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六話 MOVEMENT

少し離れた場所から耳をつんざくような甲高い悲鳴が響き渡った。


「っ今のは……」


にわかに通りが騒がしくなり人が散り散りに走ってくる。まるで何かから逃げるように。


ガタリと音を立て勢いよく璃人が席を立った。


「璃人さん?」

「大体時間通りだね。行こう」


璃人は腕時計を確認するとそのままテラス側の出入口から飛び出した。

そのまま通りに出ると人の流れと逆方向へと走りだす


「ちょっ、待ってください!!どこへ」


嫌な予感を覚えつつも咄嗟に璃人に続いて店を飛び出した。

ぐんぐん離れていく背中を必死で見失わないように追いかける。


「うっ」


近付くに連れて耳を塞ぎたくなるような不快な雑音混じりの錆びた歌が耳に届きはじめた。


(この歌……まさか)


途中、何人かが地面に苦しそうに倒れてもがいているのをみた。

ひしひしと感じていた嫌な予感は確信に変わる。


少し離れた噴水のある場所の傍で璃人は足を止めた。


「っ!」


まるで女王の如き佇まいの歌姫(ディーヴァ・)亡霊(ファントム)がそこに在った。


胸元と足元のスリットが大きく開いた黒のロングドレスを身にまとう芸術品のように美しい。

だが、赤黒い結晶が脚のみならず腕や腹部、顔にまで広がっており不気味さを醸し出している。


喉の潰れた金糸雀(カナリヤ)とでも言うべきか、酷く頭の奥に突き刺さる歌を奏でる姿は痛々しさすら感じさせる。


(なにか……この前のよりずっと怖い……)


三日前に現れた個体よりももっと毒を含んだような気配を纏っている。

一層禍々しさが増したその人形に足がすくむ。


「キミは、歌える?」


酷い金切り声と超音波の渦中で、璃人はちらりと振り返り挑発するような視線を向けたかと思うとした手に何かを放り投げて寄こした。


綺麗に空中で弧を描いて一音の手に納まったのは銀のペン型をしたマイク。


「っこれは……」


どういうつもりなのか。歌えということなのだろうか。

だが一音はそれを握った手の震えが止まらないでいた。


起動(オン・ステージ)


そんなことをよそに静かに璃人は自分のマイクを起動させた。


変装が解けて長い黒髪が風になびく。


途端に空気が変わる。


流れ出したのは鷹沢璃人としての個人名義の曲のイントロ。


一瞬にして舞台衣装を身にまとい、近未来的な映画のようにインカムの形状に変形したマイクを耳に装着した。


かつり、と靴を踏み鳴らすと辺り一体に舞台型結界が展開され、全てが計算され尽くしたように丁度歌が始まった。


完璧なタイミング。


「歌守だ!!」

「えっPerioD.の璃人!」


誰かが驚きに満ちた声で叫ぶ。


一斉に視線が璃人へと注がれた。


「うそっ本物!?なんで!」

「こんなところにも来てくれるの?!」


さっきまで絶望した顔をしていた周囲の人々に希望の色が灯る。


さざ波のように広がるざわめきも飲み込んで力強く歌声が響き渡る。


(凄い!これが歌守……)


一音は圧巻されて息を飲んだ。

ワンフレーズだけで人々の視線を惹き付け心を攫う。


紡がれる心地の良い旋律は亡霊の歌を弾き、重くどんよりと濁っていた空気を掻き消していく。


まるで戦場に咲く華だ。


「っあの、立てますか?今のうちに早く逃げてください!!」


地に伏し苦しんでいた人々も僅かに回復したのか何人かがゆっくりと立ち上がり初め、一音もぎこちなくではあるが避難誘導をしはじめた。


時折なにか硬質ななにかの破片や亡霊の発する超音波が飛んでくる。

それを弾くのは幾何学模様を宙に描いて移動する光。


一音にはそれがなんなのかは分からないが璃人の動きに合わせてそれらは現れたり消えたりするため彼が操っているように見えた。


亡霊の歌が弱まり、抗っているのか全身からギシギシと軋むような音をたてながら動きが鈍くなる。


(私もあんな風になれたら……いやいや、こんな一般人に出来るわけないんだから)


キィンッ


「っ……!」


よそ見をしていた一音のすぐ耳元で激しい金属音が響いた。

ざくりと何かが勢いよく足元に突き刺さる。


恐る恐る向けた目に映ったのは黒っぽい金属片。見覚えのある色味。

璃人の使うドローンのようなものと同じだ。


気付けば歌が止んでいる。


「璃人さん……!血がっ」


左腕の肘の少し上を強く抑えながら璃人は片膝を着いていた。


だらだらと赤い血が滴り落ちて地面に吸い込まれていく。


亡霊の抵抗によって破壊された機材の破片が飛び散ったらしい。


「俺の歌を中断するなんていい度胸……少し想定外だ」


ふらりと立ち上がると何事も無かったかのように歌い始める。


一見さっきまでと変わらず歌声も表情も余裕があるようだ。


だが近くにいる一音には見えていた、時折腕を庇うような仕草や痛みに耐えているような表情が。


だがとめどなく流れ出る血が擦り傷程度の怪我では無いことを物語っていた。


「あんた、PerioD.の関係者か?平気そうにしてるけどあれ大丈夫なのかよ」

「私は……」


丁度助け起こした男性にそう問われしどろもどろになりながら言葉を探す。


「マイク持ってるからそうかと思ったけどただの一般人だった?」

「あ……」


その一言で身体が石になったように硬直した。


(そうだ、私は一般人なんだ。早く沙天さんが来てくれたら……)


騒ぎは聞こえているはずだがどこにいるのか頼みの片割れ、沙天はまだ現れない。


その間にも璃人は歌い続けている。


だが、やはり時折動きが鈍くなるのか対応こそできているもののファントムの攻撃に対しての反応速度がわずかに遅くなっている。


不意に不穏な圧を感じて顔を上げるとファントムが力を振り絞ったのか巨大な瓦礫を浮き上がらせ、璃人に向かって勢いよく投げつけた。


「っ」


さすがに防ぎきれないと悟ったのか璃人は軽く身を反転させ、転がるように避けた。


彼のいた場所は瓦礫がぶつかった衝撃で大きく抉られ地面が揺れる。


同時に曲も再び止まってしまい、ファントムが立ち上がろうとしている。


「あんたも一般人なら早く逃げようぜ。あのPerioD.が苦戦してんならやべえんじゃねえの」

(そうだ……歌守の中でもPerioD.はソロで出動するほど別格って言われてる存在。それが苦戦してるってことは相当まずい相手でしょ……)


逃げるなら今のうち。


この男性を支えてさっさとこの場を離れたらいいのだ。


今璃人が苦戦している理由のひとつはまだ何人かが近くに残っているせい。

あの光のシールドを操作し市民を庇いながら歌っているのだ。

守るものがなくなれば璃人は歌だけに集中出来る。


だというのに一音の足は動かない。


目に映った璃人をどうしても見捨てて逃げることが出来ない。


「あんた、さっきから黙ってっけど大丈夫か?またあんなの飛んできたら死ぬって!」


受け取ったマイクを見つめ震えながら浅く息を吐く。


(沙天さんはいない。今、この場で可能性があるとしたら私だけ)


あの時、璃人は歌えるかと問うてきた。


「すみません。心配してくれてありがとうございます。ただ……」


ぐっとマイクを握りしめる。


「私、これを託されたんです。ごめんなさい。やっぱり今回は逃げたくない」

「あっおいあんた!!!」


駆け出した。舞台の真ん中に向かって。

泣きそうな顔を必死で取り繕って。


(うう、かっこ悪い。もっと早くもっと颯爽と登場出来たら歌守っぽくなれた?もし、私に……あの時みたいに人に勇気をあげられる歌が歌えたなら……)


足取りはもたつき、お世辞にもステージで輝く主役には程遠い。


それでも顔だけは前を、歌姫の亡霊を真っ直ぐに見る。


(駄目だったとしても私に出来るなら。少しでも可能性があるなら)


涙目になりながら叫ぶ。


「オン・ステージ!!!」


カッと眩い光が辺りを包み込んだ。

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