表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻影廻廊  作者: 秋月
第2部
54/65

第10話

第10話 来訪者


「宝城さん!」


 紅い炎がうねりを上げて辺りを覆いつくす中央に、先ほどとは装いが違う宝城の姿を見つけ、ゆきは声を上げた。

 上空を見上げたまま立ちすくんでいるように見えたが、彼女の気配はハッキリ宝城だと認識できた。

 近づいた先の炎に違和感を感じて、ゆきは声をもらす。

「……炎が、熱くない?」

 ゆきの隣に、追いかけてきた朔夜が立ち止まった。

「妖の炎だから、人間には害はない」

 と、朔夜は前方の宝城を見る。

「……四霊、か。夏目がいなかったら、これは引くな」

 朔夜の強張る表情から小さな声がこぼれた。そんな朔夜を、ゆきは見上げる。

「?」

 ゆきの視線に気が付いて、朔夜は。

「正確に言えば、人間界側では影響はない」

 と、補足した。

 宝城は近くまで来ていたゆき達に気が付いて、警戒を解く。

 炎が消え去り、紅い旗袍(チーパオ)姿の宝城がゆきの目に映る。

「……美人さんだ」

「……」

 見とれているらしいゆきを見て、朔夜は苦笑する。

「妖の気配がしましたが?」

 こちらへ歩いてくる宝城に、朔夜は声をかけた。

「何かあったのですか?!」

 と、ゆきも慌てて朔夜に続き質問をした。

「……妖の気配で、ここに来たのか?」

 驚いたように問う宝城に、二人は頷く。

「そうか……、結界でも張ればよかったな」

 考え込むようにつぶやいた後、宝城はハッと驚いたようにゆきの後ろにいる(たすく)を見た。

「……鬼人(きじん)が」

「え?」

「……お前の、片割れか」

―――結憐(ゆうれん)のことですか!?

 驚き叫ぶ介に、宝城はため息をつく。

「ああ、そう呼ばれていたな。私たちは人間には手が出せない。人間の血が半分入った鬼人も同様、気配が読めん」

「……宝城さん?」

「ちょっと、厄介だな」

 爪を噛む宝城に、

「天馬哲也は?」

 と、朔夜が尋ねた。

 宝城は素っ気なく答える。

「いや、人間は居なかった。あの、胸糞悪い妖だけだ」

「……」

 悪態をつく宝城に苦笑しつつ、ゆきはホッとする。

「もしかして、このために来ました?」

「……」

 宝城は見上げるゆきの頭を撫でて。

景康(かげやす)のパーティーではなかったのか? 抜け出してきたのか?」

 と、問う。その身体が、すでに人間の姿に戻っていた。

「……ゆきです」

「ん?」

「夏目 ゆきが、私の名前です。ゆきって呼んでください。知らない人の前で、景康さんの名前で呼ばれるのはちょっと、恥ずかしいです」

「ああ……、男の名前だったな。ゆき、か」

 宝城の目が細くなる。

「はい!」

「わかった、気を付けよう」

 そう笑った宝城を見て、ゆきは思う。

 景康さんと宝城さんって、似てるかも……?

「……戻るか?」

「あ、はい」

 ゆきの返事を聞いて、宝城は来た道を戻る。

 ゆきは、後ろを振り返り、介を見た。

「行っていいよ」

―――ありがとうございます。

 介はゆきに礼を述べると、その場から姿を消した。

「……」

 ゆきは介を見送るように、空を見上げる。

「結憐か?」

「うん。少しでも、手掛かりが残ってるといいんだけど」

「……ああ、宝城さんが夏目の頭を撫でたくなる気持ちがわかる」

「え?」

 ゆきは驚いて朔夜を見上げた。

「きっと、大丈夫だよ。行こう」

 と、朔夜はふっと表情を緩めると、ゆきの手を引いて旅館へと戻って行った。


 翌日、ゆき達は大貫と相馬と別れ、祐樹と共に帰路につく。


 それから。


 しばらくして。


 宝城も副担として赴任し、


 進級してからの新しい生活にも慣れてきた頃。


「香港から来ました、李菲(リ―フェイ)と言いまーぁす。よろしくお願いしまーぁす」


 転入生が来た。

 流暢な日本語を発し、ツインテールの髪を揺らしながら、その転入生はにっこり笑顔を振りまいた。

 短いスカートから長い足が伸びて、かわいいとも美人ともいえる顔立ちの転入生に、教室がざわついていた。

 こんな中途半端な時期に? 

 とは、このクラスの誰もが思った頃だろう。

 一部を除いて……。

「……」

 ゆきは転入生をジッと見ていた。

 大貫の言葉を思い出したし、彦が担任であるこのクラスに転入してくるということは、祓い人なのだろうと、直感した。

 そしてそれは、天馬を見て確信へと変わる。

 無表情の彼が、顔をひくひくと引き攣らせていた。

 知り合いだろうか? と思うが、朔夜とのぞみには面識がないようだ。

 一限の授業後、待ちきれなかったように李菲が、


「和樹ー! 久しぶりだね」


 と、天馬の首に抱きついた。

「……」

 しかし、当の天馬はとても冷ややかな対応をする。

「お前、相変わらずだな」

 呆れたため息と共に言葉が漏れた。

「天馬くんの知り合いなの?」

 ゆきの問いに、天馬の代わりに李菲が答える。

「私が小さいころ、天馬家でお世話になったことがあってーぇ。一緒に暮してたのーぉ。楽しい思い出でーぇす」

 と、ニコニコと語り始めたが、天馬は強く否定する。

「俺は、楽しくなかった。苦痛だった……」

 顔が青ざめてげっそりする天馬に、李菲はにかっと笑う。

「そーお? 私は楽しい毎日だったよ」

「って、もうさ、いい加減離れてくんない」

 ササっと手を払いながら、天馬は李菲を自分から引き離す。

「男にくっつかれてても、嬉しくないし」

「え?」

「あ」

 天馬の言葉に、ゆきとのぞみは驚き、朔夜は思い出した様子でそれぞれ声を上げる。

「えー! ここでバラすのー? ひどくなーいー?」

 李菲は不満げに声を荒上げた。

「……黙って反応楽しんでるだけだろ? こうゆうのは早いのがいいの」

 面倒ごとは嫌だと言わんばかりに、天馬は露骨に李菲を遠ざける。

「まあ、女の子の方が世界は優しいからね」

 ふんっと鼻息をもらす李菲に、

「それ、偏見。でもって、この話し方が地」

 と、呆れた顔をゆき達に見せる。

「ったく、和樹はいっつも空気が読めないんだからな。驚く顔がみたいに決まってるだろ」

 李菲と天馬の文句の言い合いが始まったのを眺めていたゆきだったが。

「……っ」

 急に校庭が見える窓を振り返り見た。

「夏目?」

 不思議に思って声を上げた朔夜も、何かに気が付いたようだった。

「……?」

 もちろん、天馬も李菲も同じだった。

「……日本に来て早々に、ラッキー♪」

 李菲は嬉しそうに声を上げると、足早に教室を出て行く。

―――ゆき。

 名を呼ぶ声がして、ゆきは静かに尋ねる。この気配は……。

「……景康さんの?」

―――……多分。

 跋逖(ばってき)の答えを聞いて、ゆきも李菲を追いかける。

 続いて、朔夜も教室を後にした。

「お? お前たち、もう授業の時間だぞっ!」

 入れ違いに教室に入ろうとしていた彦が慌ててゆき達に声をかけるが、誰も振り返らなかった。

「おーい……」

 呆れる彦に、隣にいた宝城が声を掛けた。

「私が行って来よう」

「え? ……ああ、そうですね。よろしくお願いします」

 宝城に答えた彦だったが、思い出したように宝城の腕を取る。

「って! ココで消えちゃ駄目ですよ!」

「……わかっている。あっちの角を曲がってからにする」

「え! ちょっと!」

 羽織っている白衣を翻し、今度は反対方向に去って行く宝城の後姿を彦は呆然と見送っていた。

「……あんたは、いかなくていいの?」

 動こうとしない天馬に、のぞみが冷ややかに尋ねる。

「……三人も行けば、充分じゃない? あの先生も行ったみたいだし」

 興味なさそうに呟く天馬に、のぞみは呆れる。

「……あんた、天馬の当主でしょ?」

 ジト―と向けられる視線に、天馬は嫌そうにその顔をゆがめた。

「……」

「そんなにあの転入生と関わりたくないの? もう、早めに諦めたら?」

「う……」

「ここまで来たら、逃げられないわよ? ほら! 行くわよ! 逸闘(いっと)! 手伝いなさい!」

 のぞみと、のぞみに呼ばれて出てきた天馬の従者、逸闘に、

「えー、ヤダよー。あいつらだけで充分だってばー」

 と、天馬は引きずられるようにして教室から連れ出されていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ