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龍の堕とし子  作者: あるけん
第一章 旅路と家路
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第八話 新たな世界へ



 深夜。

 静けさが支配するゲルバの山々に、フクロウの鳴き声がこだまする中。


「・・・ん」


 ベッドの上に横たわっていたリルフェーニは、閉じていた瞼をぱちりと開いた。


(眠れない)


 床に就いてから、彼女は何度も眠ろうと努めた。しかし目を瞑るたび、瞼の裏にはファナとの会話が浮かび上がってくるのだ。


『どうするか、決めてください』


 ファナが最後の言い残した言葉に、頭を支配される。

 行くべきか、留まるべきか。考えれば考えるほどに同じことばかりが頭の中を駆け巡り、次第にその思考は沼の中へと沈み込んでゆくような感覚に陥る。

 日が昇れば、否応なく決断しなければならない。それが彼女の焦りをさらに増長させた。


(・・・起きよう)


 その内、ベッドの中が急に居心地悪く感じるようになったリルフェーニは、ゆっくりと寝台から起き上がった。


 寝室を出た彼女は、居間を抜けた先、民家の外へとつながる扉に手をかける。

 軋んだ音を出来るだけ鳴らさないよう慎重にノブを回して、彼女はその扉を開けた。


 背の低い草が生え並ぶ古民家の周りを夜風がそっと撫でつける。リルフェーニはそっと扉を閉めると、その横に立てかけてあった梯子へと手を伸ばした。

 一歩ずつ段をのぼり、やがて屋根の上に乗った彼女は、くすみきった屋根板の上にゆっくりと腰掛けた。


「ふぅ・・・」


 暇なときや、留守番をしているとき。シェスカと喧嘩した日や、何か嫌なことがあった日。そして、こんな風に寝付けない夜にも。

 事があれば、リルフェーニはきまってこの屋根上に寝転ぶ。


 理由は単純明快。

 ここが、ゲルバで最も空の広い場所だからだ。


「・・・綺麗」


 無数の星が煌めく夜空を見上げて、彼女はいつものように感嘆の息を漏らした。昼間であれば流れゆく雲や小鳥のさえずりに意識を傾けるが、やはり宝石をばら撒いたようなこの満天の星空にはかなうまい。

 こうして大自然に身を任せていると、自分がいかにちっぽけな存在か思い知らされる。それが彼女には言いようもないほどに心地よく、束の間はどんな悩みも忘れることができるのだ。


(・・・・・・)


 しかし。

 美しい景色を前にあれこれ考えるのをやめたつもりでも、理性はすぐにリルフェーニを現実へと引き戻してくる。

 約束の時間まで、もうあと半日もない。それまでに決断しなければならないことには、どうしても目を背けることができない。


 リルフェーニの迷い。それは結局のところ、好奇心と不安とのせめぎあいに過ぎない。

 故郷に帰るということ、そして失った記憶を取り戻すということは、彼女がずっとこだわり続けてきたことだった。ファナという青年が突然やってきたことによってそのチャンスが巡ってきたのは、これ以上ない幸運に恵まれているといえよう。

 しかし同時に、この三年間でここを離れることに対する寂しさが芽生えていたのも事実だった。その思いは日を追うごとに、まるでその体を糸が一本ずつ絡みついてくるように、少しずつ彼女をこの山へ縛りつけていったのだ。


 本当の家に帰りたい。しかしシェスカとも、ゲルバとも離れたくはない。


 単純であるがゆえに、その思考は同じ場所をぐるぐると回り続ける。螺旋階段を転がり落ちていくように、二つの選択肢が彼女を心の奥深く、暗いところへと誘っていく。


(やっぱり、決められない)


 いっそ、このままどこかへ消えてしまおうか。

 諦めた彼女が自棄になり始めた、その時。


「・・・?」


 不意に、屋根の下から扉が開いたような音がしたのが聞こえた。気になったリルフェーニが屋根板から顔をのぞかせると、家から出てきた人間と目が合う。


「シェスカ」

「やっぱりここか」


 涼しげな麻のズボンと、肌着一枚。いつも通りの恰好でリルフェーニを見つけた彼女は、そう言うなり横の梯子から屋根へと上り始める。


「どうした。眠れないのか」


 のぼりきった彼女がからかうように聞くと、リルフェーニは顔を見られないようにして頷いた。

 シェスカはうずくまるようにして座る彼女の横に腰掛け、吹き付ける風に靡いた髪を片手で整える。


「こっちの方が涼しくて気持ちいいな。それに星もよく見える」

「・・・・・・」


 目を合わせようとしない彼女に、シェスカは息を一つ吐いた。何かを言いたいのだろうが、何を言えばいいのか分からない。そんな雰囲気を悟ったシェスカは、自分の方から切り出すことにした。


「・・・最近、お前が何かに悩んでいるような顔をしていた理由が分かったよ」

「・・・・・・」

「夕方、この家を出るとかなんとか言ってたのも、それが原因だったわけだ」


 問いかけても、やはりリルフェーニは何も答えようとしない。シェスカは少し困ったような顔をすると、おもむろに空を見上げながら声色を変えて言った。


「少し、昔の話をしようか」


 彼女の口から出た意外な話題に、リルフェーニは座り込んでいた腕の隙間から顔をわずかにのぞかせた。


「この家は、元々あたしの師匠が住んでいたんだ」

「・・・師匠?」

「まあ、祖母だ。偏屈な婆さんだったが、でも薬の知識と腕は確かだった」


 目が合うと、シェスカは嬉しそうに微笑んだ。


「物心ついた頃からあたしはこの家にいて、薬草の扱い方やら薬の作り方やらをみっちりと仕込まれたものだ。両親は戦争時代に死んだと聞かされた。まあ親と生き別れるというのは、当時としては珍しい話でもないか。ルメア村もどうやらその頃に出来たらしい。近辺の都市でちょっとした争いがあったみたいでな、その戦火から逃れた人間がここに住むようになったんだと。ああ、住むといえば、姉弟子が一人いたな。あたしが言うのもなんだが、結構な変人だったよ。ずいぶん昔に出ていったきり、どこへ行ったのかも分からないが」


 つらつらと思い出話を語るシェスカは、なんとも穏やかな表情をしていた。まるで本当に子供の頃に戻ったかのように話すその様子を、リルフェーニはどこか羨ましいとさえ感じて見ていた。


「・・・それで、二十歳になったころ。祖母が死んだ」


 ふと、それまで楽しげに話していたシェスカの口調が少し沈む。


「一人になったあたしは、山を下りて村の人間になることも考えたが・・・そうはしなかった」

「どうして」

「祖母が残したものを引き継がなければならないという責任感からだと思っていたが、今にしてみればそんなのは建前に過ぎなかった。結局は、この家に誰もいなくなることが怖かったんだ。ここで生まれたわけではないにしろ、れっきとしたあたしの故郷だからな」


 彼女は切ない表情を浮かべると、すっかり古くなってしまった屋根の板を優しく撫でた。


「それから何年かして、お前が来た」


 その言葉に、リルフェーニは背筋を伸ばす。


「最初、あたしは気絶したお前を連れて村に行ったんだ。あそこにはお前と同じくらいの歳の子も何人かいるみたいだったし、こんな小さくて不便な家に住むよりはマシだろうってな」

「それは・・・」

「でも」


 シェスカはリルフェーニの声を遮る。


「あたしは、お前と暮らすことを選んだ」


 強く、彼女はそう言った。

 リルフェーニは、込み上げてくる感情に唇を固く結ぶしかなかった。


「何かを選ぶというのは、同時にほかの何かを捨てるということだ。いつも正しいことを選べるとは限らないし、後悔することもきっとある。怖いと感じるのは当然だ。でも・・・」


 シェスカは手を伸ばして、彼女の頭を撫でる。


「いいか、リル。本当に大切なのは、どちらを選ぶかじゃない。自分でそれを選べたかどうかなんだ」


 リルフェーニの青い瞳を真っ直ぐに見つめて、彼女はそう言った。


「お前がここに残るのならあたしが助かるだけだし、出ていくのなら元の生活に戻るだけだ。この森も、村も、あたしも、何も気にすることはないよ」


 その言葉に、背中をとんと押されたような気がして。

 リルフェーニは遂に我慢が利かなくなると、シェスカの胸に飛び込むようにして抱きついた。


「・・・ありがとう、シェスカ」


 聞こえるのかどうかという声でぽそりと呟くと、シェスカはそっと彼女を抱き返すのだった。


「・・・ああ」











 夜が明けた。


 今日、ファナがこのゲルバを発つというその日。

 寝室に流れ込む日の光と風がカーテンを揺らす先に、忙しなく動く影が一つ。


「これと、あとこれも・・・」


 ベッドの上に置かれた手製のバッグに荷物を入れるリルフェーニの姿が、そこにはあった。

 『彼』は、同行する馬車の主と話をすることがあるからと、一足先に村の方へと向かったようだ。一緒に行くのなら、すぐにでも追いかけなければならない。


 覚悟は、決まっている。


「・・・よし」


 彼女は自身が持っている数少ない持ち物をすべてそのバッグに詰め込むと、小さな背中にそれを負った。見慣れた寝室に別れを告げ、廊下に出たところで彼女は向かいの部屋の扉が閉まっていることに気が付いた。シェスカの研究室だ。


「シェスカ」


 ノックをするが、中から反応はない。しかしそれでもリルフェーニには、彼女がそこにいることが何となく

分かる。

 そして、こういう時は何があっても部屋から出ようとはしないことも、知っている。


「・・・なんだ」


 扉の向こうから、普段とは違う少し低い声が聞こえてきた。

 こういう口調になるのは、彼女が不機嫌な時か、何か難しいことを考えている時だ。そしてそういう折にはあまり話しかけないほうがいいとリルフェーニは理解している。

 それが、三年の間で培ってきた二人の距離なのだ。


 だからこそリルフェーニは、必要以上に何かを話そうとはしない。

 たとえそれが、最後に交わす別れの挨拶だとしても。


「あたし、行くから」


 もう背中を押す必要も、引き止める必要もない。これは、自分の意思で決めたことだから。

 短い言葉には、そんな意志の強さが表れていた。


「・・・そうか」


 それを聞いたシェスカが、どんな顔をしているかは分からない。しかし、その声色はかすかに柔らかくなったような気がした。


 それで、十分。


 それ以上何も交わすこともなく、リルフェーニは扉から離れた。

 そうして踵を返した彼女は、振り返らずに外へと向かうのだった。



「・・・・・・」


 遠くの方で、玄関の扉が閉まる音がする。

 静かになった部屋の中で、シェスカは一人机に頬杖をついてため息を漏らした。


(行ってしまった、か)


 こんな日が来ることは分かっていた。

 そもそもこの家は、二人で住むには少々手狭なのだ。きっかけさえあればこんな場所からはすぐに出ていくだろうということは彼女にも予想はついていた。


 しかし。


(案外鈍い人間だな、私も)


 昨日の夜、背中を押したのは他でもない自分のはずだった。たとえリルフェーニがここを出ていくとしても、その時は笑顔で送り出そうと心の準備はしていたはずだった。

 しかし。いざその瞬間がやってくると、ことのほか利口になれない自分がいることに彼女は内心動揺していた。


 行ってほしくなかったのか。あるいは、本当に彼女が出ていくという実感が湧いてこなかったのか。


(・・・三年前には読み書きすらできなかったあの子が、な)


 いつしかシェスカは、リルフェーニと初めて会った時のことを思い出していた。


 祖母を失い、人との交流も断っていた当時のシェスカにとって、薬学は孤独を紛らわす一つツールでしかなかった。研究熱心だった祖母の遺志を継ぐということが、何の役に立つかもわからない薬を作っている自分がここにいる意味を辛うじて見出し続けていたのだ。


 リルフェーニと出会ったのは、そんな抜け殻のような生活を送っていた最中だった。朝露に濡れた森の中で眠るように気を失う彼女を見つけた時、シェスカは空っぽだった心の中に突然何かが染み込んでくるような感覚に陥った。

 それまで研究ばかりで実際に人に手当てをしたことなどなかった彼女は、あれこれと考えを巡らした末に初めて麓の村へと自らの意思で足を踏み入れた。


 動揺していたシェスカは、とにかく少女を助けねばと村人に片っ端から声をかけた。駆け寄った村人に連れられて向かった先は、中心地にあった村長の家だった。


『これもきっと、龍神様の導きに違いない。この子は、村で面倒を見よう』


 深い皺がいくつも刻まれた老婆が穏やかな声でかけた言葉は、今でもありありと思い出せる。


『・・・いや』


 そしてその時、自分が何と答えたのかも。


『この子は・・・あたしが、面倒を見る』




(あの時・・・)


 あの時、村の提案を押し切って彼女を引き取ったのはなぜか。あの子の幸せを考えるのなら、こんな所にいるより村で普通に暮らしていた方がいいに決まっていた。

 しかし。


(・・・そうか)


 今なら、分かる気がする。


(結局、彼女と私を重ねていたのかもしれないな)


 ここがどこかも分からぬままこれから生きていかなければならない少女。それは唯一の家族だった祖母を失くした自分によく似ている。


 しかし似ているだけで、同じではなかった。


(きっと、いい顔をしていたに違いない)


 昨日の夜、あれほど悩んでいたとは思えないほど、小さな彼女は清々しい声を上げてここを去っていった。

 迷いに迷った結果。何も持っていなかった雛鳥は、遂に自分の足で歩くことを決めたのだ。


 シェスカはふと、机の上に並べられたガラス瓶に自分の顔が映ったのが見えた。

 どこか腑抜けたような自分の顔に、彼女はふっと鼻で笑った。


「・・・あたしは、どうだ」


 瓶に映った自分に、シェスカは投げかける。相対するその目が、彼女に問いかけるような気がした。

 雛鳥のままなのは、どっちだ。


「・・・そうだな」


 シェスカは、重い腰を上げた。



 ◆



「行っちまうんだな」

「ええ。お世話になりました」


 ルメア村の東側の出入り口にある木組みの門に、出発を今に控えた馬車が立ち並ぶ。

 その前では、ファナとバンゼが別れの言葉を交わしている最中だった。


「最近は盗賊に襲われたって話も聞くからな。まあ兄ちゃんの腕っぷしなら大丈夫かもしれねえが、くれぐれも気をつけろよ」


 そう言ってバンゼは、不意にファナの横に目を落とした。


「・・・お嬢ちゃんも、な」


 その先には、小さなバッグを背負ったリルフェーニの姿があった。


「本当にいいんですか?」


 バンゼの視線に追従するように、ファナが眉を上げて念を押す。


「うん」

「簡単な道のりではありませんよ」

「分かってる」


 彼女はその青い瞳で、ファナの目を見つめた。


「それでも、行きたい」


 意思は、決して揺らがない。

 そう悟ったファナは、表情を緩めて頷いた。


「分かりました」


 出発の時間だ。

 馬車の中に荷物を載せ、次にリルフェーニ自身がそれに乗るための段に足をかける。


 少し高い馬車の扉をくぐるために、足掛けに力を込めて彼女が一気に登ろうとした、その時。


「あ」


 不意に、遠くに何かを見つけたファナが彼女を呼び止めた。リルフェーニが彼の指差す方を見ると。


「シェスカ・・・」


 そこには、息を切らしてこちらに向かってくる彼女の姿があった。


「リル」


 すぐに馬車から飛び降りるリルフェーニを見て、シェスカは乱れた息を整えながらその名を呼んだ。

 その手に何かが握られていることにリルフェーニが気が付くのと同時に、彼女はそれを差し出す。


「これを」


 一見するとそれは、古ぼけた本のようだった。


「これは?」

「あたしの、まあ手記みたいなものだ。これまでに調べてきたことや、その日にあったこと、自分が思ったこととか、色々書いてある」


 シェスカからそれを受け取ったリルフェーニは、裏表を確認して、ぱらぱらとページをめくる。

 ひび割れた表紙からのぞかせる黄ばんだ紙の束は、まさしくシェスカの時間と汗の結晶に他ならなかった。


「その本は、まだ半分くらい白紙なんだ。残りはお前が埋めてくれ」

「いいの?」

「ああ」


 シェスカは大きくうなずいた。


「きっと色んな場所に行って、色んなものに出会うだろう。その時お前が見て、知って、感じたこと、とにかく自由に書いてくれればいい。同じ景色しか見てこなかったその本にも、旅をさせてやってくれ」

「ん、分かった」

「それと、これも」


 思い出したように、シェスカは懐から何やら紙切れのようなものを取り出した。

 見るからにくたびれているそれは、どうやら中央に蝋で封をしてあるようだ。


「手紙?」

「昔にここを出ていった、あたしの姉弟子に宛てたものだ」


 リルフェーニは、昨晩のシェスカの思い出話を想起した。


「元から雲のように掴みどころのない人だったからな。どこにいるかさっぱり検討がつかないが、あたしが持っているよりはと思って。もし道中で会う事があったら、渡してくれ」

「ん」

「マレイナという名前だ。見つからなければどこかで捨ててしまって構わない。どうせ生きているかどうかも分からないしな」

「ん、分かった」


 一通り話すことは話したのか、そこでシェスカの口が止まった。

 二人の間に沈黙の時が流れる中、リルフェーニが何か喋ろうとした直前に彼女は口火を切るように言った。


「・・・行くんだな」


 その声を、どう表現すればいいのか。

 寂しくもあり、不安でもあり、しかし喜んでいるようにも、安心しているようにも思う。


「ん」

「気をつけていくんだぞ。怪我や病気をしたときはどうすればいいか、覚えてるな」

「ん」

「野宿をする時、飯が用意できない日もあるかもしれない。さっき渡した手記に食べられる野草や小動物の捕まえ方なんかも書いてあったはずだから、困ったときは読むように」

「ん」

「あとは絶対に一人で行動するなよ。ただでさえお前は何も言わずにふらふらと――」

「シェスカ」


 とめどなく飛び出し続ける小言の波を遮るように、リルフェーニは彼女の名を呼んだ。


「大丈夫」


 リルフェーニの視線は、揺らぐことなく真っ直ぐにシェスカを見つめた。

 一瞬、戸惑いの色を見せたシェスカは、やがて小さく口元を緩めた。


「そうか。・・・そうだな」


 そうして、彼女はリルフェーニの後ろ、馬車の横に控える人物に目をやる。


「ファナ」


 呼ばれたことに気づいた彼が、シェスカと目を合わせた。


「こちらのわがままに付き合わせてすまないが。・・・リルを、頼む」

「任せてください」


 心強い返事を聞いて、シェスカはようやく少し安心したように一息つく。


「じゃあ・・・シェスカ」


 話せることはすべて話した。

 心残りもない様子で表情を緩めるシェスカを見て、ついにリルフェーニが口を開いた。


「行くね」


 それは、二度目の別れの挨拶。


「ああ。行ってらっしゃい」


 今度こそ、シェスカは柔らかい微笑みを浮かべてそれに応えることができた。






 遠ざかっていく馬車の一団を眺めるシェスカに、バンゼが声をかける。


「・・・本当に、良かったのか?」

「ああ」


 その道中は、きっと易しいものではないだろう。どんな苦難が待ち受けているかも知らぬ旅路の果てにさえ、目的地にたどり着ける保障はない。

 しかし、それでも構わないのだとシェスカは思う。


 なぜなら。


「それが、あの子の選んだ道だからな」


 豆粒のように小さく見え、やがてその姿が分からなくなった一行を見据えて、彼女はそう言った。




 左右に揺られる馬車の中で、リルフェーニはもう一度窓から天を見上げる。


 雲一つない青空に浮かぶ、小さな島。

 晴れた日にだけ姿を見せるその島は、名をネアといい、他に邪魔をするもののない大空を穏やかに遊泳するのだった。



「ゲルバに送った二体の消息が途絶えました」

「・・・中型と小型だったか。融合に耐え切れなくなったか?」

「いえ、どちらも『核』を破壊されています。何者かが殺害したと考えるべきでしょう」

「ふむ。当たりかもしれんな」

「いかがいたしましょう」

「・・・少しばかり、周辺を探ってみるか。確かベレネスに同志が一人いたはずだな」

「はい」

「『探し物』が見つかったかもしれないと伝えろ。必要ならば、()()使っても構わん」

「かしこまりました」


ひとまずここで一区切り。旅を始めさせるまでが長かった・・・

今後の物語について整理する時間が必要になったので、次回の更新は少し遅れます。

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