残された側のひとりごと
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「お母さーん!」
私は振り返った。娘が泣きながら呼んでいるみたい。
「どうしたの?」
「またワンちゃんにおやつ食べられたの!」
「まあまあ……あの子は本当に食いしん坊だねぇ。後で叱っておくよ。ヘレン、おやつはまた作ってあげるからね。」
「うん!」
「その前に、こっちを手伝ってくれる?」
「はーい!」
私が元夫と別れてから、8年が経過した。私はあの後、駅から電車に乗って、そのまま田舎の実家に帰ったわ。あの時の私は体調が悪かったはずなんだけど、なぜか家に着いた頃には治まっていたの。不思議よね。
両親に離婚されたことを告げると、2人は驚いていたわ。でも、
母は、
「納得できない。彼とその女を呼び出しましょう。」
父は、
「いや、俺が今すぐあいつを殴りに行ってやる。」
って言ってくれたの。2人とも、私を責めることはせず、むしろ擁護してくれた。本当に嬉しかったわ。でもその時の私としては、元夫の顔なんて見たくもない、もう金輪際関わりたくないって思っていたから、呼び出したりせず、あの2人のことはそのまま放置することにした。
私は、この機会にカフェを辞め、実家の農園で働くことにしたの。ウエイトレスの仕事は好きだったけど、実家の農園が以前から人手不足で、いつかはその仕事を手伝わなければならないことが、前からわかっていたのよね。だから。
田舎での生活が始まったけれど、私はどうやら色々なことを引きずらない性格みたいで、都での日々や、夫のことを恋しく思うことは一度もなかったの。でも、「マリーは夫に浮気された上に離縁され、都から虚しく戻ってきた」と、近所中のうわさになったことがつらかった。直接嫌味を言われたり、変に気を遣われたりと、心地が悪かった。それから私は、通りかかる人がみんな裏で自分のことを言っているような気がして、一時期家の外を歩くことができなくなってしまったの。それに、私は夫に愛想を尽かされるほど女として魅力がない、って自分で思い込んでしまって、何事にも消極的になってしまったの。自分でも、このままじゃダメだって思ってたわよ。でも、どうすればいいかわからなくて、逃げ道のない混沌とした日々を送っていたわ。
そんな時に、救いの手を差し伸べてくれた人がいたの。同級生のジムよ。彼とは同じ学校の同級生だったけど、お互い学生時代は数えるほどしか話をすることがなかったの。だけどある日たまたま再会して、そこから私たちは頻繁に会う仲になったわ。しゃべっていて話が合うし、ジムといると謎の安心感があったの。もちろん私の離婚のことは、ジムにも知られていたわ。でもそんな私に対して彼は「俺なら、そんな思いをさせない」と言ってくれたの。実は、私は彼の初恋の人らしいの。彼は私のことを、学生時代から今までずっと思い続けていた訳じゃないけど、再会して頻繁に会うようになってから、今まで眠っていた気持ちに火がついたみたい。
告白された時のことを、よく覚えている。
「マリー、俺と結婚を前提に付き合ってほしい。」
「え?」
「俺なら、君にそんな思いをはせない。本当だよ。約束する。」
「……『結婚生活には信頼が1番大事』とか言ってた人に裏切られたから、今は誰も信じられないのよね。」
「俺のことも?」
「ジム“だから”じゃ無くて、それは誰でも同じなの。」
「じゃあわかった。マリー、俺に3ヶ月時間をくれよ。その間に俺、マリーに信頼してもらえるように頑張るよ。だからさ、その時にまた、マリーの考えを教えてほしい。」
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「……学生時代にさ、俺、マリーに助けられてるんだ。」
「え?そんなことしたっけ?」
「うん。休憩時間に体調が悪くなった時に、クラスで誰も気づいてもらえなかったけど、マリーだけが気づいてくれて、先生を呼んできてくれたんだ。その時、実はアナフィラキシーが出てて、マリーが呼んでくれてなかったら、結構やばかったんだよ。マリーには、その時に命を助けてくれた恩がある。」
「あー!そんなこともあったね。」
「うん。それに、大人になってから再会してから、君のことを守りたいって思うようになったんだ。悲しそうな顔をしてるマリーを見るのが辛くてさ、俺の手で笑顔にさせたいって思ったんだ。だから……」
この言葉で、私はジムの存在を強く意識するようになったわ。それから3ヶ月後、私は快くジムの申し出を受け入れ、その半年後には入籍したの。
ジムは八百屋の三男だったから、跡取りのいない私の家に婿養子に入ってくれたわ。向こうの両親もそれは承諾してるんだけど、『離婚された女の家に婿養子に入った変わり者』として、ジムにも近所から変な目線が向けられるようになってしまったの。本人は全く気にしていないみたいだけど、私は本当に申し訳なくてたまらなかった。
そんなある日、事件が起きた。元夫が実家にやってきたの。
「マリー、あの時はすまなかった。僕はずっと君を愛していたんだ。」
「僕はやっと目が覚めた、一緒に帰ろう。」
「僕はあいつに騙されていたんだ。」
とか、いろんな言い訳を並べて私に復縁を迫ってきた。
「さあ、いっしょに帰ろう!」
「もう2年も経ってるのよ?その間ずっとあなたのことを思い続けてるわけがないじゃない!あなたがここから帰ってちょうだい。」
「マリー、そう強がらなくてもいいんだよ。君はまだ俺のことを愛してくれてるだろう?わかるよ。ほら、君の好きなアネモネの花を持ってきたんだ。」
元夫は私に赤いアネモネの花束を渡してきたの。
「僕とやり直してほしい。」
ここへ、ジムがやってきた。
「お前か!マリーを泣かせたのは!」
「誰だお前?まさかマリーのあたらしい恋人か?人の妻に勝手に手を出すんじゃねーよ!」
「それはこっちのセリフだ!お前こそ、妻に近寄るな。」
「妻?」
元夫に、私が畳み掛ける。
「あのねぇ、私はとっくの昔に再婚してるの!お腹にはこの人との赤ちゃんもいるわ。だから、あなたのところに戻るなんて、絶対!ありえないから!」
「そんな……マリー、待ってくれ!俺は目が覚めたんだ!」
「そんなこと知るか!それ以上近寄ったら警察呼ぶから。」
元夫は、またあの時みたいにうなだれてたわ。そして私は、その手に握られた花束を見て言ってやったの。
「ねぇ、アネモネの花の色を間違えたのってわざと?私が好きなのは、白いアネモネなの。私の好みまで曖昧になってるじゃない。もうその時点で、あんたは私に復縁を迫る権利なんかないわ!」
元夫は驚いた顔で私を見上げた。やっぱり、間違えていたみたい。でも、最後にとどめを刺してやろうと思って、そのまま続けた。
「まさかあなた、赤いアネモネの花言葉の意味をわかって買ったの?確か……『君を愛する』だけど。ふっ、やかましいわ。結婚当初は『信頼が大事』とか言ってたのに、結局は愛……安っぽくなったもんだね。でもいいこと教えてあげる。アネモネの花言葉には他にも意味もあるの。それは、『見放された』!今のあなたにすごくお似合いよ!ははは!」
元旦那はそそくさと帰っていったわ。
このことはもちろん、近所中の噂になった。噂と言っても嫌なものでは無くて、元夫と対等に言い合ったジムと、怖気付くことなく追い返した私の肝の座りっぷりを評価するものだったわ。それ以降、私達夫婦は近所の人との蟠りがなくなったの。結果的に、元夫はいい仕事をしてくれたわ。
私は今、あいつがどこで何をしてるかなんて知らないわ。もっぱら、キャロルとか言ったあの女のことなんて、知る由もない。浮気されてすぐは、2人とも地獄に堕ちろって思ってたわ。でも今は興味すらないの。まあ、元夫が私に復縁を求めてきたということは、この二人の関係は長く続かなかったんだろうとは思うけど。そりゃそうよね。
でもきっと2人とも、私の知らないどこかで、何かしら幸せに暮らしてるんでしょうね。人間だいたいそんなもんよ。嫌いな人に限ってバチが当たってくれなくて、なぜかすごく幸せそうに生きてるように見えたりするじゃない?あの2人もきっとそんなかんじよ。不倫してたことを後悔しながら過ごしてる訳がないんでしょうね。でも別にいいのよ。ジムと再会して結婚して、子供にも恵まれた今の私なら、例えあの2人が幸せに暮らしてたとしても、絶対それを羨ましく思わないわ。だってそれくらい、今の私の暮らしが幸せなんだもの……
「お母さん?」
私はぼーっとしていたみたい。
「あぁごめん。ぼーっとしてたよ。さぁ、そろそろお家に戻ろうか。」
「うん!」
私は泥だらけの娘の手を引いて、農場から家へと戻った。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。完結の日を迎えられたのは、応援してくださった皆様のおかげです。今まで読んでいただいた全ての方に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。
2022年2月28日 まつがえ小飴
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