第13話 聖女の演説
翌日の晩。ユリアナは予定通り、王都の下町の庶民派劇場でのコンサートに向かった。
エーリヒの地元ではない分、民衆の手の平返しは強烈だった。
「おう来たか、汚職政治屋の女房め!」
「ファンへの裏切りだ!」
「旦那にはもう面会したか?」
「牢獄のメシは臭いって言ってただろう!」
舞台に出たユリアナに、客席から容赦なくヤジが降り注ぐ。薄暗い照明に照らされた失望の顔、顔、顔。
(皆さん、何て酷い事を言うのかしら)
ユリアナは内心ショックを受けた。しかし。
(この方々にも一人一人の人生があるんだもの。ありのままの民衆を愛さなきゃね。怒らない怒らない)
自分に言い聞かせて平静を保つ。事前に鏡を見て練習を重ね、ミリ単位で調律した笑顔を崩さない。エーリヒが議会で答弁にのぞむ時のように。
「ご機嫌よう、皆さま。それが意外と美味しいんですのよ」
平然と微笑むユリアナ。意外な反応に民衆はたじろいだ。
「ユリアナ様、肝座ってるな……?」
「侯爵令嬢を満足させる豚箱メシ? 気になる……」
空気が変わったのを見逃さず、ユリアナは笑顔の裏に憂いを含ませて語り始めた。
「ええ。処刑を待つばかりの夫を哀れんで、ディートリヒ公爵が美味しいチキンを差し入れて下さったんですの。私も一緒にいただきましたわ。夫との最後のディナーになるかも知れないんですもの」
ハンカチで目頭を押さえるユリアナ。
民衆は動揺した。
「最初は婚約破棄され、その次は未亡人予定かぁ……。確かに可哀想だな」
「でも宰相でありながら汚職したんだし、残念だけど当然では」
民衆の意見は2つに割れる。
「それが、ディートリヒ公爵の使者が言っていたんですけどね……」
ユリアナはわざと声をひそめた。民衆は思わず聞き入ってしまう。
「夫を逮捕するのに使われた証拠書類、偽造の可能性があるんですって」
劇場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。彼らの声が天井に反響してグワングワンと響く。
「なんだって!? 証拠はあるのか証拠は!」
「俺は最初からおかしいと思ってたよ。民衆想いのエーリヒ様が汚職だなんて」
「本当だとしたら、一体誰がそんな陰謀を?」
ざわつく民衆。ユリアナはしてやったりと内心ほくそ笑んだ。
「ご覧になって下さい、この書類の拡大図」
事前にアンナに秘密裏に持ち出させた書類の拡大図を、光魔法の魔紋が刻まれた映写機でスクリーンに映し出す。
「この日付の『3』の数字、すごく不自然な書き方じゃありません? まるで『2』に書き足したかのような……」
「確かにその通りだ!」
民衆の中から納得の声が次々と上がる。
「それに、夫のものとされる拇印。決定的な証拠のはずなんですけど……」
ユリアナはエーリヒのものとされる指紋のハンコを指差した。
「この周りだけ、紙の色が違いません?」
映写機を操作してズームする。
民衆はどよめいた。
「本当だ! 拇印の周りだけ藁半紙みたいな色だ!」
「周りは上質な紙なのに!」
「まさか、逮捕の音頭を取ったヴォルフ王子の陰謀……?」
ユリアナは心の中でガッツポーズをした。
(ここまで来れば、あとは流れに任せるだけね!)
「皆さん、力を貸して下さい!」
ユリアナは目に涙をためて叫ぶ。
「民衆想いの夫をギロチン台から救い出すために! 皆さん一人一人の力が必要なのです!」
舞台上で悲劇のヒロインを演じるユリアナ。
しかし、意外にも民衆の食いつきはイマイチだった。
「宰相を救え! ヴォルフ王子の横暴を許すな!」
そう言って盛り上がったのは半分だけ。残りの半分は困惑の表情を浮かべている。
「冤罪はお気の毒だが、王子に逆らうのは怖いし……。俺たち一介の庶民だぞ」
その声を聞いたユリアナは焦った。しかし顔には出さない。一瞬考えた後、理解ありげにうんうんとうなずいた。
「確かに恐ろしいですわよね。私たち夫婦のために立ち上がって頂くんですから、それ相応の対価は用意しないと」
ユリアナはニヤリと笑った。
「夫は、次の選挙までに『選挙における票数の平等』を認めさせたいと申しておりましたわ」
民衆は目の色を変えた。
「票数の平等だって!?」
「俺たちも金持ちと同じように、1人2票を投じられるようになるのか!」
「今まで俺たちは1人1票しか投じられなかったのに!」
「これは宰相を助けるっきゃないぜ!」
民衆の心が、完全にユリアナ支持に傾いた。
「さあ、皆さん! 力を合わせて、名宰相エーリヒ・エグナーを救い出しましょう!」
ユリアナの凛とした声が、ホールに響き渡る。
「そして、共に民衆の権利を勝ちとるのです!」
民衆はすっかり乗せられ、口々に雄叫びを上げて拳を突き上げた。
「うおおおおお! 宰相万歳! 打倒ヴォルフ王子!」
会場の熱気は、まるで革命前夜のようだった。
ライブ終了後。ユリアナは劇場の裏で、ハンスとフーゴと落ち合った。
「ハンスさん、フーゴさん。わざわざ上京してサクラやってくれてありがとう」
ユリアナは人目を気にしながら囁く。
「いやいや。これでエーリヒが助かるなら安いもんですだ。牢獄のメシに話題を誘導したり、要所要所でユリアナ様に賛同したり」
ハンスは笑って首を振った。
「んだんだ。今日の成功は、ユリアナ様の話術が8割ですだ」
フーゴも手を顔の前で振る。
「ありがとう。だって全部本当なんだもの。エーリヒが民衆想いな事も、冤罪の証拠に関する話も、選挙制度改革の構想も」
ユリアナは真っ直ぐな瞳で2人を見つめた。
「事前に根回ししてサクラを民衆に紛れこませるのは、確かに嘘の一種。エーリヒも演説会で時々使っていた手法だわ。でも……」
ユリアナの青い目が、ガス灯を映して星のように輝く。
「私たち夫婦のこの想いは、絶対嘘じゃない」
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