ヴォルフは精神的に参っていた。あらぬ被害妄想で頭がいっぱいになる。
「追い詰められた僕が、母上が黒幕だって白状してしまったらどうしよう。その前に……」
ヴォルフはノロノロと起き上がり、棚から毒薬の瓶を取り出した。
「母上、さようなら。大好き」
独り言をつぶやくヴォルフ。彼は一気に瓶の中身を飲み干し、ベッドに倒れこんだ。
どれくらい経っただろう。ヴォルフが最初に意識したのは雨音だった。
(天国にも、雨は降るんだな……)
しかし、意識がはっきりしてくるに従って、別のものも聞こえてきた。
「まさか民衆が暴徒化してヴォルフが自殺未遂するなんて! 死ぬまで追い詰めるつもりはなかったのに……」
「そういうもんだぞ、民衆の偶像を演じるって。自分の演じ方1つが他人の運命を左右する」
取り乱す女性の声と、なだめる男性の声。
「私、あまりにも重責に無自覚だったわ……」
「泣くなユリアナ。俺を牢獄から助けたい一心だったんだろ? 本当にありがとうな」
ヴォルフは一気に覚醒した。
(僕、生きてる!?)
ヴォルフが飛び起きると、こちらをのぞきこむユリアナ夫妻と目が合った。
ヴォルフは病院の病室にいた。ユリアナの周りに散らばる、癒しの歌魔法の楽譜。横のエーリヒは、ヴォルフの鼻に挿さったチューブを握って、手の平から生み出す炭の粉を送りこんでいる。
枕元の時計は朝の8時。2人とも寝ずに看病していたのだろう。目の下にクマができていた。
「ヴォルフ、良かった……」
涙を流すユリアナ。
「ごめんなさい、ここまで追い詰めて……。エーリヒが活性炭を投与して毒素を吸着してくれていなかったら、今頃どうなっていたか」
ヴォルフはバツが悪くなった。
「今更何だ? 敵に哀れみをかけられるとは、僕も落ちぶれたものだ」
「そんなつもりじゃないんだ」
エーリヒは首を横に振った。牢獄暮らしでやつれてはいたが、ハンサムぶりは健在だ。髪も綺麗だし髭も剃ってある。
「釈放の時迎えにきてくれたユリアナから話を聞いてな。いてもたってもいられず、すぐ向かったんだ。16歳の坊やが世間からあれだけバッシングされて、心が折れるのも無理ないだろ」
「誰が坊やだ、平民め」
エーリヒの思わぬ優しさに戸惑い、ふてくされてそっぽを向くヴォルフ。鼻の奥がツンとするのは、病室中に漂う消毒液の匂いゆえだと思いたい。
「まあまあ、そう拗ねるな。恋人に愛されたくて道を誤ったんだろ? もっと愛してくれる女がそのうち現れるさ。16歳の子供を矢面に立たせたりしない女が」
母親を侮辱されたと思い、ヴォルフは頭に血が上った。
「母上に何て事を!」
口走った瞬間しまったと思ったが、もう遅い。
「母上? 王妃殿下はとっくにお亡くなりよ。まさか……」
ユリアナが目を見開く。
「あなた、ローゼンクランツ夫人の息子なのね?」
ヴォルフはガックリと肩を落とした。国王の数多の愛人の中で、時期的にヴォルフを産んだ可能性があるのはローゼンクランツ夫人しかいない。
「……そうだ」
観念するヴォルフ。ここから何とか母を救えないか必死で考えるが、何も思いつかない。
(この男の情に訴えるしかないか……)
ヴォルフは恥も外聞も捨てる決心をした。
「でも、本当に母上からの指示はなかったんだ」
「はいはい、そうかい」
エーリヒは明らかに信じていない様子だ。
「母上はとってもお優しい方なんだ。黒髪に緑の瞳の美しい女性だよ」
ヴォルフは必死で母親の美点を並び立てる。
「お前と同じ平民の出で、出身地も同じミヒャエル県なんだぞ!」
「そうかいそうかい。俺が地元を重視するって分かって言ってるんだろう」
ため息をつくエーリヒ。焦るヴォルフ。
「本当なんだ! 僕をみごもったから逃げるように上京したらしい。上の名前はローザ」
「……え?」
エーリヒは顔色を変えた。
「ミヒャエル県に多い名前なんだろう? ローゼンクランツ姓は父上から賜った後付けのものだそうだ。あと類い稀なる闇魔法の使い手だ」
その瞬間、エーリヒの口元がわなないた。信じられないという眼差しでヴォルフを見つめる。
(心が動いたか? これはチャンス!)
ヴォルフは、最も心に残っている母との思い出を話した。
「母上はシチューがお上手なんだ。機嫌が良い時はよく、手ずから作って下さる」
エーリヒは顔面蒼白になり、チューブを取り落とした。
「どうしたのエーリヒ?」
ユリアナは不審そうだ。
「出所早々徹夜して疲れてるのよ」
勝手に結論づけたユリアナは、エーリヒを引っ張って立ち上がる。
「ヴォルフ、そろそろ帰るわ。罪状は色々あるけど、多分悪いようにはしないから安心して。在宅起訴だから拘置所には入らなくて良いわよ。民衆の暴動はエーリヒが説得して鎮めてくれたから、ゆっくり寝てね!」
バタンと閉まった病室のドア。ヴォルフはしばらく物思いにふけった。
(何で最後様子がおかしかったんだろう、あの男。……思ってたほど悪いやつじゃなさそうだな)
エーリヒとのやりとりを思い返す。
(もっと愛してくれる女がそのうち現れる、か。16歳の子供を矢面に立たせたりしない女……。酷い言いようだ)
しかし、エーリヒの言葉はヴォルフの心に確かに引っかかっていた。
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