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幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
2/65

第1話 遭遇

 あれから十年。

 ゆきの短かった髪も腰近くまで伸び、ブレザーにチェックのスカートの制服が似合う年頃になっていた。

 跋逖ばってき、彼は人間界で言う、鬼、らしい。

 藍黒いごつごつした肌で、整った顔立ちはイケメンだ。

 ツンツンと固くて短い髪の下にある狭い額には、短い二本の黒い角。

 薄紫で黒い瞳孔が線状に縦に伸びた瞳。

 左目は無い訳でも、見えない訳でもないが、なぜか布で隠されている。

 手足の指は三本で、細身の筋肉質な体型。

 今のゆきの背丈より、少しだけ低い。

 ゆきにはもう見慣れた姿だが、彼を見ることができる他の人間や、跋逖が言う他の妖たちとも、まだ会ったことはない。

 その妖とは、人間界で言う、鬼や妖怪、化け物、モノノケと言われているモノたちのこと。

 その妖が住む異世界へと続く、ぐにゃぐにゃとした空間は、相変わらず唐突に出現しては、人を飲み込んでいく。跋逖はその入り口を、ヒズミとか扉、と表現していた。

 その入り口は一方通行で、一度足を踏み入れたら戻ることはできない。それは、人間も妖も同じだという。妖の世界にも、このようにヒズミが突如現れ、妖が人間界に迷い込んでくる。

 あの晩の跋逖のように。

 異世界に足を踏み入れたものが生き残るために必要なのは、双方の血。

 ゆきと跋逖が昔交わしたそれを、()()()()と、跋逖は呼んでいた。

 何かの理由でケガを負っていた跋逖は、あの晩、ゆきに出会わなければ、正気を失い、人間を襲っていたかもしれないと。妖たちは人の血を得て、正気を保ち、ケガを治す。こちらの世界で妖が生きのびるためには、人を喰らうしか道はない、と。

 人間と違って寿命が長く、生命力にたけた妖たちは、人間の血を得ることで、人間を喰ってこっちの世界で生き延びるのだ。

 そんな妖から人間を守るために生まれた家業。

 代々能力をもち、血縁によって受け継がれるその家系の人々を、祓い人(はらいびと)と、跋逖は呼んでいた。

 以前、人間界で跋逖はその祓い人と契約をしたことがあったと聞く。

 ゆきはまだその「祓い人」と呼ばれる人たちと会ったことがはないが、会ってみたいと思っている。

 目の前にあるそのヒズミは、他の人に見えなくとも、確実にそこにある。

 同じように、この幻影の扉を見ている人たちが、どのように対処しているのか。それを知りたかった。

 昔はただ、人がヒズミに入って行くのを見ていることしかできなかった。

 でも、今は……。

 昔のように眺めるだけではなく、その入り口にできるだけ人が飲み込まれる前に、引き留めようと努力していた。

 しかし、跋逖は廻廊への入り口であるヒズミは危険だと、ゆきに近づくことさえ許さない。ゆきが何かに巻き込まれることを、極度に嫌うのだ。

 それ故、跋逖が諭す危険を、ゆきはまだ理解していなかった。


「あの!」

「え?」

 ゆきに声を掛けられたスーツ姿の男性が、足を止め、振り返った。

 ゆきは片目を右手で抑え、その男性を見上げる。

「すみません。その先にコンタクトを落としたみたいで……。できたら、ちょっと回り道を……」

「あ、ああ。踏んだらいけないもんね。……一緒に探そうか?」

「いえ。大丈夫です。ありがとうございます」

 ゆきはぺこりと頭を下げた。

「みつかるといいね」

 と、男性はゆきに言うと、まっすぐ進むことを止め、大回りして行ってくれた。

 男性が去って行ったのを見届け、ゆきはホッと胸を撫でおろす。

 彼の向かっていた先、今はゆきの目の前に、あのヒズミがあったからだ。

 ゆきが目を覆っていた手を放し、足元に置いた鞄を手に取ろうとした時だった。



『ジュケツ、みつけた』



「!」


 突如、耳元で不気味な声がして、ゆきの身体が固まる。

 嫌な汗が流れた。


―――……ゆき!

 

 跋逖ばってきの叫び声と共に、

 焦って手を伸ばしたその姿が視界に飛び込んできた。

 しかし、

 その手はゆきに触れることなく、

 目の前から、

 消えた―――……


 一瞬にして視界が闇に落ちた。

 腹部を何かに捕まれ、引っ張られ、そのまま倒れるように、座り込んでいた。

 ただ茫然と、その場に留まることしかできずにいる。

 そして、次第に視界が眩しくなり、思わず目を閉じた。暗闇から一転して明るくなったので、目が慣れるのに時間がかかる。

 慣れてきた瞳を開けて、見えたのは。

「……っ!」

 空も地面も感じない、真っ白な世界。

 ゆきは息をのむ。

 そこは異様な空間だった。

 その中で映えるのは、紅い柱がゆきの両側に、鮮やかに、均等に、どこまでも、まっすぐ続いていた。

 他に何もない真っ白な空間が、その紅い柱を不自然に際立出せ、一筋の道を浮かび上がらせている。

 柱でできた境界線の先は、飲み込まれてしまいそうな不思議な感覚がする。

 つい、触れてしまいたくなるような……。

 ゆっくりとその先に手を伸ばしかけた時。

「……!」

 何かが近づく気配がして、ゆきは息をひそめる。

 突然この空間に引き込まれて、今、この状況に至った経緯を忘れていた。

 あれはきっと妖だ。

 自分を引きずり込んだモノの感触が、腹部によみがえる。

 跋逖ばってきも傍にいない。

 その事実が、大きな恐怖を連れてくる。

 ゆきは、ただただ、身体を強張らせるしかなかった。

 が。


「……え?」


「……夏目?」


 真っ白な空間からゆっくりと姿を表したその気配が、

 見覚えのある人物で驚いた。

 しばらくお互いを呆然と見つめていたが、その人物はどこか納得したようにゆきを受け入れた。それを見て、張りつめていたものがゆきから消えた。

 細身で背の高い彼はゆきと同じ高校の制服姿で、ゆきの前にしゃがみ込み、前髪が少しかかった瞳でゆきを見た。


「夏目、一人か?」

「どうしてここに……?」


 二人の問いが重なった。

 同じクラスの彼を受け入れるのに精一杯なゆきに対し、彼はきょろきょろと辺りを見渡し始めた。何かを探しているようにも見える。

 ふいに、彼の背後から覗き込むモノに、ゆきの瞳が大きく開いた。

 それは、大きな大きな、狼、だった。

「ああ、こいつなら大丈夫だ」

 ゆきの様子に気が付き、彼は自分の隣にやってきた狼の頭を撫でる。

 しゃがんでる彼より、その狼の目線は高かった。

 呆然としているゆきに狼は近づき、その毛並みをゆきの顔や腕に這わせた。

 あたたかな感触がして、とても優しく感じるその毛並みが、心地よかった。

 甘えるようなその行動に、彼はふっと笑う。

「俺の式だから、襲わないよ」

「しき……?」

「あー、……夏目の跋逖ばってきみたいな感じか? いや、跋逖は妖だから全然違うな」

「……え」

 彼の口から跋逖の名が出、ゆきは凍り付いたように血の気が引くのを感じた。

「………。気が付いてなかったのか? それとも、俺たちのこと聞いてないとか?」

 驚いた彼の言葉に、ゆきの頭の中で何かがつながった。

「……あ」

 そう、彼の名前は。

吉良きら、だった……」

 唖然とするゆきに、彼は困ったように笑う。

吉良 朔夜(きら さくや)。跋逖の昔のあるじ吉良 景康(きら かげやす)の子孫だよ」

 吉良 景康。

 その名は跋逖から何度か聞いたことがある。

 以前、ゆきと同じように契約を交わした跋逖の昔のあるじ

「もう、何百年も昔の話だって……」

「そうだな。江戸時代の人だったと聞いてるよ。祓い人(はらいびと)の中では有名な人だ」

「江戸時代……」

 祓い屋家業の名門三家のひとつ。

 吉良家。

「そうか、吉良くんて、その吉良家の人だったのね」

 ゆきは、はあ、と、息を漏らす。

 どうして気が付かなかったのか。同じクラスで、名前も知っていたのに。

「でも、何でここに? 偶然、じゃないよね?」

「あぁ、ぬえ様に言われて」

「ぬえさま?」

 聞き慣れない言葉に、ゆきは再び朔夜さくやを見上げる。

「……、そのうち、ゆっくり」

 何も知らされていないらしい状況を察して、朔夜はとりあえず、と、顔をあげた。

「夏目、お前どうやってここに来た?」

「あ、あぁ! なんか嫌な声がして、ここに引きずり込まれたの。あれ、妖、だよね?」

 ゆきは思い出し自分の腹部を擦った。

 そして、朔夜をまっすぐと見た。

「ねえ、吉良くん、ここって……」

 そのまっすぐな瞳に、朔夜は強くうなずいた。


「あぁ。()()()()()()をつなぐ唯一の道。廻廊かいろうだ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 『その中で映えるのは、紅い柱がゆきの両側に、鮮やかに、均等に、どこまでも、まっすぐ続いていた。』  この文章ひとつを例にあげてみても、作者さんがいかに怪しい世界を脳内で思い描いているのか…
2021/10/12 23:52 退会済み
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