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マンボウの生態

作者: 京屋 月々

 女子大を卒業してから、5年間の社会人生活を経て、私はフリーライターとして独立した。

 どんな小さな仕事でも受けるという気持ちのもと頑張っていた。

 若さと根性と、ささやかな愛嬌でどうにか仕事につなげ、なんとか凌ぎ生活していた。

 人に雇われて給料をもらう立場がいかに楽だったかと気付かされた。

 ある時、とある経営者の会にお誘い頂き、不釣り合いとはわかりつつ参加した。

 案の定、私のような、ちっぽけで若い個人事業主はおらず、皆さんがちゃんとした会社の社長の集まりだった。

 食事の席で、ふと誰かが「前世は何ですか?」という他愛もない話題を出した。


「私は、政府の高官でした」

「俺は名のある剣豪だったそうだ!」

「僕は中世の貴族だったそうです」


 誰に何を調べてもらい、何の確証を得て言っているのかわからないけど、大先輩の経営者は余裕の表情で自分の前世を語った。

 話を聞くに、前世占い師とやらに調べてもらったそうだ。


「あなたの前世はなんなの?」


 もちろん調べてもらったことはないけど、答えはあった。


「マンボウ」

「え?」

「マンボウです」


 学生の時だった。

 おっとりとしていて、ぼーっとしている時間が多く、どんな事が起こってもゆったりとしている私を、誰かが「マンボウみたいだな」と言ったことを思い出した。


「マンボウって体中に寄生虫がいるんだぜ? なーんかお前、寄生虫みたいなヤツに弱そうだしな!」

「やめてよ〜〜」


 そんな記憶を元に、それが前世だと伝えた。


「あはは! 人間以外の前世の人は徳が低いんですよ」

「もう少し生まれ変わりを経験しないと徳が上がらないんじゃないですか〜?」

「前世がマンボウなら、あと7回くらい生まれ変わりをしなくちゃ? って?」


 その場にいた全員が爆笑しながら、私を揶揄した。

 私は怒るでもなく、愛想笑いで返した。

 この人達は、雲を掴むような話を確定的に話し、果ては他人を馬鹿にまで出来るのかと、冷めた気持ちになった。

 しかし、自分が理解できないとはいえ、先人の彼らが言う話から学ぶことは重要だ。


 それから私は、出会う人に「前世はなんですか?」と聞くようになった。


「え? 考えたこともなかったです」


 大体の人は面食らい、気まずい空気になる事が多かった。

 あの経営者会のメンバーが、いかに特殊だったという事は早めに気づいた。

 私の質問に冗談で返答する人もいたが、極たまに、真摯に応える人もいた。


「なぜ、それを聞こうと思ったんです?」

「いえ、色んな方に聞いてるんです。興味本位だと考えてください」

「そうですか……。私は、以前、ブドウだったんですよ」


 仏教のとある宗派では、植物や無機物にも輪廻転生があるという考えがあるそうで、その人曰く、30粒の大きなブドウが自分の前世だという。


「誰に調べてもらったわけでもないですが、なんとなくそう思うんです」


 その曖昧な返答は、「前世占い師に調べてもらった」という言葉よりも信憑性を感じた。


「私は、子供の頃、30人もの多重人格者だったんです。自分が一体何者なのか、内なる自分たちとよく悩んでいました。でも、結局私達は一つの茎から生まれたブドウという事を理解し、今は一つの人格でなんとかなっています」


 その話は、私には腑に落ちる話だった。

 私はそれからも、色んな人に同じ質問を重ねた。

 ある時、とある初老の紳士にこの質問をした。


 前世ですか? と初老の男性は少し考え込んだ後に答えた。


「ソファです」


 ……家具か……。


 有機物に限らず、無機物が前世にもなるなら、加工品にも魂が宿るかもしれない。


「前世がソファで何か困ったことはありましたか?」

「いえ、ないですよ。強いていうなら……」


 少し、口ごもらせながら、紳士は言った。


「顔に座ってもらえませんか?」

「え」

「僕はソファだったもので、顔に座ってもらうと落ち着くんです」


 こうですか? と、床に横たわった紳士の顔の上にお尻を下ろした。

 そうですそうです! と紳士は私の尻越しに嬉しそうに答えた。


 私にはこういった、奇妙な前世友達が10人以上いる。

 前世だから仕方ないと言葉巧みに肉体関係に及んだ人もいる。


 私は紳士の顔に腰掛けたまま、ふと思い出していた。


「お前、寄生虫みたいなヤツに弱そうだしな!」

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