第11話 宰相の秘密
1ヶ月後の夜。無事にトンネルは開通し、夏至祭もかねて祭りが開かれた。村の広場が会場だ。
夕暮れの空に、色とりどりの夏の花々で飾られた白樺の柱がそびえ立つ。柱にはカンテラが無数に下げられ、輪になって踊っている村人たちを照らし出していた。
彼らは皆、手作りの花冠をかぶっている。野ばら、あじさい、くちなし、山吹、芙蓉などなど。鮮やかな色合いの民族衣装と相まって、広場のにぎやかさを一層引き立てている。アコーディオン、バグパイプ、バイオリン、太鼓で編成された楽団が、アップテンポのポルカを陽気に奏でていた。
「私、うまく踊れるかしら」
広場の様子を村役場のドアの陰からうかがいながら、ユリアナは心配顔。
「俺がエスコートするさ。楽しもうって心が一番大事」
エーリヒは明るく言うと、ユリアナに手を差し出した。
民族衣装姿のユリアナが、エーリヒと共に広場に現れると、村人たちは歓声を上げた。
「ユリアナ様素敵!」
「エーリヒ先生かっこいい!」
村人たちに手を取られ、ダンスの輪に加わる2人。最初は不安がっていたユリアナも、あっという間に慣れ、自然と笑顔がこぼれるようになった。
楽しく輪になって踊ったり、合間に地ビールを酌み交わしたりした後。夜がふけた頃、楽団が奏でる音楽は少しローテンポになった。メロディもロマンチックなものに変わる。すると村人たちは、男女ペアになって踊り始めた。
「さあ、俺たちも」
エーリヒがユリアナと向き合い、手を差し出す。ユリアナはその手を握った。空いた手をエーリヒの肩にかけると、エーリヒはユリアナの腰に片手をそっと添える。
「もちろんよ、エーリヒ」
ユリアナの微笑みを合図に、2人は共に踏み出す。息はぴったり。前後左右に自在に踏み出すステップに合わせて、エーリヒの緑の瞳に映ったカンテラの灯がきらめく。頭上を彩る満天の星にも負けない輝きだ。
(エーリヒのエメラルドの瞳、すごく綺麗)
民族衣装の裾をひるがえす。2人は一心同体。ユリアナは幸福に酔っていた。
(私、やっぱり彼を愛している)
ユリアナは自覚した。
(偽りの結婚から始まった仲だけど、今は本当にエーリヒが愛しい)
ユリアナの息が上がる原因が、踊り続けている事だけではないのは明白だった。胸が苦しいのに、脳がとろけるように心地良い。心なしか、エーリヒの瞳も熱を帯びている気がする。
(エーリヒは、私の事をどう思っているのかしら)
ユリアナの頭にわずかに残った冷静な部分が、ふと気にし始めた。
(大事にされているのはすごく伝わってくる。でも、私はまだまだ彼について知らない事だらけ……)
昼間のハンスの話が頭をよぎる。ユリアナは一抹の切なさを覚えた。
真夜中過ぎに祭りはお開きになった。男性陣は例の白樺の柱を片付けるために広場に残り、ユリアナたち女性陣は早めに帰される。ユリアナは、エーリヒと2人で宿泊している村役場の貴賓用宿泊棟に戻った。
寝巻きに着替えて歯磨きをしていると、窓の外から激しい雨音が響いてきた。
(すごいにわか雨ね。外のエーリヒは大丈夫かしら)
寝巻きからさっきの服に着替え、傘を持って行ってあげようと裏口に向かう。すると。
「きゃっ!」
「ぎゃっ!」
何と、裏口の土間ではエーリヒが濡れたシャツを脱いで絞っていた。鉢合わせる2人。
ユリアナはギョッとして彼の露わな背中を見つめた。
あまりにも酷い、昔の火傷の跡があったからだ。
背中の右半分を覆うケロイド。赤と茶色が混じったまだら模様になっている。皮膚のあちこちが引きつれて痛々しい。年単位で古いものだと思われた。
「エーリヒ、その火傷跡、どうしたの……?」
恐る恐る訊くユリアナ。
「まあ、俺も子供の頃は悪ガキだったからな」
エーリヒは目を逸らした。
「変なもん見せて悪かった、ユリアナ」
無理矢理作ったかのような笑顔を浮かべ、背中を壁に押しつけて隠す。
「私こそごめんなさい」
ユリアナは目を伏せ、自室へと踵を返した。
「この事は誰にも言わないでくれよ。恥ずかしいからな」
背中越しに聞こえるエーリヒの声は、明らかに無理しておどけていた。
翌日。村から王都へ帰る馬の上でも、エーリヒは変わらず優しかった。鞍は良い方を譲ってくれたし、馬に乗る時は手を貸してくれたし、お昼のサンドイッチはユリアナに1つ分けてくれた。
(エーリヒ、優しい……。あんな酷い跡見られたら、怒って当然なのに)
馬上で痛む胸を押さえるユリアナ。
(エーリヒ、何か重い過去を抱えているのかも知れない。火傷の事と言い、母親の事と言い)
ユリアナは少しでもエーリヒが抱えたものを知りたかった。
(彼の背負っているであろう重荷を、自分も一緒に背負いたい。でも、今はまだ打ち明けてくれなさそう)
ユリアナは思案の末に、1つの結論にたどりついた。
「ねえ、エーリヒ」
「ん?」
隣の馬に乗っているエーリヒに声をかけ、こちらを振り向かせる。
「エーリヒが抱えているもの、私も背負いたい。だからまず、エーリヒと同じく民衆の方を向いて戦える自分になりたいの」
ユリアナの真っ直ぐな青い目を見て、エーリヒは嬉しそうに笑った。
「おう、頼もしい限りだぜ。アイドル聖女様」
(愛するエーリヒと同じ方を見て、共に歩みたい。そしていつか、本当の夫婦として重荷を分かち合いたい)
ユリアナは、目の前にどこまでも続く山道を、強いまなざしで見すえた。
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