第27話 招待
「……こんなに毎晩電話もらっても、困るんだけど」
ゆきはスマホ片手にあきれた声を出す。
「まあ、そうだよね」
と、電話先の祐樹も、苦笑した。
「最初はゆきちゃんが電話に出てくれるからうれしくてつい。けど、今日は本当に相談」
「相談?」
「妖がね、出たんだよ」
「パーティー?」
「うん、時任のお披露目パーティーだって」
ゆきは朔夜と夕食を食べながら、話を切り出した。
それは、前日、腹違いの兄である時任 祐樹、から受けたものだった。
「お兄さん、お偉いさんにでもなるの?」
「ううん、たんなる後継者としてのお披露目だって。……多分、私のことも」
言いにくそうに、ゆきは話を続ける。
「時任の妹として招待された。それに、綿貫さん、私はまだあったことないけど、その方から跋逖を介してそのパーティーに出席するように頼まれた」
「綿貫さんから?」
ゆきの口から出た名に、朔夜は驚いた。
―――あ、主様。その話なら、当主にも時任グループから招待状が届いていましたよ。
と、会話を聞いてか、朔夜の従者である、女鬼の漿果が姿を現した。
「時任グループから? 母さんに?」
―――ゆき様と主様の婚約披露パーティーも兼ねたいんだとか。
「………」
「……あの人は、捨てた娘すら利用できると知ったらそうくるか」
頭を抱えるゆきに、朔夜は苦笑する。
「まあ、吉良家なんてたかが知れてるけど、その裏にある綿貫さんや鵺様つながりで、目の色変わるだろうな。夏目のお父さんも」
「……なんだか厄介なことに巻き込んで、ごめんね」
「……いや、気にしなくていいよ」
と、朔夜は言ってくれるが、ゆきは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
―――でも、当主は参加しないみたいですね。
「そうなんだ?」
漿果の返答に、朔夜は意外そうに呟く。
―――主様は、行かれますか?
「……行く、つもりだけど」
フフフっと微笑む漿果に、朔夜はムッと睨みつけた。
「あ、でもね、パーティーには参加しないつもりなの」
慌てて、ゆきは声をかける。
「綿貫さんに言われてるのに?」
「うん、ホテルには行くけど。時任から相談されててね」
「相談?」
「あの件以来、スマホの電源入れてるのね。そしたら、なんか、毎晩のように連絡してきて……。じゃなくって」
つい嫌そうな声丸出しだと気が付いて、ゆきは言い直す。
「花岡先生同様、妖と関わってしまった時任も、見えるようになったって、数日前から連絡もらってる。しかも、そのパーティー会場のホテルに、出るんだって、妖」
「幽霊みたいに言うね……」
「でね、これは別件だけど。最近、跋逖の姿もない」
「え?」
ゆきの言葉に、朔夜は驚いた様子だった。
「……なんか問題ができたって、綿貫さんの伝言を伝えてくれたっきり、対処してくるって出かけたまま帰ってこない。まあ、跋逖のことだから大丈夫だとは思うんだけど。こんなこと初めてだから、ちょっと気になる」
「……そう、だな」
朔夜も気になる様子ではあったが、考え込んだまま何も言わなかった。
「だから、介にちょっと見に行ってもらったの」
「ああ」
「確かに、そのホテルに、妖の気配がするって」
ゆきは朔夜をうかがうように見た。
「……一緒に、行ってくれる?」
「もちろん。そのパーティー抜け出して、探ってみよう」
朔夜は頷くと、ゆきに笑って見せた。
「うん、ありがとう。……やったー! これで電話攻撃から解放される」
つい、ゆきの本音が漏れた。
* * * * * * * * * *
「なんだ二人とも、制服できたの?」
と、ホテルでゆき達を出迎えたのは、兄の時任 祐樹だった。
甘いマスクの彼は、グレイのスーツに身を包んでいる。
「学生の正装は、制服ですから」
と、冷たく言い放つゆきに、祐樹はつまらなさそうに口をとがらせる。
「ゆきちゃん、可愛いんだから、ドレスアップしたら相当映えるのに」
露骨に不満を口にする祐樹に、ゆきはあきれるしかない。
「……子供みたいに顔にださないでよ」
「いいじゃん、初めてやっと、ゆきちゃんと仲良くなれそうなんだから。つい、感情もオープンになるよ」
と、祐樹は大げさにアピールする。
「そんなもん?」
「うん、そんなもん」
楽しそうな祐樹に、ゆきは冷めた目を返す。
「で、君が、吉良 朔夜くん。この前は、いろいろと迷惑をかけて、ごめんね」
祐樹はゆきの隣にいる朔夜に謝った。
「いえ、無事で何よりです」
「うん、ありがとう。その代わりって訳でもないけど、そっちの仕事は命がけって聞いた。微力ながら、全力でサポートするから、いつでも頼ってね」
「ありがとうございます」
「で、今日は妖が出る件で来ましたが……」
丁寧に答えた朔夜の横で、伺うようなゆきの視線に、祐樹は苦笑する。
「ああ、やっぱり? パーティーには出る気ないよね」
残念そうながらも、祐樹は真顔になる。
「七階の客室の廊下。そこを徘徊してる妖がいる。鬼みたいな、ちょっと異形なもの」
と、祐樹は前方のエレベーターを見た。
「この日のために、一週間前から滞在してるんだけど、その早々に噂を聞いてね」
「……噂になるほど、他の人にも目撃されてるの?」
驚くゆきに。
「うーん、僕ははっきり全部見えたんだけど、みんなは足だけ、とか、歩く音だけ、みたいな、部分的なものだから、余計に怖いみたい」
「ああ、なるほど。幽霊騒動になったわけだ」
祐樹の言葉を受けて、朔夜は頷く。
「そう、幽霊騒動。変な噂が流れて経営不振になるのも困るしね。それで、ゆきちゃんに相談したんだけど」
「お兄さんは、それ、確認したってことですよね?」
「うんうん。その真相を確かめてみようと思って。一応、綜信との一件でそっち関係には免疫があると思ってたんだよね」
朔夜にお兄さんと言われて、祐樹は嬉しそうだ。
「でもさ、全然違ったんだよね、ただ歩いてるだけで、こっちの呼びかけにも答えないし」
「……人を襲ったりはしてないの?」
確認するゆきに、
「うん、今のところはね。そんな気配すらないよ。ただ、廊下を行ったり来たり歩いてるだけ。でも、気味悪いには変わらないからね」
と、祐樹は心底困ったようにつぶやいていた。
「そういえば、パーティー会場に、綿貫さん来てたのが見えた」
「え? 吉良くん、綿貫さんと面識あるの?」
「うん、まあ、ものすごく小さい時だったけどね。あれ、綿貫さんだったと思う」
祐樹が言っていた七階に行ってみることにした二人は、エレベーターに乗っていた。
「綿貫さんって、どんな人?」
と、ゆきが尋ねた時、エレベーターが音を立てて七階に到着した。
扉が開いて七階廊下が見えたとたん、この階が何かの結界に覆われていることに気が付く。
「……吉良くん」
「ああ、夏目、離れるなよ」
「うん」
二人は慎重に歩みを進める。
今はまだ、祐樹が言っていた妖が出る時間にはほど遠いが、異様な感覚がするこの階は、意図的なものを感じる。
そして、前方から何やらうごめく気配を感じた。
「紫苑……?」
式を呼ぶ、朔夜の戸惑った声がする。
「え?」
ゆきは、前方に妖、そして、その手前で妖に背を向けゆき達を見て立っている人物に気が付いた。
パンツスーツのその女性は、眼鏡の奥の瞳で無表情にゆき達を見る。
前方の女性に、朔夜は驚いたような声をあげた。
「わた、ぬきさん……?」
「!」
驚愕してる朔夜の横で、ゆきは朔夜とその女性の顔を交互に見る。
「あの人が、綿貫さん……?」
勝手に男性を想像していたゆきは、すぐにはこの状況を受け入れられなかった。
「本来なら、このような小さな案件、本家の方々に処理していただくようなものではありませんので………」
「え……?」
彼女はゆきと同じように手のひらから短剣を引く抜くと、近づいてきた妖を振り返ることもなく、鮮やかに切り裂いて見せた。
それは、瞬く間だった。
「綿貫さんも、祓い人?」
朔夜が戸惑いの声をあげる。
「しかし、あなた方二人だけを呼び出すのにはちょうど良かった」
綿貫は再びまっすぐ立つと、ゆき達を見据える。
「呼び出すって……?」
状況を把握できない二人は、ただただ、綿貫を呆然と見ることしかできない。
「このホテルは今、鵺様の結界で式も従者も呼び出せない」
「!」
言葉を失う二人に、綿貫は無表情に続ける。
「そして、あなた方は招かれました」
「招かれた……?」
「妖世界へ」
「!」
綿貫が振り上げた手から、ゆき達に向かって大きな風が吹く。
二人は目を開けられず、顔を背けながら腕で風を避ける。
その瞬間にも、二人を取り巻く環境は、激変していた。
ホテルの廊下ではなく、
赤黒い空に覆われ、ピリピリした空気が肌を刺激する、
妖世界に………