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四話 Sounds Guardian

「ふう」


応接室のような部屋で座り心地の良い革張りのソファに全身を預けて一音は深く溜息を吐いた。


途端に押寄せる疲れが身体を支配する。


結局精密検査を行うと言われて連れてこられた建物で簡易ベッドのある部屋を与えられて一夜を明かした。


だが、病院というにはどうも設備や雰囲気がらしくない。

どちらかと言うと事務所だとかなにかの研究所のようなイメージが近い印象だ。


特殊な器具を付けられたり歌わされたりと検査というには謎のものもあったがとりあえずそこからは解放されて今に至る。


(誰にも繋がらない)


離れて暮らす家族にも職場の誰にも連絡が取れていないのが現状だ。

携帯端末は亡霊の歌にやられたのか動作が遅く通信関係の調子がすこぶる悪い。


目を瞑るとボロボロになったオフィスの光景が浮かんでくる。

歌姫の亡霊に職場を襲撃されてから既に一日経過している。


(もう連絡先だけ書いて勝手に帰ろうかな)


そう考え始めた頃、ふと背後でノック音とドアの開く気配がした。

慌てて姿勢を正してから振り向くと丁度誰かが室内に足を踏み入れたところだった。


「成瀬さん、大変長々とお待たせしました。申し訳ありません」


現れたのは黒いスーツを着て、細い銀のフレームの眼鏡をかけた真面目そうな青年だった。

一音と歳も近そうに見える。

きっちりと整えられた髪とはきはきとした話し方はいかにもできる男といった風体だ。


「僕は特音機関Sounds Guardian総括マネージャーの刈本(かりもと)と申します」

「えっと、どうも」


さっと名刺を差し出され、仕事柄一音も立って挨拶しかけたところを彼は人好きのする笑顔で制す。


「お疲れでしょうからどうぞ座ったままで」


ちょっと凝ったデザインの名刺には刈本(かりもと)穂澄(ほずみ)という名前が記されていた。

断りをひとつ入れてから彼は着席する。


「あの、会社の人達は大丈夫なんですか?」


何か話し始めようとしていた彼をよそに一音は先に話題を切り出した。


「ええ、皆さん無事です。あなたのお陰で擦り傷程度の軽傷者のみでしたので病院のほうで手当は済んでお帰りになられています」


一番気になっていた部分を尋ねたら、ほっとする反面少し引っかかる言い方が気になった。


「病院のほうって、ここは違うんですか?」

「おや、説明がまだでしたか?……もしや、なにも聞いておられないのですか」


一音が頷くと穂澄は眉間に皺を寄せたのを見られないよう、片手で顔を覆った。

それもほんの僅かですぐに穏やかな表情に戻ると姿勢を正す。


「大変失礼いたしました。検査の担当者と情報が行き違ってしまったようですね。こちらはSGの地方事務所となっておりまして、これからあなたに重要なお話がございます」


テーブルの上に画面が一つ、宙に浮かぶようにして現れた。

歌姫の亡霊(ディーヴァ・ファントム)鎮圧専門特音機関‘Sounds(サウンズ) Guardian(ガーディアン)というロゴのみが表示されている。


「まずは……成瀬さんは、我々がどういった組織かはご存知でしょうか?」

「えっ?えっと、歌姫の亡霊(ディーヴァ・ファントム)が現れた時に歌守(うたもり)を派遣して鎮める、みたいな感じ……だと思ってました」


およそ世間一般の認知ではそんな程度のものだ。


妙に食い気味な目の前の人物と目を合わせづらくて、くるくると画面の中で回るロゴに視線を送りながら一音は答えた。


「簡単に言ってしまえばその通りです。でしたら話が早い。あなたにお願いがございます」


あまりに目の前の青年が真っ直ぐに見てくるために一音はたじろいだ。


「端的に言いますと、その歌守として我々にお力添え頂きたいのです」

「……私が?」


怪訝な顔で一音は聞き返した。


宙に浮かぶ画面が二つになり、片面には一音の名前の書かれたカルテのようなもの、もう片面には人の身体のCGや複数のグラフが示されている。


「勝手ながら検査をさせて頂いた結果です。この度、あなたに歌守としての非常に高い適性が確認されました」

「適正、ですか。何か変な検査だとは思ってましたけど」


穂澄は指を滑らせるように画面を操作すると一部を拡大表示させた。


「歌守は通常の歌手やアイドルと違い誰にでもなれるわけではありません」


見たところで一音には分からない言葉や数値の表記ばかり。

その中でも飛び抜けて‘Addict’、‘共鳴率’と記載された数値が高いことくらいは分かった。


思い返せば検査中なにかの数値が異常に高いだとかで周りの検査員のような人達が騒いでいたが、このことだったのだろう。


穂澄はカバンから白い硬質な箱を取り出すと机の上にそっと置いて蓋を開いて見せた。


中身はあの壊れたマイクだった。


「お預かりしていたこちら、あなたの上司の方からリサイクルショップで入手したと伺いましたが‘声紋認証式小型結界装置(せいもんにんしょうしきこがたけっかいそうち)’に間違いありません。我々が開発した正規品です」


次の画面には壊れたものと少しデザインは違うが同じマイクのCGモデルが表示された。


横には細かく注釈が添えられており、画像の上には第三世代とついている。


(なんでそんなのがリサイクルショップに……)

「念の為言っておきますとモデルが変わると旧いものが市場に出回ることもあるので盗品などでは無いですよ」


心を読んだように穂澄は淡々とそうつけ加えた。


「そ、そうなんですか」

「これはこのAddict(アディクト)値の高い人間にしか起動出来ないものなのです」

「でもスイッチがありましたよね?誰でも起動出来るんじゃないんですか」


緩く首を横に振ると穂澄は眼鏡のフレームをおもむろに指で押し上げた。


「あなたが装束変換装置(コスチュームコンバーター)舞台型結界(ライブステージ)を展開させたと聞きました。この機能は適性者にしか扱えないのですよ」

「コス……?」


聞き慣れない単語に首を傾げた。


「変身して舞台を出現させましたね?」

「あ、はい」

「その機能のことです」


そこにぱっと映されたのは歌っている最中の写真。

急に出されたせいで思わず小さく呻くと、表には出さないよう内心激しく動揺しながら彼女は固まった。


あまりに気持ちよさそうに歌っている姿に気恥ずかしくなったのだ。


「これにはそこらの電気屋で買える廉価品とは桁違いの最先端技術が詰め込まれています。あくまでこの手動スイッチは市場に流す際付け足されたもの。一般人でも少しは使えるように手が入れられたというだけなのです」

「はあ……」


どう返していいのか分からず生返事しか出てこない。


「先程も言いましたが、成瀬さんは稀に見ぬ非常に高い適性をお持ちです。もしこの話を受けてくださるのならすぐにでも本部に配属させて頂きたいのです」

「本部ってこの辺りじゃないですよね」

「もちろん。極秘ですので今はお教え出来ませんが首都の方に」


次に画面に映し出されたのはライブ中らしき複数の歌手達の写真だった。


「昨日会われたようですがPerioD.(ピリオド)を筆頭に、逢魔ヶ刻Nostalgia(オウマガトキノスタルジア)The() God's(ゴッズ)、Ne☆n(ネオン)、PLANET5(プラネットファイヴ)、Rusty(ラスティ) Nail(ネイル)。この六組が現在本部にてメインに活動するユニットです。彼らは全員各地でスカウトしたり養成所から引き抜いたりして集めた精鋭です」


穂澄の言う通りメディアに露出の多い顔触れが並んでいる。


「しかし亡霊は近年増加傾向にあります。これに対処するためにより多くの歌守が必要です。しかし歌守の適性者は非常に少なく中々見つけることも難しい。ですからどうか成瀬さんにもご協力頂きたいのです」


熱のこもった説得だ。


目は真剣そのもので真っ直ぐに一音を射抜いてくる。

息が苦しくなった。


(けど……急に言われたって私にはきっと無理だ)


ちくりと痛いところを突かれた気分だった。


捨てたはずの夢がちらりと顔をのぞかせ、それを抑えるように胸の前で固く手を握りしめる。


「ごめんなさい。少し考えさせてください」

「今すぐにとは言いません。また近いうちにご連絡差し上げます」


最後に深く頭を下げた穂澄を前にして、一音は静かに立ち上がった。


「話は終わったようだね」


送っていくから先に入口のホールで待っているよう指示され一人で応接室から退出すると壁に寄りかかるようにして加賀見沙天が立っていた。


「さて……加賀見さん!?」

「沙天でいいよ。待ってたんだ。少し話がしたくて。なに、刈本みたいな長話じゃないさ」

「な、なんでしょうか」


一ファンの反応としてはしゃいでしまいそうになるのを堪えて一音は精一杯落ち着いて返事をした。


「璃人がいい歌声だったと言っていたよ。私もあなたと歌ってみたい」

「へっ?!」

「それだけ。じゃあまたね」


目を丸くして言葉を失った一音をよそに小さく笑うと沙天は踵を返してさっさと廊下の向こうへ消えてしまった。


「えええ……」


誰も居なくなった廊下で言葉を反芻しながら口元を両手で覆う。


既にいっぱいいっぱいだったところに更に今のが加わり色んな感情を抱えながらふらふらしながら帰路へと向かったのだった。

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