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幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
3/65

第2話 廻廊


「後は出口、だな」


 立ち上がった朔夜(さくや)はそうつぶやくと、ゆきに手を差し伸べた。

「………」

 その手を取って、ゆきも立ち上がる。

 真っ白な空間は何もかも白く飲み込んでいるため、ほんの少し先の状況も見えないほどだ。

 そんな中、朔夜の言う「出口」をゆきは判断できない。

「出口、わかるの?」

 答えを求めるゆきの瞳に、

「お互い、契約者だろ?」

 と、朔夜は袖をたくし上げ、背中に近い二の腕にある、蒼い花びらの痣を見せた。

 花の形に並んだ花びらは三枚だ。

「契約した人間は、お互いの世界を廻廊を使って行き来できることは理解してるか?」

 歩き出した朔夜は、ゆきを振り返り見た。

 ゆきも朔夜に続いて歩き出す。

 先ほどの狼は、ゆきのそばをぴったりついて歩いていた。

「うん、跋逖(ばってき)に聞いたことあるけど、実際、廻廊に入るのは初めてで。普段は跋逖が近づけないし」

「まぁ、そうだろうな。いつ、契約したんだ?」

「えっと、確か小1の時に」

「あぁ、それならまだ、跋逖の中で夏目は小学生なんだろうな」

 と、朔夜は笑う。

「えー、嫌だな……」

 つぶやきつつ、ゆきは納得する自分にため息をついた。

「……吉良くんは、いつ私のこと知ったの? もしかして、吉良くんと跋逖は面識があったりする?」

「中学前ぐらいから、夏目のことは知ってた。だから、跋逖のことも見かけたことはある。……俺たちに近づくなって視線が、怖かった時期があったよ」

 と、朔夜は笑っていたが、ああ、と、ゆきは肩を落とす。

 妖だけでなく、人も遠ざけていたのか、と。

「まあ、その気持ちは理解できる。大事な存在に、祓い人(はらいびと)なんかと関わらせたくはないだろうしな。特に跋逖はこの世界を昔経験済みだ。ただでさえ妖にとって人間は短命なのに、祓い人はもっと短い」

「それだけ、妖は人間にとって危険な存在なんだね」

「……妖は、普通に生きてる人間には見えもしない。関わったとしても、交通事故にあうより低い確立だ。気が付かないまま、終わっていくことも多い。その方が、いい」

 先に進みながらも、朔夜はゆきを気遣いながら周りを警戒するように歩いていた。

「私もさっき、初めて遭遇したのかも」

 跋逖以外で、と俯き歩くゆきに、朔夜は苦笑した。

「今頃、跋逖は気が気じゃないだろうな」

「……う」

 何かが胸に刺さったように、心苦しい。

 確かに、ここに来る前のあの顔……。

 を思い出して、ゆきは、ああ、と、声を上げて顔を両手で覆う。

 そんなゆきを横目に、朔夜は少し笑った。

 そして、

 前方を見る。

「急がないとな。夏目をここに引きずり込んだ妖は、確実に廻廊(ここ)にいる」

 朔夜の言葉に、ゆきは自分の腹部を抑えた。

「鉢合う前に出口を……」

 と、朔夜はゆきを制止、足を止めた。

「夏目、前方に歪んだ空間が見えるか?」

「?」

 朔夜に言われて、ゆきは前方を確認した。

 確かに、ぐにゃっと歪んだ空間をここから見ることができた。

「あれが出口?」

 廻廊側も同じように歪んで見えるのかと、ゆきは朔夜を見た。

「あぁ、けど、そのすぐ近くに妖がいる」

「え……!」

 蘇る緊張にゆきは焦る。

 朔夜が見据える前方は、白い空間と紅い柱が続いて見えるだけで、ゆきに妖の姿を確認することはできなかった。

 どうしていいのかわからないゆきに対して、傍にいる朔夜は微塵も動揺することがなく、その立ち振る舞いは跋逖のように落ち着いている。

 彼に従えば大丈夫だ。

 そんな直感のようなものが、ゆきの心にほんの少し余裕をもたらした。

 さらに、腕に伝わる温かな狼の毛並みが、ゆきを安心させる。

「ヒズミが近い。跋逖と交信できないか?」

「……?」

 キョトンとしているゆきに、朔夜の瞳が飛び込んできた。

「普段、跋逖と会話するみたいに。跋逖はきっと、答える」

「……わかった。えっと、跋逖、聞える?」

 恐る恐る声を出すゆきの頭に、声が響いた。


―――ゆき! 無事だな……?


 驚きと安堵、心配が混ざった、跋逖の声だ。

「うん、大丈夫だよ、今のところ」

 答えるゆきに、跋逖の声はいつもの調子を取り戻していた。


―――お前が廻廊のどこにいるのか、邪気が強すぎて探れない。意図的に遮られているようだ。


「私の気配じゃなければ、わかる?」


―――……たとえば?


「……吉良くん、とか?」


 跋逖の様子をうかがうように尋ねるが、反応がなく、ゆきは戸惑う。

 朔夜と居ることを、不快に思いはしないだろうか。


―――わかった。そのまま吉良の者と共に居るといい。


 ようやく跋逖の返事がして、ほっとする。


―――吉良の気を探って、すぐ合流する。


 と、返事が聞こえたすぐ後に、


「跋逖!」


 目の前に現れた跋逖に驚きつつも、ゆきは強く安堵する。

―――吉良の者よ。感謝する。

 跋逖は、朔夜の姿を確認すると、跪いて礼を言う。

「あぁ。それより……」

 朔夜の目は、前方を見たまま動かなかった。

 それが意図するものを、跋逖は察する。

「俺たちがおとりになる。その間に、夏目を連れてあそこから外へ」

―――お前は、どうする?

「夏目の気配を感じ取って廻廊に引きずり込んだ妖だ。ここで仕留めないと、また同じことをする」

―――……わかった。

 跋逖の言葉を聞いて、朔夜は狼の前でしゃがみ、喉を撫でた。

「いくぞ」


『わおおおおおお―――――ん』


 式の狼が遠吠えをしたのを合図に、朔夜と狼が前方に向かって同時に走り出した。

 一呼吸置いた後、小さく悲鳴を上げたゆきを抱きかかえ、跋逖も走った。

 それに気が付いた前方の妖が、こちらへと向かって来たのが、ゆきにも見える。

 がくん、

 と、視界が横にぶれた時には、

 ゆきは廻廊の外に跋逖と出ていた。

「……」

 あまりに突然で、一瞬のことで、ゆきは呆然とするしかない。

 目の前が、日常の風景に戻ったことにまだ慣れない。

 チカチカする。

 跋逖は抱きかかえていたゆきを下すと、ヒズミに目をやる。

 追って出てくるモノは、いないようだった。

 不意に、ゆきが朔夜を心配する声が漏れた。

「……大丈夫かな」

 座り込んでしまったゆきを、跋逖は見下ろした。その視線は少し冷たい。

―――……心配か?

「うん……」

 ヒズミを見つめたままのゆきに、跋逖はため息をもらす。

―――ヤツは吉良の人間で祓い人だ。このようなこと、慣れている。

「……私は、慣れてない」

 むくれるゆきを見て、跋逖は。

―――わかった。

 と、ヒズミに飛び込んでいった。


「………」


 そのヒズミを見つめること少し。

「!」

 両手に、朔夜の腕と狼の首根っこを掴んだ跋逖が飛び出してきた。

 ゆきは、全員の無事な姿にホッとする。

 跋逖に投げ出された朔夜に近づき。

「吉良くん、大丈夫? ケガとかしてない?」

 と、覗き込んだ。

 その不安そうなゆきの顔に、朔夜は少し驚いたような表情になる。

「あ、あぁ。これくらい、問題ない」

「……よかった」

 泣き出しそうに笑ったゆきに、朔夜も笑う。

「心配されるのは、悪い気はしないな」

 と、つぶやいた言葉は、誰にも聞こえない。

 廻廊へのヒズミは、いつの間にか消えていた。

 朔夜は狼を撫でながら、跋逖を見る。


「跋逖、(ぬえ)様がお待ちだ」


 複雑な心境を表すように、跋逖はなんとも言えない表情をした。

「夏目は俺たちが見てるよ」

 朔夜のまっすぐな視線に、跋逖は答えた。

 逃げ道はもう、ない。


―――頼む。


 跋逖は軽くうなずくと、

 スッ

 と、二人の前から姿を消していた。

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