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色違いのアネモネ  作者: まつがえ小飴
6/8

キャロルの回想4

 ルナさんの言葉通り、私はお客さんからの投票で1位を獲得し、ファーストになった。それからの日々は目まぐるしかった。週4日ある自分のショーの練習で手一杯になり、基礎的な歌の練習の時間がとれなくなった。それに加えて、自分の歌のレパートリーも増やさなければならず、私はその忙しさに疲弊した。しかし、ファーストになってから起きたことは悪いことだけではない。人気面でも、権力面でも、私は店の中でトップだった。その日のショーのやり方や、店の運営方法、全てにおいて私が自由にできた。私が左と言えば店の全ての人が左を向く、右がいいと言うものは1人もいない、そんな感じだ。もちろん、客からの反応も変わった。


「キャロルがファーストになってから、スターライトの雰囲気が大人になったよね。」


「キャロルはファーストになってから、手の届かないような高嶺の花になっちゃったよね。」


「キャロルは本当に、色っぽくて、魅力にあふれた女性だよね」


 私は店で輝きに満ちていた。

 でもそれは、店の中だけだった。


 店から出ると、私は本当の私に戻る。

 本当の私は、電気と水道がしょっちゅう止まるような下宿に住んでいて、その家の中は何には何もない。お金を払って『店の中の私』に会いに来てくれる人はいるけど、私生活で『本当の私』を愛してくれる人はいない。店での私は煌びやかたけど、本当の私は惨めで人としての価値がない。


 私は、本当の私が嫌になって、自己嫌悪に陥った。私は一生、本当の自分とは別の人を演じていないと幸せになれない気がして、つらくなった。


 そんな日々に畳み掛けるように、タマラさんが亡くなった。私はつらかった。でも私は、タマラさんが亡くなったという事実そのものよりも、店以外の自分をさらけ出せる存在が無くなったことのほうがつらかった。また、そんなふうにタマラさんの死自体を悲しめない自分にも嫌気がした。タマラさんの死後も私は、『店の中では』いつも通り振る舞えた。しかし、仕事が終わり下宿で1人過ごしていると、やるせない気持ちになった。まるで自分が沼にゆっくり落ちていくような、そしてそこから戻れないような、重たい雰囲気に飲み込まれる日々が続いた。


 とある日、また下宿の水道が止まった。下宿の近くにはぺルドンの女神の泉があるため、生活に大きな支障はなかった。仕事終わりにシャワーも浴びずに寝るのもどうかと思えて、私は泉の冷たい水で髪を洗おうとした。以前水道が止ま止まった時もそうしたので、その冷たさには慣れてはいる。今の暮らしは、私の幼少期よりずっとマシだ。でも、惨めななことに変わりはない。私は一生普通の暮らしができないのか……また同じようなことを考えていた。


「大丈夫ですか?」


 後ろから男の人に話しかけられた。どうやら、私が自殺しようしていると思い込み、話しかけてくれたそうだ。店の関係者以外で私のことを心配してくれる人は、もうこの世にいないと思っていたので、とてもうれしかった。小さな出来事だったが、私は久しぶりに暖かい気持ちで心が満たされた。


 その人ともっと話がしたいと思った私は、すこし引き留めようとした。でも、今から仕事だというので、それ以上は何も話さなかった。少しの間だけでもその人と会話したことにより、私は生きる希望を持てるようになった。大袈裟かもしれないが、本当に思ったのだ。私は、その人とまた会えるように女神ぺルドンに祈った。


 数か月後、あの人と私は思わぬ再会を果たした。ステージ袖から客席を見たときに、あの人が店に入ってくるのが見えた。私は驚いた。まさかこんなところで会えるなんて思ってもいなかったからだ。これはチャンスだと思った私は、同じく袖で待機していたピアノ弾きと踊り子たちに頭を下げ、その日のショーの曲を変更してもらった。私の最も自信のある3曲だ。そしてステージに上がって、ショーをした。やっぱりあの人だ。私はステージからずっとあの人を見つめていた。ショー終了後の挨拶の時、私はあの人に、自分が泉で髪を洗っていた女だと告げた。あの人は気づいていなかったようだった。私は再会を機に、あの人に惚れた。顔もかっこいいし、話し方もゆっくりとしていて良い。でも、私に少し緊張している様子も感じとれて、それがなんともいじらしい。私は、絶対にこの人を自分ものにしようと思い、自分が持つテクニックを駆使して、全力で誘惑した。誘惑は、上手くいったはすだった。



「キャロルさん、最近ずっと小窓から客席を見つめてますよね。だれか待っているですか?」


 あれからしばらく経ったある日、セカンドのイザベラに声をかけられた。


「別に。なんでもよくない?」

「ずっと思ってたんですけど、最近キャロルさん変ですよね。いきなり曲目変えた日ぐらいから。なんか変わったことあったんですか?」


 あの日から私は、楽屋の小窓から開演前の客席を見ることを日課にしていた。私はあの日の別れ際に、来週の金曜日にまた来てほしいと伝えたが、あの人は来てくれなかった。嫌われてしまったかもしれないと、私はその時に少し感情的な気分になった。しかしそれでも、私は諦めずにこうして毎日待ち続けているのだ。


「あ、あの人だ……」


 私は、入り口で何やらもめているあの人を見つけた。きっと会員証がなくて入店できないのだ。


「なんか言いました?」

「ちょっと出てくる!!」

「あ!キャロルさん!あと5分で開演ですよ!」


 私はなんとかボーイを説得し、入店してもらえた。


 ショーの後の客席挨拶で、彼の気持ちを確認できた。私は彼に嫌われてなんかいなかった。むしろ、彼は私のことで頭いっぱいで、なんでも私の言う通りに動いてしまう状態だ。恥ずかしそうに縮こまる彼に対して、私は優越感でいっぱいだった。また、私は彼に、今日の閉店後に一緒に帰る約束をした。楽屋へ戻る途中、私はこれから起こりうる全てのシナリオに心躍らせた。


 閉店後、いそいそと帰る支度を整えていると、またイザベラが釘を刺してきた。


「キャロルさん、さっきの男の人と、特別な関係ですよね?あの人と今から一緒に帰って、体を売って、投票の時に票を入れてもらうんですか?」

「何てこと言うの?違うわ。」

「ルナさんの話を忘れたんですか?『自分のときのファーストは、お客さんに体を売りまくって人気になった人だった、自分の芸で戦わない姿勢がすごく嫌だった』っておっしゃってたじゃないですか。キャロルさんもそういうことする人だったんですね。」

「何を誤解してるの?あの人は、ただよお客さんじゃない。私の人生において、なくてはならない人なの!じゃあ、もう帰るから。」


 私はあの人と店を後にして、ぺルドンの泉のベンチで話すことにした。あの人の名前はブラットというらしい。どうやら彼には奥さんがいるようで、彼はそれを後ろめたく思っているようだった。私にしてみれば、そんなことは関係なかった。ずっと底辺の人生を歩んできて、初めて見つけた私を愛してくれるであろうたった一人の男性。それ以上何も望まないのだから、この人一人くらい、私にくれたっていいじゃない?そう思っていた。彼が私の好意をよく思っていないなら引き下がるが、彼にそんな姿は見られなかった。でもなんだかずっと曖昧な態度をとっているので、私はブラットに対し、王手をかけた。


「ねぇ、私、今からあなたにキスするから。嫌だったら拒んで。愛してくれるなら……好きにして。」


 彼は拒まなかった。売春宿時代に、何回もいろんな人とキスしたけど、こんなに優しくて、気持ちが満たされる経験はしたことなかった。そこから、私と彼との交際が始まった。


 私たちは、彼の仕事の昼休みの時間に合わせて一緒にランチをしたり、私の仕事終わり待ち合わせをしてベンチでしゃべったりする日々を続けていた。私は、彼としゃべったり、キスしたりする時間があるだけで本当に幸せで、それ以上のことを求めていなかった。ましてや奥さんから略奪して結婚するとか、そんなことは望んでいなかった。


 ただ、何も望まないと言っておきながら、彼に抱いてほしいと思うようになった。自分から言うのは恥ずかしいから、誘うような行動をしてみた。自分の家に呼んだり、はたまた彼の家へお邪魔したり、いろいろ試したけど、彼は私に手を出さなかった。3回目に彼のお家に行った際に、ベッドに案内してもらって、わかりやすく大胆に誘ってみた。すると彼に伝わったようだった。彼は目の色を変えて私に抱きついた。私は、とても幸福な気持ちに満ちた。

 

 その時だった。扉が開き、見ると女性が立っていた。きっと彼の奥さんだろう。もともと隠すつもりはなかったし、私はそんなに焦らなかった。


「……奥さん……?」



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