表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
9/65

第8話 来訪者

 跋逖ばってきに連れられて、ゆきは道から離れた。

 そこは近くにあった小さな公園の、少ないながらも木々に囲まれた所だった。

 ゆきが跋逖に呼ばれたことに気が付き、朔夜さくやたちも後から付いてきているようだった。

「どうかした?」

 ゆきが声をかけると、跋逖は立ち止まり、すっと顔を上げて視線を促した。

「?」

 跋逖が示した先に、

「!」

 突如ヒズミが現れた。

「夏目!」

 朔夜はヒズミを遮るように、ゆきの前に出た。

 ゆきは朔夜の腕越しにヒズミを見つめる。

 そこから出てきたのは、傷だらけで、体液で蒼く染まった着物を着た、若い女の鬼だった。

 肩まで伸びた漆黒の髪が乱れ、目までかかる前髪の間から、額の中央部にある一本の角が見えた。

 その角がなければ、肌色の手も足も細く、五本指である彼女は人間だと見間違えるほどそっくりだ。

 艶やかな白い肌は、切り刻まれた着物の隙間から蒼い体液と共に見え隠れする。

 頬には、大きく切られた傷があり、体液がまだ流れていた。

「あれ、このこ、鬼人きじんだ」

「きじん?」

 ゆきの横から、のぞみも同じように彼女をうかがっていた。

「うん、鬼と人間の間の子」

「え?」

「ありえなくないらしいよ。妖の世界に行ってしまった人間でも、食べられずに生きていけることもあるみたい」

「たべ……、そうなんだ」

 のぞみの言葉に、ゆきは複雑な思いだ。

『お前は……』

 まともに歩けない彼女は、ヒズミから出てくるとよろめき、見上げた視線の先の跋逖に何か話し掛けていた。

 前髪の隙間から見える瞳は、跋逖と同じ、鬼の目、だった。

 苦痛に耐えきれず倒れこむ彼女を、跋逖が支える。

「彼女、大丈夫なの?」

 ゆきの問いに、のぞみが答える。

「もともと人間の血が混ざってるから、正気を失うことはないと思う。けど、あの傷ではね……。たとえ人間の血が混ざっていても、自力であっちに戻ることはできないだろうし」

「………」

和樹かずき、先行ってて。俺たち後から行くわ」

「ああ。わかった」

 俺たち、に、自分も含むことを理解して、ゆきは朔夜と共にここに残ることにした。

「あ、夏目ちゃん」

 天馬てんまは思い出したように足を止め、戻ってきてゆきにこそっと耳打ちする。

「彼女、跋逖の知り合いかもしれない」

「え?」

「確認したほうが、いいかもよ」

 真面目な瞳が、ゆきを見ていた。

「……わかった。ありがとう」

 うなづいたゆきを見て、天馬はまたすぐに笑顔に戻り、じゃあね、と、のぞみと共に学校へと向かって行った。

「和樹、なんだって?」

 二人を見届けた朔夜が、ゆきに尋ねる。

「うん、彼女、跋逖の知り合いかもって」

「……そうか。和樹が言うなら、そうかもしれないな」

 と、朔夜は何かを考えるように彼女を見た。

 跋逖に支えられた彼女は、苦しそうに呼吸をしている。

 彼女が出てきたヒズミは、自然と消えたようだった。

「とりあえず、木陰に座らせよう」

 朔夜が彼女を支える跋逖に促し、跋逖は近くの樹木に彼女の背を預けた。

「何があったんだろうね、彼女に」

 心配そうに覗くゆきのつぶやきに。

―――何があったかは不明だ。しかし……

 跋逖はおもむろに、目を隠していた布を外した。

 額にある、第三の瞳が縦に開き、目玉がギョロっと左右に動く。

 妖などの気配を探るときに、その目を開けるのだ。

 以前、廻廊に迷い込んだゆきを探すときにも、この目が活躍したのだろう。

 跋逖の隠されていない顔を久しぶりに見るな、と、ゆきはその様子を見守っていた。

「相変わらず、かっこいいのに。布で隠してるなんて、もったいない」

 ゆきのつぶやきが聞えたのか聞えないのか。

 跋逖は静かにまた布をかけた。

 顔の半分が布に隠れてしまう。

―――……いるな。別のモノが。強い妖気を感じる。

「別の?」

―――今は近くない。

「……なら、俺がここに結界を張ろうか?」

 朔夜の問いに、跋逖はうなずいた。

―――この傷だ、動かすのは難しい。それに、時間稼ぎにもなる。吉良きらの結界内なら、簡単に見つからないだろう。

 わかった、と、朔夜は結界を張る為に、紫苑しおんを呼び出していた。

 再びゆきの視線が彼女へと戻った。

 跋逖は、なぜ彼女が来るのがわかったのだろう。

 こんなことは初めてだった。

 ヒズミができる瞬間を見るなんて。

 天馬の言う通り、知り合いだったから助けたかった、のだろうか。

 そんなことをゆきが思っていると。

―――話せるか?

 と、跋逖は跪き、彼女に声をかけていた。

『……うっ』

 苦痛にゆがんだ顔が、ゆっくりと大きな目を開いた。

 跋逖と同じ、薄紫で線状に縦に伸びた瞳孔が黒い瞳だ。

『……人間?』

 ゆきの姿が目に入ったのか、彼女はその身を後退させる。

 彼女はゆきの姿を見、驚いていたが、近くに居る跋逖を見て動きを止めた。

『……あの時の?』

 跋逖は彼女の言葉をさえぎるように、尋ねた。

―――その怪我は?

『………』

 彼女は自分の頬に手を触れ、顔をゆがめた。

 白い手に、蒼い体液が付いた。

『傷が、治らない……?』

―――ここはわれらの世界ではない。契約を交わしていないお前の傷は治らない。

『ここは、人間の世界? なら、奴らは……。妹たちは……っ!』

 状況を整理しながら、ハッと見上げた瞳に、ゆきと跋逖が映る。

『妹たちと一緒に逃げてきたはず』

 姿の見えない妹たちを思い、彼女の顔が悲痛にゆがむ。

「……残念だけど、ここにはあなたしか居ない」

―――廻廊にも姿は見えない。こちらにも気配はない。おそらく、妹たちは来ていない。

『……そんな』

「戻るにも、来てしまった以上、このままでは戻れないんだよね」

 ゆきの問いに、跋逖は目をそらす。

 そんな様子に、ゆきは苦笑した。

 そして、彼女を見る。

「どうする?」

『……どうって?』

 戸惑う彼女は、混乱しているようだ。

―――こちらの世界に来た私たちの末路は、お前も知っているだろう。

『……ああ、そうだった』

 落ち着いた彼女は、跋逖の言葉に納得したようにうつむいた。

『適応できずに、悪鬼になり果てる』

「……だよね。跋逖、彼女を助ける方法は?」

―――……それは。

 跋逖は言いにくそうに言葉を噤んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ