表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻影廻廊  作者: 秋月
第1部
10/65

第9話 血の契約

『私には、半分人間の血が流れている。それでも、適応できない?』

 鬼人の彼女の瞳が、跋逖ばってきを見た。

―――正気は保てる、と、とらえたほうがいい。

 跋逖は静かに答える。

―――契約をしていない妖は、人間の血を定期的に補填して生き延びることはできるが、自力であちらに戻ることはできない。ここで果てるのを待つだけだ。

 跋逖の瞳が、悲痛に歪んだ。

―――ようするに、お前はここで人間の血を得る必要がない鬼人だが、……人間と血の契約をしなければ、あちらには帰れない。

『………』

―――妹たちの無事を確かめるにも、戻る必要があるだろう。

 彼女は言葉もなく、跋逖を見たまま固まってしまう。

「……なら、私と契約をしよう」

 と、ゆきが声をあげた。

 そうなることを予想していた跋逖は、止めても無駄だろう、と、ゆきから顔をそむけた。

『でも、私は……!』

「人間と契約するのは嫌? でも、妹たちを探せるのは、あなただけよ」

『………』

 彼女は悔しそうに唇をかみしめた。

「今の私が、あなたにできることはこれしかない。選択肢は無い」

『……申し訳ない』

 そう、謝った彼女から、ゆきは悟った。

 彼女は人間と契約すること自体を嫌がっている訳ではなく、契約の重さを理解しているのだ。

「謝る必要はないよ。だって私は、この契約であなたを縛ることになる」

 目を伏せるゆきに、彼女は首をふった。

『妹たちを探し出せたら、その後の日々はあなたに忠誠を誓います』

 と、顔をあげた彼女に。

「はは、そんな大げさなことは」

 と、ゆきは笑って言った。


 彼女は、

 ゆきの額に、

 そっと、優しく唇をつけた。

 その暖かいぬくもりはだんだん光を帯びて、

 ゆきの身体を包み込む。


「私はゆき。夏目 ゆき」


『わたしは……、蘭華らんか


 ゆきの肩から紅いしぶきが舞い上がる。

 そのしぶきは蘭華の額に吸い込まれていった。

 額の中央、小さな角の下に、紅い桜の花が刻まれる。

 契約の印の、紅い痣。

 それと同時に、蘭華の額から蒼いしぶきが舞い、

 ゆきの肩に吸い込まれ、

 二枚目の蒼い花びらの痣になった。

 蘭華の身体が光に包まれると、体液()で染まった着物がきれいになり、

 光が納まったころには、蘭華は紅い椿の刺繍いっぱいの着物に身を包んでいた。

「頬の傷、跡が残ってる」

 契約が終わった蘭華の姿を見て、ゆきは驚いた。

 跋逖の時は、きれいに傷が治ったのを覚えていたのだ。

 蘭華は自分の頬に触れ、そして、ゆきの前でひざまずいた。


―――我が名は、蘭華。これより、ぬし様に忠誠を誓うモノ。常にお傍で、主様を守る下僕となります。


 蘭華はゆきの前にひざまずき、頭を下げた。


―――主様のこの御恩、忘れぬために傷は残しました。


「強引に契約したこと、そのうち恨むかもしれないね」

 と、ゆきは苦笑する。

「蘭華、行って。妹さんたちを探しに。何かあったら私に教えて。私と跋逖が力になるから」


―――主様の、仰せのままに。

 

 スッと、

 蘭華の姿が消えていった。

 それを見届け、ゆきは跋逖に聞く。

「蘭華と知り合い? だから助けたかった?」

―――いや、以前主様につかえていた時、廻廊にいるところを主様に発見されて、助けたことがある。

「そんなことが?」

―――まだ、蘭華が幼い時の話だがな。

「……蘭華も景康かげやすさんと契約を?」

 そんな記憶はないと、ゆきは頭を傾けた。

―――蘭華は契約していない。あの時は、主様が元の世界に戻した。

「……そんなことできるんだ? まだ思い出せない記憶もあるのね」

 ゆきは驚いた様子だったが、跋逖はただ黙っているだけだった。

 答えたくない何かがあるのだろう。

 二人の会話が終わったと判断した朔夜が、声をかけてきた。

「夏目、跋逖」

「?」

「今から結界を解くから、俺から離れてくれないか」

「離れるの?」

「近くまで妖が来ている。結界を解いたらすぐ攻撃されるだろう」

 朔夜の言葉に、跋逖は上を見上げた。

―――最初の攻撃を交わす確率は?

「五分五分かな」

 と、朔夜は苦し気に答える。

「結界内では外の妖の気配を正確に把握できない。それに、紫苑が結界から戻るのに、少しのじかんはかかる」

―――なら、先手の攻撃は私が受けよう。

 と、跋逖は朔夜の隣に並んだ。

―――後は任せる。

「助かる。……準備はいいか」

 跋逖は背中に上から手をまわした。

 その手の先に、幅の広い大きな剣の柄の部分が出現し、跋逖は柄を握る。

 そして、ゆっくりと、引き抜くように持ち上げ、構えた。


―――ゆき、屈め。


「う、うん……」

 ゆきは先ほどまで蘭華が寄りかかっていた木の陰に隠れ、しゃがんだ。


 その時、


 ぶわっ


 と、大きな風が立ち、木々の葉が大きく揺れた。

 思わず目をつぶったものの、

 目を開けたゆきの視界に、妖の攻撃を剣で受け止めていた跋逖の姿と、

 空から舞い降りる紫苑の姿が映っていた。

 現れた妖は、それはそれは大きかった。

 跋逖の何倍もありそうな腕と足。

 背丈は周りの大木の高さはゆうに超えている。

 妖の目はすでに赤黒く濁り、毛が逆立ち、牙から唾液が漏れている。

 紫苑が朔夜の傍に控えたのを見届けて、

 跋逖は妖をそのまま剣で跳ね返すと、ゆきの近くに身を寄せた。

 とばされた妖は少し後退し、体制を崩した。

―――蘭華を追って来た妖らしい。

「蘭華を?」

―――蘭華の妹たちと関係が有りそうだな。

「すでに正気を失ってるみたいだよ」

 その妖の様子に、ゆきは震えあがった。

 跋逖の腕の衣服を強く掴む。

―――吉良きらがいる。問題はない。

 跋逖が朔夜を見たので、ゆきも朔夜に視線をやった。

 朔夜の妖を捉えて離さないその瞳が、紅く光っているのに気が付いた。

「紅い……、この前のは見間違いじゃなかったんだ……」

―――妖の目だ。

「妖の目?」

―――祓い人(はらいびと)特有の能力のひとつだ。あの目があれば、妖の致命傷がわかる。

 妖は朔夜を敵とみなしたようで、彼と対峙する。

「紫苑!」

 朔夜の声に答えるように、紫苑の遠吠えが辺りに響いた。

 朔夜と共に駆け出し、その身体が青白く光りだすと紫苑は前足を蹴って大きく飛んだ。

 そして、朔夜の腕に飛び込む形で、刀へと変化したのだ。

 朔夜は受け止めた両手で刀を振り上げ妖に向かって振り下ろすが、大きな妖は器用に左に避けた。

 その勢いのまま妖は振り上げた腕を朔夜に向かって一振りするが、朔夜もひらりと交わす。

 その時、刀が離れ、狼の姿に戻った紫苑が妖の腕を嚙みちぎった。

 そして、妖の後ろに回った朔夜の手に刀として戻り、

 朔夜は刀を握りしめると、

 妖の後ろから思いっきり左胸に刀を突き刺した。


『ぎゃぁああああああああああ!』


 ものものしい叫び声とともに妖は燃え上がると、

 青い炎と共に、

 跡形もなく消えていく―――……。


 見届けた朔夜は、狼の姿に戻った紫苑の頭を撫でた。

「紫苑、ご苦労様」

 紫苑は朔夜に撫でられて満足そうに甘えると、そのまま姿を消していた。


―――さすがだな。


 跋逖の声に、ゆきはハッ我に返る。

 流れるような動きに、見とれてしまっていた。

 あれが、妖と戦う祓い人の動き。

 妖が燃え、消えていくのを、ゆきは初めて見た。

 妖の濁った目。

 妖との戦い。

 妖の悲鳴が耳に蘇り、ぞっとした。

 ぶるっと身体が震える。

 ゆきの記憶として初めて残る、祓い人の闘い。


―――ゆき、大丈夫か?


「え、あ、うん……」

 跋逖に声をかけられても、ゆきは情けない返事しかできなかった。

 まだ、胸がバクバクと震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ