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幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
4/65

第3話 鵺


―――…………。


 薄暗い空間に、跋逖(ばってき)は姿を現した。

 ろうそくの炎が揺れるたび、空間が揺らぐ。

 ここは、今も昔も変わらない。

 その部屋の(あるじ)が、声をかけた。


「跋逖、久しぶりだな」


 その、少女とも少年とも言えない声に、


 スッ


 と、跋逖はひざまずく。


―――(ぬえ)さま、お久しぶりでございます。


 ろうそくの淡い光の中に、

 ゆっくりとその姿を現したのは、

 黒い巫女の着物に身を包み、長い長い髪が後ろでひとつに結われた、年齢不詳の娘の姿だった。

 鋭い瞳が、切りそろえられた前髪の下で光る。

 その瞳が、跋逖の右後方を捉えた。

 跋逖も、その気配に気が付いた。

 そこに居た何かがうなずき、部屋の外へ消えていく。

 その後ろ姿らしき陰を、跋逖は見送った。

 それが去ったのを確認して、鵺が再び声を上げる。

「ずいぶんと待ったぞ、跋逖」

 その声に、跋逖は顔を上げることができない。

―――廻廊に……。先ほど、廻廊に吉良(きら)の者がいたのは偶然でしょうか?

 ひとつの疑問を、跋逖は鵺に問いかけた。

「偶然? が、あると思うのか?」

 わかりきったことを、と、鵺は笑う。

「妖は、自然とあの者のもとに集まる」

 細められたその瞳は、変わらず鋭く跋逖を捉えている。

「十年、か。あの者を匿かくまって……。跋逖、そろそろ一人で背負うには限界であろう」

 鵺は跋逖に背を向ける。

 その背中に、跋逖は小さくうなずく。

―――ただ……主様(ぬしさま)は普通に暮らしてみたいと、ずっと仰せでした。

 跋逖の脳裏に、景康(かげやす)の声が蘇った。


『跋逖、いつか私は、普通の人間として静かに暮してみたい。たとえ、今生では叶わぬとしても……』


 その声は、今も鮮明に跋逖の胸に突き刺さる。

―――だから私は……。

 跋逖はこぶしを握りしめた。

 そんな跋逖に、鵺は微笑んだ。

「跋逖は景康に忠実だったな」

 しかし、それはほんの一時で、再び跋逖に冷ややかな視線が投げかけられた。

「……あの者が、景康の力を受け継ぐものだと、いつ気が付いた?」

 威圧する鵺の視線を受け、跋逖は顔を強張らせた。

―――……出会った時から。主様の匂いがしました。

 素直に答えた跋逖に、鵺は小さなため息を漏らした。

「そうか。なら、あの者が()()()()()にとってどれほどの存在か、お主もよくわかっていよう」

―――………。

 跋逖はずっと、顔を上げることすらできずにいた。

 鵺の姿を見ることはなかったが、鵺の言わんとしていることを、跋逖は理解している。

 初めから、わかっていた。

 再び人間界に来てしまったあの時から……。


―――鵺さまの、………仰せのままに。




 * * * * * * * *



「……行っちゃった」


 跋逖(ばってき)が姿を消したのを見送って、ゆきは朔夜(さくや)にたずねた。

「鵺様って? 跋逖も知ってる人なの?」

「……皇居の敷地内にある地下に囲われている、代々天皇家に生まれる預言者だ。廻廊の護り人でもある」

「―――――」

 呆然とするゆきの顔を、朔夜は覗き込むように見た。

「大丈夫か?」

「―――うん、多分」

 目をぱちぱちしながら、ゆきは戸惑いつぶやいている。

「今、なんかサラっと吉良くん言ったけど、え? 皇居? えぇ? 地下? 天皇家? 預言者? 護り人? ???」

 思いもよらない単語の数々に、ゆきはため息をついた。

「まだまだ、教えてもらうことがいっぱいありそうね」

「跋逖は夏目を守るために、特に鵺様は遠ざけたいだろうからな」

「……みたいだね。でも、もう、関係ないなんて言えないね」

 どこかさみしそうに、ゆきはつぶやく。

「……鵺様は、昔のことも、これからのことも、すべてを把握しておられるお方だ。この行く先が最善の道であるよう、俺たちを導いてくれている」

「跋逖は、もうずいぶん昔の鵺様と知り合いってこと? 名前が同じとか?」

「跋逖が会っていた当時の鵺様はもういないけど、聞くに、記憶が受け継がれるらしい。姿も声も、何一つ違わぬとか」

 そんなことありえるの? と、再びゆきの頭にはてなが埋まる。

「そもそも、なんで地下に?」

「光を浴びると、能力を失うらしい」

「……囚われのお姫様、みたいね」

 ゆきは昔、読んだことがある漫画を思い出した。

 美しい女性の姿が脳裏に浮かぶ。

「まぁ、確かに美女だな」

「………」

 はぁ、と息をつくゆきに、朔夜は笑う。

「やきもちか?」

「え?」

「夏目一人残して、跋逖は鵺様の所に迷わずすっ飛んで行った。いい気はしないんじゃないのか?」

「………」

 朔夜に言われて、ゆきは力なく笑う。

 図星だと、思ったからだ。

「子どもだと思われてても仕方がないね。思えば、廻廊にいた時間といい、今といい、跋逖とこんなに長い時間離れてるのは、初めてかもしれない。……ちょっと、心細いのは確かかも」

「……それは、俺が嫉妬しそうだな」

「え?」

 空を仰ぎながらこぼれた朔夜の声が、ゆきにはよく聞えなかった。

「こんなところで待ってても仕方ないから、うち、来るか?」

「吉良くんの家?」

「あぁ、紹介するよ」

 そう笑って、朔夜はゆきを見る。

「何を?」

 唐突な申し出に、ゆきは不思議そうな顔をした。

「跋逖以外の妖に会っておくのも、これから先の、夏目の為にもなるかと思う」

「跋逖以外……。あ! 吉良くんの? うん、会ってみたい!」

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