第30話 交流生
「鴻野 貴志だ。一か月、よろしく」
制服に身を包んだ短髪の爽やかな男子生徒が、教室の教壇で挨拶をした。
隣に立つ、担任の彦が霞んで見えるほど、彼は堂々としている。
「………」
突然、現れた鴻野姓の男子に、ゆきは唖然としていた。
ハッとして、朔夜と天馬を振り返り見る。
朔夜は困ったように目をつむり、天馬は口をパクパクして鴻野を指さしていた。
前方ののぞみも、とても嫌そうな顔をしている。
それぞれの反応に、ゆきは彼が祓い人であることを確信した。
背が高く、体格もいい彼は、その爽やかな顔に常に勝気な笑みを浮かべている。
「な、なんでお前が交流生なんだよ!」
やっと声が出た天馬は、立ち上がり叫んだ。
「おお、和樹。久しぶりだな」
と、鴻野がニカッと、笑う。
「朔夜もな、なんだ、みんな同じクラスなんだな」
鴻野は三人の姿を確認して、意外そうに声を上げていた。
「……意図的にな」
と、朔夜はそっぽ向いて答えた。
「えーっと、まあ、その辺の話は後にしてもらっていいかな」
交流生の紹介が終わったなら授業に移りたいんだけど、と、担任である彦が彼らの話を遮った。
「で、お前の本当の目的は?」
昼休み、ゆき達は屋上に集まり、昼食を取ると同時に、交流生としてやってきた鴻野貴志に詰め寄っていた。
この学校には全国各地、さらには海外にも姉妹校があり、年に数回、こういった交流生が一か月間来ることがある。
それは、高等部だけでなく、中等部、小等部も同じ。
ただ、実際に同じクラスに入るのは初めてで、高校からの編入組のゆき達にはとても新鮮だった。
「鴻野家にも同級生が居たんだね」
こそっと隣にいるのぞみにゆきは尋ねる。
「うん、この年は当たり年みたいよね」
と、のぞみも笑う。
「面識あるの?」
「うん、私、鴻野家の遠縁だし、何度か天馬や朔夜くんとも一緒に事件にあたったこともあるよ」
「そうなんだ……」
「でも、空気読めないからめんどくさいのよね、こいつ」
「……今回も、何か見越しての交流生かな」
ゆきの脳裏に、白檀の声が蘇る。
『鵺には、気をつけろ』
その言葉が、ゆきの心を重くする。
祓い人たちにとって、鵺は絶対的な存在。
警戒しろとは、口が裂けても言えなかった。
白檀も、外からきたゆきだからこそ、告げたのだろう。
「鵺様なら、あり得るかもね。あ、でも、この三人は本当に別格で、祓い人としては最強だから、いいトリオ。心配ないよ」
のぞみは要するに、と、鴻野をこう表現した。
「鴻野貴志。鴻野家本家の嫡男で、次期当主。黙っていれば、イケメン」
と。
「黙ってれば、ね」
苦笑するゆきは鴻野の視線に気が付いて、鴻野を見た。
ゆきと目があった鴻野は、ゆきを見てにやっと笑う。
天馬の笑顔と、鴻野の笑顔は同じ笑顔でも違う。挑戦的な笑みだ。
「ここに来た目的は当然、吉良景康の偵察」
「……」
まあ、そうなるよね。
と、ゆきは視線を逸らし、お弁当を再び食べ始めた。
「後は、お前たちが先日関わった妖の件でな、確認に来た。和樹の従者に」
「あいつらに? って、なんでお前が俺の従者のことまで知ってるんだよ」
「白檀って男が居ただろ」
「って、人の話聞いてないだろ!」
「……白檀さんなら、ヒズミの番人だよ」
「番人?」
「何回か、協力してもらってる。鵺様も、黙認しているのだろうって、本人も言ってた。景康さんのお兄さんだって」
「え?」
「……? あれ、言ってなかった?」
その場にいた全員の視線を受けて、ゆきは戸惑った。
「吉良景康の兄だって? 聞いてるか?」
「……いや、吉良の家系図にはない。景康は養子で、吉良の血縁は妹が二人居たぐらいで、兄がいた記録はない」
「まじか……。夏目ちゃん、そうゆう事は早く教えてよね」
「……私も、この前知ったばかりなんだけど」
ジトっとした視線を天馬からむけられ、ゆきは苦笑する。
もっと大きな秘密を抱えてるなんて、さらに言えない。
と、ゆきの心が泣き叫ぶ。
「夏目さん、スマホ持ってきてる?」
鳴ってるよ、と、のぞみはゆきの鞄を指差した。
「え?」
のぞみに言われて、ゆきはハッとした。
「そういえば、昨日時任のとこに行った時のまま………あ!」
「………」
ゆきと反対隣りに座っていた朔夜の視線が重なった。
「もしかして、お兄さんから?」
「そうかもっ」
ゆきは慌てて鞄からスマホを取り出した。
相手はもちろん、時任 祐樹。ゆきの腹違いの兄からだった。
「ちょっと! ゆきちゃん、無事―――――?!」
スマホから聞える大音量の祐樹の声に、ゆきは思わず苦笑する。
「ごめん、いろいろあって、忘れてた。勝手に帰ったことになってるよね?」
「別にいいけどさ~。あの後、綿貫さんってゆう女の人が来て、妖の件は対処しました。吉良たちは別件でこちらには参加できません。とか、無表情でいうからさ~」
祐樹は綿貫の口真似をしているらしく、隣ののぞみは笑いが込み上げているようだった。
「せっかく会えたのに、あの後ずっとスマホもつながらないし、本当に心配してたんだよ~」
口をとがらせる祐樹の姿を思い浮かべて、ゆきは笑う。
「そんなに会いたいなら、会いに来たら? 高校生はそんなに暇じゃないよ」
「………」
「?」
急に静かになった祐樹に、ゆきは不思議そうにスマホを確認する。
電波が切れたわけではないようだった。
「言ったね?」
と、押し殺したような声が聞こえた。
「え?」
「ゆきちゃん、会いに行っていいって言ったからね―――――!」
ブツ
唐突に切れたスマホに、ゆきの顔が青くなる。
「夏目さん?」
のぞみの心配そうな声も聞えず、ゆきは頭を抱えた。
言ってから、後悔するとはこのことだ。
あの祐樹なら、すぐにでも会いに来かねないと、ゆきは顔面蒼白になる。
そんなゆきの横で、朔夜は笑っていた。
「あ、いたいた。お、みんな一緒だな」
屋上の扉が開いて、彦の姿が見えた。
「彦ちゃん? どうしたの?」
不思議そうに、のぞみが顔を上げた。
「ん? 担任じゃないか」
鴻野も驚いたように声を上げた。
「ああ、鴻野とは初めてだったな。俺は元天馬の落ちこぼれ」
「ほ~」
「今は、お前たちの連絡係でもある」
「へ~」
鴻野はいちいち声を上げるが、興味なさそうだ。
そんな様子に苦笑しながら、彦は本題に入るぞと、そこに居る全員の顔を見た。
「で、今はお客さん」
「客?」
みんなが彦を見て固まる。
「綿貫さんが、お前たちに話があるって」
「!」
彦は、屋上に綿貫を招いた。
コツコツと階段を上るヒール音が聞える。
ゆきと朔夜は身構えた。
思わず、すぐにでも立ち上がれるような体制になる。
綿貫は、静かにその姿を現した。
パンツスーツに、メガネの奥の瞳はいつ見ても無感情にゆき達を見ている。
「皆さん、お揃いですね」
綿貫がそこに居る祓い人を確認した。
「では、俺はここで……」
と、去ろうとした彦を、綿貫は引き留める。
「吉村先生、あなたも同席してください」
「え? でも……」
戸惑う彦に、綿貫は淡々と述べる。
「たった今おっしゃられたように、あなたは彼らの連絡係。こちらの情報を共有しておいた方がいいでしょう」
「……なら、じゃあ」
と、彦はいそいそと離れかけた輪に戻った。
戻った彦を確認して、綿貫は告げる。
「天馬本家が没落しました」
「!」
全員に衝撃が走った。
誰も声を上げることも、もらすこともできなかった。
「天馬第二分家は先日本家により排除されたため、本日より、天馬第三分家が本家になります」
驚愕する全員を気にするでもなく、綿貫は天馬を見た。
「天馬 和樹。あなたが今日から天馬本家、当主です」
「―――――」
絶句している天馬に目もくれず、綿貫は続ける。
「その天馬 哲也ですが、数か月前より、この地で何かしているようです。気に留めていたほうがよろしいかと」
その目が、ゆきを見た。
嫌な胸騒ぎが、ゆきを襲っていた。