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色違いのアネモネ  作者: まつがえ小飴
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キャロルの回想3

 ここに来て半年がたった。私は毎日、礼拝堂の掃除など、タマラさんのお手伝いをして過ごしていた。また、字を教えてもらったり、料理を教えてもらったりと、とても充実して過ごしていた。そんな1週間の中でも土曜日は特別だ。集団礼拝を行うため、多くの人が礼拝堂にやって来るからだ。みんなでお祈りをするだけでなく、歌を歌ったり、みんなでお菓子を食べたりするのだ。その頃には私は、地域の人たちと話をするのが好きになっていた。ここへ来た当初は、話しかけられてもどう返したらいいかわからず、苦笑いばかりしていた。でも、今となっては自分から話しかけ、他愛もない会話を楽しんでいる。私の変わりように、タマラさんも喜んでいる。


 とある土曜日の礼拝終わり、みんなが帰る準備をし始めたころ、隣に座っていた男の人に声をかけられた。


「君、歌がうまいね。」

「え!本当ですか?ありがとうございます!」


 タマラさんから褒められたことはあったが、他の人から言われたことはなかったので、とてもうれしかった。


「斉唱の時に、隣から心地よい歌声が聞こえてくるなぁと思っていたんだよ。ところで君、その歌声をもっとたくさんの人に聞かせようと思わないか?」

「どういうことですか?」


 その人が、私に名刺を差し出した。


「申し遅れました。僕は『ショークラブ・スターライト』の支配人、ウィリアムです。この間キャストが1人辞めてしまって、人手が足りなくて困ってるんだ。どうだい?うちで働いてみないかい?」


 タマラさんが何かを察して、こちらへやって来た。


「ウィリアムさん、キャロルに何か用ですか?」


 ウィリアムさんが全てを説明した。


「お断りします。ウィリアムさん、あなたのお店は老舗のクラブで、それは素晴らしいことだと思います。でも、自分にとって娘のような存在をそこで働かせるのは、それはまた別問題です。キャロルには夜の仕事に対してトラウマがありますし……」

「待って!」


 私はタマラさんの話を止めた。


「私、もう19なんです。だから、働かずにここでタマラさんの手伝いばかりしているのも、少し後ろめたかったんです。タマラさん、私、ショークラブで働きたいです。」


 タマラさんがこちらを見ている。


「本当に?でもやっぱり夜の仕事って、あまり他の人から歓迎されたものじゃないし……」


 私は、タマラさんの手を握って言った。


「タマラさん、私、『私の人生』を歩みます。実は最近、礼拝堂以外の世界を見てみたい、もっと他のことに挑戦してみたいと思うようになったんです。それは、今までタマラさんが私に『見返りのない優しさ』で溢れた、あたたかい世界の存在を教えてくれたからです。そして、半年もの間、私をその世界で過ごさせてくれたからなんです。そのおかげで、私の心に穏やかさが戻ってきて、未来のことを考えられる余裕が生まれました。このショークラブのお話、ちょうどいいタイミングじゃないですか。私、行きたいです。タマラさん、どうか行かせてください。お願いします。」  


 タマラさんは、少し驚いたような顔をして、言った。


「キャロル……あなた、未来のことも考えられるようになったのね……ここに来た時はずっと過去の嫌なことばかり考えているように見えてたけど、そうなのね、未来に希望を持てるようになったのね……」


 こうして私は、来月からショークラブ・スターライトで働くことになった。それに向け、クラブの用意する下宿へ引越すことになった。


「キャロル、嫌になったら辞めても良いからね、いつでも帰ってきて良いのよ。」

「大丈夫ですよタマラさん。クラブが嫌にならなくても、ちゃんと時々帰って来ますよ。」


 私は笑顔でタマラさんに手を振った。


 スターライトでの新しい日々が始まった。毎日15時に出勤し、個人で歌や踊りの練習をしたり、その日に上演予定のショーのリハーサルなどを行う。開店は19時だ。毎時0分からショーを行い、終了後は10分ごとに客の席を回って挨拶をする。そしてまた0分からショーをする、という一連の流れを1クールとして、これを12時の閉店まで繰り返す。客の入り用によっては12時からもう1度ショーを行うこともある。

 ショーの内容は、日替わりとなっている。月水金は「ファースト」と呼ばれるスターライトの看板キャストの単独ショーである。我々下っ端キャストは踊り子かコーラスとして出演する。木曜はファースト以外のキャストがそれぞれ1曲ずつ、お客さんに歌や踊りを披露できる日だ。そして土曜はキャスト全員がそれぞれ単独で舞台に立てる、最も集客力の高い日だ。また、3ヶ月に1回、お客さんにキャストの評価をしてもらう日が設けられている。10点満点でキャスト全員を評価し、そこで1番得点の高かったキャストが来月から3ヶ月間、ファーストとして舞台に立てる仕組みだ。ファーストの下もセカンド、サードとキャストには番手がつけられ、給料もそれによって変化する。ちなみに、火曜と日曜は定休だ。


「ルナ、今日から入ったキャロルだ。面倒を見てやってくれ。」

「よろしくお願いします。」


 私はウィリアムさんに連れられ、ファーストのルナさんに挨拶しに行った。オレンジブラウンのショートヘアがつやつやと美しく、目の大きい綺麗な人だった。


「よろしく。」


 この人は歌の天使だった。お客さんに色を売ることなく、自分の『歌』で人気になった人だった。どこまでも透き通るようなそのハイトーンボイスは、いつも私達をうっとりさせていた。そして私は、ルナさんのように美しい声で歌うキャストになりたいと思うようになった。


「ルナさんは本当にいいですよね。元から声が綺麗で。」


 店に来て9ヶ月ほど経ってから、聞いてみたことがある。


「なんか最近、どんなに頑張ってもダメな気がするんです。次はもっと良くしよう、って思いながら毎日練習してるし、自分でもちょっとずつ良くなっている気がするんですけど、結果として表れないんですよね。なんか、お客さんの拍手とかに変化が見られなくて。先日の評価も、入店当初と全く変わってないですし、どうしたらいいんですかね?」


 ルナさんが、化粧をしていた手を止めて言った。


「まず最初に断っておくと、私の歌声は元からじゃない。努力して手に入れたんだよ。」


 私は驚いた。


「私は晩熟でね、入店して2年間はサード以上になったことがなかったよ。やばいでしょ?」

「え……そうだったんですか……」


 そしてルナさんは私に言った。


「あなたがすごく練習熱心で頑張ってるのは、私も知ってる。練習量は十分あるんだから、あとは結果がついてくるまで、焦らず待っていたらいいと思うよ。」

「でも……」


 ルナさんは少し考えて、こう言ってくれた。


「ひとつアドバイスするならね、もっとキャロル自身の持ち味を伸ばしてみてもいいと思う。」

「持ち味……?」

「キャロルは、ハイトーンを使うような曲を選んでることが多いよね。でも私は、キャロルの持ち味は地声の良さだと思うの。なんだか憂いがあるというか、色っぽいというか、独特の素敵な声を持ってるのよ。だからさ、今度は地声を活かせる音域の曲を選んでみたらどうかな?」


 私は、呆気に取られたような気分になった。


「え?でも……」

「逆に私はね、人よりも高い声で歌うことが得意だって気づいたから、そこを伸ばしたの。ほら、うちは『ショークラブ』でしょ?オペラハウスじゃない。だから、必ずしも声楽みたいな曲を歌う必要は無くて、もっと自由でいいのよ。例えば……私が入った頃にセカンドだった人は、特徴的なハスキーボイスの持ち主でね、『美しい』とは例え難いかもしれないけど、その人のショーはとっても『素敵』だった。ほら、サードのアンナさんもさ、歌より踊りの方が得意だから、歌ってないことも多いでしょ?そんな感じでいいのよ。」


 私は少し、才能の違いを見せつけられたようで複雑な気持ちになった。


「私は、ルナさんみたいになれないってことですか?」

「そういう意味じゃないよ。ただ、選択肢の1つを提案してみただけ。ブランクに陥った時に同じことばっかりしてたら、結果が出るまで抜け出せなくなるからね。今度、ジャズとか歌ってみたら?キャロルなら、とっても魅力的に歌えると思うよ!」


 次の土曜日に向けて、私は勧められたジャズの曲を練習することにした。慣れないジャンルの曲に、最初はこれで本当に良いのか疑心暗鬼だった。でも、練習の段階から他のキャスト達に褒められることが多く、少し自信を取り戻せた。そして臨んだ土曜日、私は今までにない拍手をもらった。この時の感動は他の何にも表現し難いものだった。私はその後も、自分の地声を活かせる曲を歌うことにした。そして、その3ヶ月後のお客さんの評価は、ぐっと良くなった。



「まさかこんなにも早く、セカンドまで来られるとは思ってなかったね。」

「ルナさん……」


 それから何ヶ月か経って、ルナさんに声をかけられた。


「これで私も安心してここを辞められるよ。」

「え?」


 私は耳を疑った。


「私、元々歌手になりたくてこの仕事始めたんだ。普通ならさ、小さい頃から高いレッスン受けて、順調に技術を磨くんだろうけど、うちはそんなに裕福じゃなかったからね。それでここの噂を聞きつけて、オーナーに頭下げて入店したの。実は先日、ABC劇団のコーラスとして入らないか?って声がかかったの。もちろん、行くことにした。私が最初に目指してた歌手ではないけど、今度からは、今よりもっと多くの人に、私の歌を聴いてもらえるの。」

「そうだったんですか!ABCってすごいですね!!」

「うん。ありがたい話だよ。あぁ、今度からの日々が楽しみだな!」


 この時のルナさんの笑顔が印象的だった。すると、ルナさんが姿勢を正して私に向かってこう言った。


「次からのファーストはあんただよ、キャロル。この店を頼むよ。」


 ファースト、という言葉を聞いて、少し怖気付いたが、すぐに私も姿勢を正して、言った。


「はい。お任せください。」




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