第8話
第8話 同行者
ヒズミが消えたその後は、静寂に包まれた。
「……」
ホッとして、ゆきが力を緩める。
緊張が解かれたゆきは、フラフラと力尽きるように倒れそうになっていた。
そんなゆきを朔夜がすぐさま支える。
ゆきを包んでいた淡い赤い光も、刀と共に消えていた。
「ごめん、朔夜くん。……疲れちゃった」
ゆきは朔夜の腕に納まったことに安堵し、そのまま気を失う。
遅れること数分、跋逖が朔夜の近くに姿を現した。
「……ヒズミは?」
朔夜の問いに、跋逖は頷く。
―――問題ない。妖側のヒズミも閉じられた。
「そうか。……天馬哲也を追う余裕はないな」
―――……急がなくても、時は来る。
落胆する朔夜に、跋逖は淡々とした返事をする。
そして。
―――ゆきは私が部屋に運ぼう。
と、朔夜からゆきを引き取ると、その姿を消した。
翌日。
「……」
ロビーで朔夜がすでに待っていた。
「……大丈夫か?」
ゆきが来たのに気が付いて、朔夜が先に声をかける。
「うん、昨日はありがとう。……だいぶ、待った?」
「……いや、別に」
朔夜は立ち上がると、フロントに足を向ける。
ゆきも慌てて、後を追った。
フロントでは、わざわざ女将が呼び出され、朔夜の相手をしていた。
旅館の女将は、朔夜に封筒を手渡す。
「吉良様にお渡しするように、とのことでしたので。あと、駅までお送りいたします。いま、車を回しますので、お待ちください」
すべて手配済み、と言わんばかりの女将の対応に、朔夜もゆきも苦笑いする。
「……大貫さんかな?」
「だろうな」
「中身は? 何?」
ゆきに促されて、朔夜は封筒の中身を確認する。
「電車の切符だ。……しかも、四枚」
「え?」
朔夜が取り出した切符が、確かに四枚だった。
「……相馬さんの分も入ってる?」
ゆき達と一緒に行くことを決めた相馬理人は、契約者である燕燕と共に、旅館の外で待っている。
驚くゆきに、朔夜はため息を付いた。
「相馬さんと会うことは、鵺様の預言通りだったってことだな」
「じゃあ、残りの一枚は?」
「……」
「……」
ゆきは固まってしまった朔夜に苦笑する。
「これから会うのかもしれないね」
その、ゆきの言葉通りになったのは、
旅館の車で駅まで送ってもらい、三人が駅のロータリーから車を見送っていた時だった。
ゆきたちの元に、聞きなれない声が届く。
「景康っ!」
「え?」
「ああ、やっぱり景康だ!」
急に名を呼ばれて、ゆきが振り返った途端、誰かに抱きしめられていた。
「あのー、どちら様ですか?」
腕の中で見上げるゆきに、その女性は興奮したように答える。
ポニーテールが良く似合う、背の高い美人だった。
「私は、蓬だ。こっちでの名は、宝城 葵と言う名をもらった」
「え?」
驚くゆきを、朔夜が彼女から引き離した。
「初対面で、失礼じゃありませんか?」
と、怒っているようだ。
「おー、お前が吉良か。うん、景康のパートナーとしては、まずまずの能力だな」
彼女は朔夜を上から下まで何回も眺め、頷く。
「まあ、許容範囲だ。けど、私は男は好まん」
「な!」
「お! 怒ったのか?」
背の高い朔夜とほぼ同じ身長の彼女は、豪快に笑っている。
そんな彼女に、ゆきは問う。
「四霊の鳳凰?」
ゆきの言葉に、彼女は二ッと笑った。
「白檀に、ここで待っていたらお前たちに会えると聞いたんでな」
「会えるって、学校に赴任してくるんでしょ? もう少しで」
「そうそう。あの、花岡 唯って女にも興味があってな。久々に人間界に来るんで、楽しいところにしないとな」
「……景康さんと、四霊の皆さんとの関係って、何ですか?」
ゆきの問いに、宝城の顔が真顔になった。
自分を見上げるゆきを、覗き込むように見下ろす。
「……。お前、景康としての幼少の記憶は、ないのだろう?」
「はい。白檀さんの記憶も、ない」
ゆきの答えに、宝城は軽く息をもらす。
「……鵺の都合が悪いところは、省かれてるんだろう」
「え?」
「まあ、そのうちにな」
宝城はゆきにあいまいに答え、
「先を急いでるんだろ? これからどこに行くんだ? 私も同行しよう」
と、促した。
「……どうしてあなたが?」
「……」
朔夜の怪訝な瞳を向けられて、宝城はニヤッと笑う。
「ん? 悪いな、吉良。邪魔をする気はない」
「なにをっ!」
朔夜は顔を赤らめて声を上げた。
「……?」
「お前たちそれぞれの知り合いに頼まれただけだ」
「え?」
「心配するな、他意はない。鵺も理解してるんだろ?」
宝城は朔夜をからかうのをやめたが、同行する理由を明かすつもりはないようだ。
「……切符は四枚ある」
面白くなさそうに、朔夜は返答していた。
と、言うことで。
蓬こと宝城 葵は、ゆきと朔夜、相馬の三人と一緒に電車に乗り、祐樹が依頼してきたホテルへ向かう事になった。
「……四枚目の切符」
「ああ……」
朔夜はため息をこぼすように息を吐く。
「……この人の分だな」
向かい合う座席の後ろで、ゆき達とは背中合わせに宝城は座っている。
相馬は、ゆき達と反対側の座席に座り、相馬の太ももに伏せて寝る燕燕の頭を撫でていた。
ゆきの横で、朔夜がこそっと声を潜めて尋ねる。
「四霊って、この前保健室にいた人も一人だよな?」
「うん。応龍の懿さんね。蓬さんは鳳凰だから、後、麒麟と霊亀だって、この前教えてもらったよ。四人とも景康さんの知り合いみたいなんだけど、私の記憶にはないし、跋逖も四霊の皆さんとの関わりは知らないって言ってた。跋逖が景康さんと契約したときにはもう、四霊の皆さんとの関係は出来上がった後みたいだったよ」
―――しかも、なぜか主様は四霊から好かれている。
「跋逖!」
前の座席に、跋逖が姿を現した。
「……昨日の人、見つかった?」
―――いや……。
跋逖は今朝早く、昨日電車で見た結界内にいた青年の気配を探りに行っていた。
歯切れの悪い跋逖を、ゆきは不思議に見つめる。
「あの気配に、心当たりでもあるの?」
―――いや、そうではない。
「……」
何か隠してるなと思いつつ、ゆきは無理に追求しなかった。
それ以上に。
電車に興味を示す跋逖の様子が面白かった。
跋逖はゆきの前に座ると、電車の窓から流れる景色を眺めているようだ。
「なんだ、跋逖も来たのか」
宝城は跋逖に気が付いて、座席の上から顔を覗かせる。
―――蓬殿、久しぶりです。相変わらずだな。
と、跋逖はゆきの頭上に現れた宝城を見上げる。
「ふふ。跋逖も、幾分大人になったかな」
片手に頬杖をついた蓬が、面白そうに笑った。
―――今回は、白檀殿に言われて参ったのですか?
「……まあね。気になることがあるらしい。鵺の件もあるしな。事情を理解しているモノが一人でも多い方がいいだろう」
―――……理解した。
跋逖は静かに頷くと、それ以上声を上げることはなかった。
二人の会話についていけないゆきと朔夜は、なんとなく口を挟んはいけない雰囲気にお互い黙っていた。