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幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
31/65

第30話 交流生


鴻野こうの 貴志だ。一か月、よろしく」


 制服に身を包んだ短髪の爽やかな男子生徒が、教室の教壇で挨拶をした。

 隣に立つ、担任のげんが霞んで見えるほど、彼は堂々としている。

「………」

 突然、現れた鴻野姓の男子に、ゆきは唖然としていた。

 ハッとして、朔夜と天馬を振り返り見る。

 朔夜は困ったように目をつむり、天馬は口をパクパクして鴻野を指さしていた。

 前方ののぞみも、とても嫌そうな顔をしている。

 それぞれの反応に、ゆきは彼が祓い人であることを確信した。

 背が高く、体格もいい彼は、その爽やかな顔に常に勝気な笑みを浮かべている。

「な、なんでお前が交流生なんだよ!」

 やっと声が出た天馬(てんま)は、立ち上がり叫んだ。

「おお、和樹。久しぶりだな」

 と、鴻野がニカッと、笑う。

「朔夜もな、なんだ、みんな同じクラスなんだな」

 鴻野は三人の姿を確認して、意外そうに声を上げていた。

「……意図的にな」

 と、朔夜はそっぽ向いて答えた。

「えーっと、まあ、その辺の話は後にしてもらっていいかな」

 交流生の紹介が終わったなら授業に移りたいんだけど、と、担任である彦が彼らの話を遮った。



「で、お前の本当の目的は?」

 昼休み、ゆき達は屋上に集まり、昼食を取ると同時に、交流生としてやってきた鴻野貴志に詰め寄っていた。

 この学校には全国各地、さらには海外にも姉妹校があり、年に数回、こういった交流生が一か月間来ることがある。

 それは、高等部だけでなく、中等部、小等部も同じ。

 ただ、実際に同じクラスに入るのは初めてで、高校からの編入組のゆき達にはとても新鮮だった。

「鴻野家にも同級生が居たんだね」

 こそっと隣にいるのぞみにゆきは尋ねる。

「うん、この年は当たり年みたいよね」

 と、のぞみも笑う。

「面識あるの?」

「うん、私、鴻野家の遠縁だし、何度か天馬や朔夜くんとも一緒に事件にあたったこともあるよ」

「そうなんだ……」

「でも、空気読めないからめんどくさいのよね、こいつ」

「……今回も、何か見越しての交流生かな」

 ゆきの脳裏に、白檀(びゃくだん)の声が蘇る。

 

(ぬえ)には、気をつけろ』


 その言葉が、ゆきの心を重くする。

 祓い人たちにとって、鵺は絶対的な存在。

 警戒しろとは、口が裂けても言えなかった。

 白檀も、外からきたゆきだからこそ、告げたのだろう。

「鵺様なら、あり得るかもね。あ、でも、この三人は本当に別格で、祓い人としては最強だから、いいトリオ。心配ないよ」

 のぞみは要するに、と、鴻野をこう表現した。

「鴻野貴志。鴻野家本家の嫡男で、次期当主。黙っていれば、イケメン」

 と。

「黙ってれば、ね」

 苦笑するゆきは鴻野の視線に気が付いて、鴻野を見た。

 ゆきと目があった鴻野は、ゆきを見てにやっと笑う。

 天馬の笑顔と、鴻野の笑顔は同じ笑顔でも違う。挑戦的な笑みだ。

「ここに来た目的は当然、吉良景康(きらかげやす)の偵察」

「……」

 まあ、そうなるよね。

 と、ゆきは視線を逸らし、お弁当を再び食べ始めた。

「後は、お前たちが先日関わった妖の件でな、確認に来た。和樹の従者に」

「あいつらに? って、なんでお前が俺の従者のことまで知ってるんだよ」

「白檀って男が居ただろ」

「って、人の話聞いてないだろ!」

「……白檀さんなら、ヒズミの番人だよ」

「番人?」

「何回か、協力してもらってる。鵺様も、黙認しているのだろうって、本人も言ってた。景康さんのお兄さんだって」


「え?」


「……? あれ、言ってなかった?」

 その場にいた全員の視線を受けて、ゆきは戸惑った。

「吉良景康の兄だって? 聞いてるか?」

「……いや、吉良の家系図にはない。景康は養子で、吉良の血縁は妹が二人居たぐらいで、兄がいた記録はない」

「まじか……。夏目ちゃん、そうゆう事は早く教えてよね」

「……私も、この前知ったばかりなんだけど」

 ジトっとした視線を天馬からむけられ、ゆきは苦笑する。

 もっと大きな秘密を抱えてるなんて、さらに言えない。

 と、ゆきの心が泣き叫ぶ。

「夏目さん、スマホ持ってきてる?」

 鳴ってるよ、と、のぞみはゆきの鞄を指差した。

「え?」

 のぞみに言われて、ゆきはハッとした。

「そういえば、昨日時任(ときとう)のとこに行った時のまま………あ!」

「………」

 ゆきと反対隣りに座っていた朔夜の視線が重なった。

「もしかして、お兄さんから?」

「そうかもっ」

 ゆきは慌てて鞄からスマホを取り出した。

 相手はもちろん、時任 祐樹。ゆきの腹違いの兄からだった。


「ちょっと! ゆきちゃん、無事―――――?!」

 

 スマホから聞える大音量の祐樹の声に、ゆきは思わず苦笑する。

「ごめん、いろいろあって、忘れてた。勝手に帰ったことになってるよね?」

「別にいいけどさ~。あの後、綿貫(わたぬき)さんってゆう女の人が来て、妖の件は対処しました。吉良たちは別件でこちらには参加できません。とか、無表情でいうからさ~」

 祐樹は綿貫の口真似をしているらしく、隣ののぞみは笑いが込み上げているようだった。

「せっかく会えたのに、あの後ずっとスマホもつながらないし、本当に心配してたんだよ~」

 口をとがらせる祐樹の姿を思い浮かべて、ゆきは笑う。

「そんなに会いたいなら、会いに来たら? 高校生はそんなに暇じゃないよ」

「………」

「?」

 急に静かになった祐樹に、ゆきは不思議そうにスマホを確認する。

 電波が切れたわけではないようだった。

「言ったね?」

 と、押し殺したような声が聞こえた。

「え?」

「ゆきちゃん、会いに行っていいって言ったからね―――――!」


 ブツ


 唐突に切れたスマホに、ゆきの顔が青くなる。

「夏目さん?」

 のぞみの心配そうな声も聞えず、ゆきは頭を抱えた。

 言ってから、後悔するとはこのことだ。

 あの祐樹なら、すぐにでも会いに来かねないと、ゆきは顔面蒼白になる。

 そんなゆきの横で、朔夜は笑っていた。


「あ、いたいた。お、みんな一緒だな」


 屋上の扉が開いて、彦の姿が見えた。

「彦ちゃん? どうしたの?」

 不思議そうに、のぞみが顔を上げた。 

「ん? 担任じゃないか」

 鴻野も驚いたように声を上げた。

「ああ、鴻野とは初めてだったな。俺は元天馬の落ちこぼれ」

「ほ~」

「今は、お前たちの連絡係でもある」

「へ~」

 鴻野はいちいち声を上げるが、興味なさそうだ。

 そんな様子に苦笑しながら、彦は本題に入るぞと、そこに居る全員の顔を見た。

「で、今はお客さん」

「客?」

 みんなが彦を見て固まる。

「綿貫さんが、お前たちに話があるって」


「!」


 彦は、屋上に綿貫を招いた。

 コツコツと階段を上るヒール音が聞える。

 ゆきと朔夜は身構えた。

 思わず、すぐにでも立ち上がれるような体制になる。

 綿貫は、静かにその姿を現した。

 パンツスーツに、メガネの奥の瞳はいつ見ても無感情にゆき達を見ている。

「皆さん、お揃いですね」

 綿貫がそこに居る祓い人を確認した。

「では、俺はここで……」

 と、去ろうとした彦を、綿貫は引き留める。

「吉村先生、あなたも同席してください」

「え? でも……」

 戸惑う彦に、綿貫は淡々と述べる。

「たった今おっしゃられたように、あなたは彼らの連絡係。こちらの情報を共有しておいた方がいいでしょう」

「……なら、じゃあ」

 と、彦はいそいそと離れかけた輪に戻った。

 戻った彦を確認して、綿貫は告げる。


「天馬本家が没落しました」


「!」


 全員に衝撃が走った。

 誰も声を上げることも、もらすこともできなかった。


「天馬第二分家は先日本家により排除されたため、本日より、天馬第三分家が本家になります」


 驚愕する全員を気にするでもなく、綿貫は天馬を見た。


「天馬 和樹。あなたが今日から天馬本家、当主です」


「―――――」


 絶句している天馬に目もくれず、綿貫は続ける。


「その天馬 哲也ですが、数か月前より、この地で何かしているようです。気に留めていたほうがよろしいかと」


 その目が、ゆきを見た。

 嫌な胸騒ぎが、ゆきを襲っていた。

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