第7話 同級生
目を覚ましたゆきの瞳に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。
しかし、吉良の家だとすぐ理解した。
二回目だ。
腕には見覚えがない包帯が巻かれている。けがの手当てをしてもらったのだとわかる。
ゆっくりと身を起こしたゆきの視界に、部屋の隅で控える跋逖の姿が見えた。
「跋逖? なんでそんな隅にいるの?」
ゆきが目覚めてホッとすると同時に、跋逖は顔を歪ませる。
―――……ここ数日、ゆきを守れず、不甲斐ない自分を反省している。
「………」
思いがけない言葉に、ゆきは目を丸くした。
「はは、そんなことで」
笑うゆきに、跋逖は複雑に、怒る。
―――そんなことではない。主を守れないのは、死活問題だ。
確かに、血の契約を交わした人間が妖に起因した死を迎えた時、同様に契約を交わした妖も消滅する。跋逖の言う、死活問題とはこのことだ。
しかし、跋逖の想いにはその死活問題以上に、温かい感情が含まれている。
ゆきを護る役目を朔夜に奪われ、不満のようだ。
「……私はてっきり、景康さんが戻ったから、私のことなんか相手してくれないんだと思った」
微笑むゆきに、跋逖は心外だと、嫌そうな顔をした。
―――今の主はゆきだ。主様は関係ない。
「でも、跋逖にとって、景康さんが大切な人であったことはよくわかった」
―――……そうか。
「うん。景康さんが、これから私を助けてくれるって言ってる。だから、私も強くなりたいと思う」
力強く言うゆきは、どこか吹っ切れたようにも見える。
―――……吉良の者は頼りになる。鵺さまもその力を認めている故、ゆきの見守りに吉良の者を指名したのだろう。あの当主の言う通り、これからも吉良の者と行動を共にしたらいい。
「……うん。そうだね」
―――もともと、祓い人は二人組が通常。一人増えても異存はないだろう……
「二人?」
跋逖が何かに気が付いて、話すのをやめたのを見て、ゆきは部屋の入り口を見た。
「あ、紫苑」
紫苑が部屋の様子を伺っているのを見つけて、ゆきは紫苑を呼んだ。
甘えてくる紫苑をゆきは嬉しそうに撫でる。
―――……ここの主が様子をうかがいによこしたのだろう。
「主……? あ、あの黒い着物の」
―――吉良の現当主。彼、吉良 朔夜の母親だろう。
「お母さん、か……」
と、ゆきは布団から抜け出し、立ち上がる。
「吉良くんがいるところに連れて行ってくれる?」
横に立つ紫苑の首元をわしわしして、ゆきは歩き出した。
紫苑に案内されて、ゆきは大きな広間に出た。
そこには、あの女の人と、朔夜が座っている。
「ああ、ゆきさん、今回の件、ご苦労様でした」
ゆきが朔夜の隣に座ったのを見て、黒い着物の女性、朔夜の母がゆきを見て微笑んだ。
「いえ、私は吉良くんに助けてもらっただけで……」
「それが、朔夜の役目ですので。いままで解決に至らなかったひとつの問題が終わりました。これも、あなたの力です。今日は、こちらから登校してくださいね。荷物は跋逖に持ってきてもらっています」
にっこりと微笑んだ顔を見て、ゆきは小さく声をあげた。
「今、朝……? え? 月曜日?」
朔夜を見上げたゆきに、制服姿の朔夜はうなづいた。
どうやらゆきは、丸一日眠っていたようだった。
* * * * * * * *
「朔夜、おっはよー」
朔夜とゆきが並んで登校していると。
後ろから、朔夜めがけて抱きついてきた男子生徒がいた。
同じ制服を着たロン毛で茶髪の彼は、隣のゆきの姿を確認すると、白い歯をのぞかせて、にっと笑った。
「夏目ちゃん、おはよ」
「おはよ、天馬くん。……てんま?」
自分の顔を見てフリーズしたゆきに、彼は嬉しそうに笑う。
「ようこそ~、こちらの世界へ」
「……てんまくんって、え、あの天馬?」
驚くゆきに、天馬はニコニコしている。
「天馬 和樹。祓い屋一門、天馬第三分家の長男でーす」
「……同じクラスに二人も。天馬くんも知ってたんだ」
「まぁね。朔夜は夏目ちゃんと接点持つの禁じられてたけど、俺は別に何も言われてなかったから、お近づきになってても良かったんだけどね~」
ちらっと天馬は朔夜を見たが、すぐにゆきに視線を戻し、にかっと歯を見せて笑う。
「ゆきちゃんと跋逖はこっちの世界では有名人」
「………」
はは、と、笑いが引き攣るゆき。
「お前、いい加減離れろよ。重いぞ」
朔夜は天馬を自分の首から引っぺがした。
「鵺様からお許しが出たんだな」
朔夜から離れつつ、天馬は嬉しそうに朔夜の背中を叩いている。
「………」
朔夜は迷惑そうだ。
「なー、お前夏目ちゃんにごっ」
ゴツン!
と、大きな音がして、天馬の上に鞄が振り落とされていた。
驚く朔夜とゆきの前に現れたのは、
「相変わらず、無神経なヤツ!」
鞄の持ち主で、仁王立ちしている同じ制服を着た女子だった。
「でも、これでやっと、お話しできるね、夏目さん」
くるっとゆきを見た彼女に、ゆきも微笑んだ。
もう、これで三人目だ。
「……高野さん、おはよう」
ふわふわした茶色がかった髪を揺らすその顔に、さすがにゆきももう慣れてきた。
「同じクラスの、高野 のぞみです。う~、私は知ってたけど、夏目さんは知らないから、も~、ずうっと話したくてむずむずしてたの~~~」
ゆきの両手を握りしめて、のぞみはぶるっと身震いした。
「高野さんも、祓い人なの?」
「ん? 私? 違うよ」
ゆきの質問に、のぞみはあっさりと否定した。
「ただ、鴻野家の遠縁の家系でね。ヒズミと妖は見えるし、この世界のことは理解してるよ」
「そー、のぞみは俺の許嫁」
「なっ!」
ぶたれた頭を抑えたまま、天馬が横やりを入れた言葉に、のぞみの顔が真っ赤になった。
「私はまだ認めてないわよ」
「そんなこと言って、ずっと俺にくっついてきてんじゃん。早く嫁になっちゃえば、たかのぞみなんて名前じゃなくなるのによー」
口を尖らせる天馬に、耳まで赤くなったのぞみはムキになって言い返した。
「たかののぞみです!」
二人で言い合う姿を見て。
そうなの?
と、ゆきは朔夜を見た。
朔夜はあきれたようにただうなずく。
「それに!」
声を上げるのぞみが、朔夜を指さし、叫んだ。
「朔夜くんが夏目さんにつきっきりだったから、仕方なく天馬に力貸してただけじゃない!」
「………」
とばっちりを受けた朔夜は、困ったよう目を閉じた。
「お前らなぁ……」
ヒートアップしてきた二人に、朔夜は冷たい視線を送る。
「朔夜ものぞみも、素直になったらいいんだよ」
と、天馬はのぞみから隠れるように朔夜の後ろにまわる。
「俺を巻き込むなよ」
あきれる朔夜に。
「だってお前」
と言いかけた天馬の頭上に、再びのぞみの鞄が落ちる。
朔夜を巻き込んで天馬とのぞみの言い合いを、ゆきは見守るしかできなかった。
その時。
―――ゆき、いいか。
スッと跋逖がゆきの横に現れた。