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幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
32/65

第31話 詰問

綿貫(わたぬき)さん、跋逖(ばってき)はいつ返してもらえますか?」

 屋上から去ろうとしていた綿貫に、ゆきは強く尋ねた。

「………」

 必死で睨むゆきに、綿貫は無表情に答える。

「跋逖殿は、(ぬえ)様を手伝っておいでです」

「……え?」

「そのうち、戻られるかと。それまで、待っていたらどうですか?」

「………」

 グッと拳を握って、ゆきは叫び出したい気持ちを押さえた。

 綿貫は、そんなゆきを一瞥し、何事もなかったかのように去って行く。

「なに、あれ。感じ悪い」

 のぞみが眉をひそめて綿貫の背中を見送る。

「夏目……」

 心配そうに、朔夜が声をかけるが、

「鵺様の手伝いって、なんだろう」

 ゆきは綿貫が去った後も、そこから動けなかった。

「……きっと、跋逖にしか任せられないことがあるんだよ。心配ない」

「………」

 祓い人たちは、幼い時から鵺が絶対的存在であることを刷り込まれている。

 それがわかっているから、ゆきは言えない。

「……私、鵺様苦手だ」

 と、ゆきは誰にも聞えないように、綿貫が去っていた空間の見つめて呟いていた。

「そういえば、第二分家が排除されたって?」

 朔夜は振り向いて天馬を見る。

「昨日、和樹たち行ったんだろ?」

「……あ、ああ」

 茫然としていた天馬は、朔夜に話し掛けられて我に返ったように朔夜を見た。

「何があった?」

 鴻野もさすがに気になった様子だ。

「悲惨だったよ」

 惨状を思い出し、天馬は首を横に振る。

「見られたもんじゃなかった。……皆、居なくなって、残されてたのは、屋敷中に飛び散った血だけだった」

「え?」

「………」

「血まみれ……、多分、全員無事じゃない」

「………」

「本家が没滅ってのも?」

「……きっと、第二分家と同じ状況」

 天馬は俯き、呟いていた。

「……映画館の。白檀が、映画館に現れた妖が、祓い人の血を浴びてるって言ってたな。もしかして、その件と関係があるのか?」

 と、朔夜は疑問を投げかける。

「君主、天馬哲也だったしね」

 ゆきは静かに声を落とし、答えた。

「君主?」

 鴻野がいぶかしそうにゆきの言葉を繰り返す。

「妖世界で、人間を妖に提供してた人物が、君主って呼ばれてた。映画館の時も、妖世界に飛ばされた時も、妖が言ったのを聞いてる。君主に祓い人と番人には()()関わるな。まだってことは、そうじゃない時が来る」

「………」

「全部、天馬哲也につながってる」

 ゆきの瞳が遠くを見る。

 なんだか妙な胸騒ぎを押さえることができないでいた。

「………」

「厄介だな。妖と違って、人間に手をかけることは今までにない。……俺たちに、できるかどうか」

 鴻野の声が、屋上に静かに響いた。

「第二分家と本家には、祓い人は何人いた?」

「第二分家は五人、本家は天馬哲也をのぞいて三人」

 天馬の答えに、みんな重い気持ちになる。

「映画館にいた奴を省いても、可能性として、祓い人の血を浴びた妖は七人はいる」

「……なかなか、キツイな」



 * * * * * * * * * * *



「あなたが吉良景康(きら かげやす)の継承者ね」


 放課後、ゆきとのぞみが校門に差し掛かった時、行く手を阻むように、一人の女の子が立ちはだかった。

 中等部の制服の彼女は、ボブの髪を揺らしながら、ゆきを睨みつけている。

 横には、四つん這いになった大きな熊が見える。

 どうやらそれは、式のようだった。

「あなたは?」

 のぞみもゆきも、突然のことに呆然としている。

 しかし、彼女は名乗るつもりはないようだ。

海棠(かいどう)

 彼女は式の名を呼ぶと、式の熊はその大きな体からは想像もできない速さでゆきに向かってきた。

「!」

 このままではゆきものぞみも危ないと思った瞬間。

 短めで細身の剣を両手にそれぞれ持ち、熊の牙と爪を受け止めた(たすく)が二人の目に現れた。


『このような人目の多い場所で、同じ祓い人を襲うとは、どういう了見か』


 と、額を覆う布の下の鬼の瞳が、彼女を鋭く睨んだ。

 布にかかった黒い前髪が、わずかに揺れる。

「な!」

 彼女は顔を赤らめて叫ぶ

「なんなのよ、あんた! 私は吉良景康に用があるのよ!」

『跋逖さんがいない今、主様は俺が守る』

 介は式の熊を突き飛ばすと、ゆきとのぞみの前に立ち、彼女を冷たく見下ろす。

「……あの時の鬼人(きじん)くん、の成長が目覚ましいんですけど」

 驚嘆するように、のぞみは介を見て呟いた。

 そのとき、

 後方から大きな声が上がった。


「すず!」


 名前を呼ばれて、目の前の彼女の肩が揺れる。

「……貴志くん」

 恐る恐る彼女が向けた視線の先に、鴻野 貴志が立っていた。

 遅れて、朔夜と天馬も姿を現す。

「あれ? すずちゃんじゃん。あ、もしかして、中等部の交流生だったりする?」

 天馬が親しげに話し掛けるのを見て、彼女も関係者だと理解する。

「鴻野 すず。貴志の従妹だよ」

 と、朔夜が二人に説明してくれた。

「ああ、そうか。もう、中学生になったんだ」

 のぞみも、思い出したように声を上げる。

「妹みたいなもんだ」

 と、貴志も告げた。

「………」

 妹、と言われて怒ったのか、彼女、すずはゆきを不機嫌に睨みつけると。

「なんで吉良景康の継承者が女なのよ!」

 と、ゆきに向かって叫んでいた。

「………」

 唖然とするゆきだったが、周りは。

「ああ、そういえばそうだね」

「女になりたかったのかな」

 と、天馬ものぞみも首をかしげていた。

 その様子に、ゆきは初めて景康が男として見られていたことに気が付く。

「……もしかして、みんな景康さんは男性だと思ってるの?」

「え?」

 一斉にゆきはみんなの視線を受けた。

「……景康さん、女の人だよ」

「え―……?」

「昔は、女性差別がひどかったから、祓い人として働く上で、祓い屋の女性はみんな男性名義を持ってたはず……なんだけど」

 視線が、痛いと感じるのは、何度目か。

「……お前、知ってたか?」

 天馬が朔夜を振り返り見る。

「……ああ。なんとなくだけど」

 と、朔夜は苦笑する。

「……吉良景康が、女………?」

 へなへなへな~と、すずは力なく座り込んでしまった。

「……なんか、ごめんね」

 謝るゆきに、天馬が苦笑する。

「まあ、俺たちの思い込みだしな。すずちゃんは景康に憧れてたから、ショックだったかも」

 そんなすずを囲んでいる五人のもとに、明るい声が届けられた。


「あれ? 貴志くん! 今帰り?」


 長い髪をなびかせて、三角巾とエプロン姿の女性が茶色の番重を抱えて立っていた。

 軽のワゴン車に荷物を積んで、彼女は後ろの扉を閉めると、鴻野に手を振る。

「ゆ、雪乃さん!」

 名前を呼ばれて、鴻野は硬直していた。

 顔からは笑顔が消え、真っ赤になっている。

「……縮こまった熊だ」

 ゆきが思わず呟いたのを聞いて、のぞみが吹き出した。

「き、奇遇ですねっ!」

 力んで鴻野の声が裏返る。

 天馬たちが吹き出している後ろで、美人な彼女は笑顔で答える。

「うちのパン、この学校の購買に置いてもらってるの」

「鴻野と知り合いなんですか?」

 のぞみが不思議そうに彼女に尋ねた。

「うん、昨日から、貴志くんとすずちゃんの寄宿先になってるのよ、うち。毎年、交流生を受け入れてるから」 

「なるほど………」

「って、すずちゃん、どうしたの?!」

 座り込んでうずくまっているすずを見て、彼女は駆け寄る。

「……雪乃さん」

 すずは潤んだ瞳で雪乃を見上げた。

 何かを悟ったのか、彼女はすずに声をかける。

「車に乗ってく? このまま帰るし」

 コクコクと頷くすずを見て、雪乃はすずが立ち上がるのを助けた。

「じゃあ、貴志くん、また後でね」

 と、彼女はすずを軽自動車に乗せて去って行く。

「はい! 後で」

 その後ろ姿を、鴻野はぽや~と、見送っていた。

 そんな時、声をかけるタイミングを見計らった様に、声をかけるものがいた。


「君が、夏目 ゆきさん?」


「………?」

 ゆきは見知らぬ男子高校生から声をかけられて、驚いた。

「……今日は、訪問者が多いね」

 のぞみがゆきの隣でつぶやく。

「どうして、私の名前を?」

「ああ、よかった。聞いてた通りの人だった」

「え?」

「ある人から君のことを聞いたんだ」

 ゆきより少しだけ背の低い彼は、優しそうな笑顔でゆきを見ていた。

「ある人?」

 話が見えないゆきは、彼の言葉を繰り返すだけしかできない。

「君に、頼みがあるんだ」

「………」

「僕たち家族を、殺してほしい」

「え? ……どうゆうこと?」

 愕然とするゆきの前に介が立った。

―――主様、この気配は。

「え?」

 ゆきは介を見上げる。


―――彼は、……鬼人、です。


 介の言葉に、そこに居た全員が驚きを隠せなかった。


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